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第2062回 定期公演 Cプログラム

NHKホール
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※約2時間の公演となります(休憩20分あり)。
※やむを得ない理由で出演者や曲目等が変更となる場合や、公演が中止となる場合がございます。公演中止の場合をのぞき、チケット代金の払い戻しはいたしません。

ABOUT THIS CONCERT特徴

2026年4月Cプログラム 聴きどころ

「邦人作曲家シリーズ」の第2弾。N響の歴代の指揮者にはコンポーザー/コンダクターの系譜がある。近衛秀麿(ひでまろ)、尾高尚忠、山田一雄、高田信一、そして外山雄三。外山に岩城宏之が委嘱した作に、山田が初演した伊福部の作。組み合わされるのは訪日した2人の大作曲家。プロコフィエフの協奏曲には日本的楽想が認められ、ブリテンはこの悲劇的な海の音楽を第2次世界大戦中に書いたあと、N響を振り、能の死生観に深く影響された。洋の東西の交わりを聴こう。

(片山杜秀)

PROGRAM曲目

― N響100年特別企画「邦人作曲家シリーズ」 ―

外山雄三/管弦楽のためのディヴェルティメント

NHKのFM放送の番組『民謡をたずねて』。その2025年3月4日の回は「特集・昭和のスターが唄(うた)った民謡」。局による番組案内文はこうだ。「昭和30年代、日本の高度経済成長期を支えた地方出身の労働者たちの心を慰めたのは、故郷の民謡でした。民謡を聞かせる「民謡酒場」が各地でオープン。やがて起きた「民謡ブーム」の影響を受け、演歌や歌謡曲の歌手たちも民謡をレパートリーに取り入れました」。政治的・社会的な労働運動と結びついた「うたごえ運動」が地方の民謡を都会の労働者が肩を組んで歌える歌として広め直し、大都市部では民謡歌手の出演する「民謡酒場」が繁盛し、人気民謡歌手が大ホールを満杯にし、レコード会社や放送局が民謡に熱心になり、美空ひばりも江利チエミも橋幸夫も寺内タケシも民謡をレパートリーにする。
この「民謡ブーム」はクラシック音楽とも同時代的に接続していた。とりわけ重要なのは外山雄三(1931~2023)の仕事である。外山は20代前半のうちから、芥川也寸志(やすし)らの影響を受けつつ、ソ連の社会主義リアリズム路線の音楽に共鳴し、「うたごえ運動」にも関わって、日本の大衆に受け入れられ得る、平明かつナショナリティのあるオーケストラ音楽の道を模索した。そして辿(たど)り着いた結論が、人口によく膾炙(かいしゃ)している日本の民謡旋律を積極的に活用すること。凝(こ)った細工をするよりもなるたけむき出しに使う。《あんたがたどこさ》で始まり《炭坑節》等を経て《八木節》で結ぶ《管弦楽のためのラプソディ》は1960(昭和35)年の作品。同年のNHK交響楽団の世界一周演奏旅行のアンコール曲となり、盛んに演奏されるようになって、「民謡ブーム」の一翼を担った。その直後の作になる《管弦楽のためのディヴェルティメント》は《ラプソディ》の初演を振った岩城宏之の委嘱による。日本民謡に基づく点では《ラプソディ》と同じだが、タイトル通りで、狂詩曲的熱狂ではなく喜遊曲的軽妙を狙っている。全体は3楽章から成る。第1楽章のアレグロは《ドンパン節》や《木曽節》等で、第2楽章のアンダンテは《稗搗(ひえつき)節》や《会津磐梯山(ばんだいさん)》で、第3楽章のアレグロは《ノーエ節》等で出来ている。NHK交響楽団がこの作品を初めて演奏したのは1963年。指揮はやはり岩城だった。

(片山杜秀)

演奏時間:約15分
作曲年代:1961年
初演:1962年1月4日、プラハ、岩城宏之指揮、プラハ交響楽団

プロコフィエフ/ピアノ協奏曲 第3番 ハ長調 作品26

セルゲイ・プロコフィエフ(1891~1953)は、《第2番》のピアノ協奏曲を作っている最中の1912年12月30日に、次の《第3番》を夢見始めた。当時はまだサンクトペテルブルク音楽院の学生で、リムスキー・コルサコフの高弟、ニコライ・チェレプニンに習っている。ニコライの子はアレクサンドル。1930年代に中国と日本に長期滞在し、本日の演奏曲目の作曲家、伊福部昭を〝発掘〟して指導することになるが、プロコフィエフが師匠から息子を紹介されるのは1916年になってから。プロコフィエフが、米国の大富豪の一族の令嬢と結婚して大金持ちになったアレクサンドルからよくご馳走(ちそう)してもらって有頂天になるのは1920年代のフランスでのことだ。それはともかく、1912年の暮れ、プロコフィエフは過激な先鋭さを追い求める《第2番》に対し、《第3番》を時代錯誤的に古典派かロマン派的に作り込んで、《第2番》と対にしたいと考えた。《第2番》は1913年の春に完成し、夏に初演。しかしその後の《第3番》への道のりは長かった。
第1楽章が一挙に閃(ひらめ)いたのは1918年1月という。1914年から第1次世界大戦が続き、ロシアでは前年に革命が始まっている。大混乱だ。プロコフィエフは音楽家として生きるには故国を離れて米国に逃げるしかないと思い詰めていた。第1楽章は熱烈な全力疾走。英雄が虎口から脱出していくイメージと重ねたくもなる。第2楽章は、小行進曲調というか、ゼンマイ仕掛けの玩具の動きというか、そういう主題が変奏されてゆく。ここでのモデルはベートーヴェンの変奏曲らしい。つまり擬古典派である。大まかなスケッチは1917年から1918年春にかけて行われていたようだ。さて、1918年5月、プロコフィエフは革命政府に正規に認められて出国し、途中2か月の日本滞在を挟んで、まだ大戦の続く8月、米国に辿(たど)り着く。フィナーレの第3楽章はというと、楽想のかなりは日本滞在中と太平洋航路の洋上での産物という。それらが1914年10月に作曲家が閃いたヴィジョンと化合した。そのヴィジョンとはピアノの白鍵の音だけで奏せる純粋かつ巧緻な全音階的多声音楽の実現である。それが5音音階による日本風の旋律と半音階的モダニズムに茹(ゆ)で上げられてだいぶん変容してしまったのだろう。そして最終的に全体が仕上がったのは1921年夏、フランスで。世界の動乱をくぐりぬけ、足掛け10年かかった協奏曲である。

(片山杜秀)

演奏時間:約27分
作曲年代:1921年
初演:1921年12月16日、シカゴ、作曲者自身の独奏、フレデリック・ストック指揮、シカゴ交響楽団

伊福部 昭/交響譚詩

ニコライ・チェレプニンの息子で、毒舌家のプロコフィエフも才能を認めていた作曲家、アレクサンドル・チェレプニンが、1930年代半ばに東京を訪れ、日本の作曲家たちの旺盛な仕事を知り、欧米に紹介したいと思い、きっかけにしようと管弦楽作品のコンクールを催した。審査はルーセルやイベールらによってパリで。結果は驚きだった。東京では無名、札幌でなら多少は知られていた独学の若者、伊福部昭(1914〜2006)が第1位に。1935年のことだ。受賞曲は《日本狂詩曲》。全2楽章。巨大編成で打楽器多数。
しかし実はこの曲にはもう1楽章あった。〈じょんがら舞曲〉という。伊福部は文通していた亡命ロシア人で在ボストンの指揮者、ファビアン・セヴィツキーにかの地で初演してもらうつもりで、全3楽章で作曲していた。そこにチェレプニン賞募集の告知。演奏時間に制限がある。〈じょんがら舞曲〉をカット。その版で受賞し、セヴィツキーもボストンで演奏した。
伊福部は割愛した楽章を惜しく思う。手を掛けながら発表の機会を窺(うかが)った。が、戦争の時代だ。大編成作品はやりにくくなる一方。未発表のまま時を経た。そして太平洋戦争3年目の1943年。当時の日本では内閣情報局が「国民音楽」の確立をスローガンとし、日本の作曲家による管弦楽曲作りも奨励されていた。レコード会社の日本音響(日本ビクター)もその種のコンクールを催す。第1位の作品はレコード化。伊福部は応募した。それが《交響譚詩(たんし)》である。英語で言えばシンフォニック・バラード。2楽章から成る。
2番目の遅めのバラードが〈じょんがら舞曲〉の改作。時代の要請に応えて編成を絞っている。《じょんがら節》風の旋律を繰り返す悲しい音楽だ。作曲者の兄で技術者、軍事用の夜光塗料研究に伴う被曝(ひばく)のせいと思われる亡くなり方をした、伊福部勲(いさお)への追悼の意が込められている。戦時下の死者たちへのレクイエムと思って聞いてよい。一方、1番目のバラードはソナタ形式のアレグロ。主要な動機のひとつがプロコフィエフの《ピアノ協奏曲第3番》の第1楽章の序奏部に現れる旋律と似ていなくもない。
《交響譚詩》は戦争末期に盛んに演奏された。日本交響楽団(現NHK交響楽団)の定期公演でも取り上げられた。山田耕筰や齋藤秀雄や尾高尚忠も指揮した。芥川也寸志(やすし)や黛(まゆずみ)敏郎が戦後に伊福部に傾倒するのも、戦時下に彼らが耳にした《交響譚詩》がきっかけなのである。

(片山杜秀)

演奏時間:約18分
作曲年代:1943年
初演:[レコードのための録音]1943年9月4日、東京、山田和男(一雄)指揮、東京交響楽団(現東京フィルハーモニー交響楽団) [公開初演]1943年11月20日、日比谷公会堂、レコード録音と同じメンバーによる

ブリテン/歌劇「ピーター・グライムズ」―「4つの海の間奏曲」作品33a

ベンジャミン・ブリテン(1913~1976)は1939年4月、大西洋を渡って米国へ向かった。20代半ばの彼は既に英国の代表的作曲家と認められていた。しかし過敏で神経質な音楽性を有し、政治的には反戦平和の一択で、性的にはマイノリティ。英国の楽壇も社会も彼に温かいばかりでなかった。しかも欧州には再び大戦の影が迫る。ブリテンは徴兵を免れたい。パートナーの歌手、ピーター・ピアーズと一緒に渡米に踏み切った。もちろん当分帰らぬつもり。
米国でもブリテンは有名で、それなりに仕事はあった。が、ブリテンはたくさん稼ぎたい。本国の家族親族への仕送りに追われる。そんな作曲家に、伊福部の《日本狂詩曲》を初演したセヴィツキーを甥(おい)に持つ、大金持ちの大指揮者、セルゲイ・クーセヴィツキーが声をかけた。グランド・オペラを書かないか。委嘱料を多く渡せる。ブリテンは、1810年刊行のジョージ・クラッブの物語詩集から一篇を選んで自由に脚色した。偏屈で少年愛の傾向も窺(うかが)われる漁師が村で酷(ひど)く差別されて死に追いやられる。主人公はブリテンやピアーズの分身かもしれない。2人は1942年に帰国し、良心的兵役忌避者と認められ、ブリテンはオペラに没頭。そうして1945年、プロローグと3幕から成る《ピーター・グライムズ》は完成し、同年6月7日、即ち欧州での大戦が終わったばかりのロンドンで初演された。
そこから間奏曲を束ねたのが今回の演奏曲。第1曲〈夜明け〉。透明で悲痛。第2曲〈日曜の朝〉。安息日だが不穏。第3曲〈月の光〉は漁村の夜。空虚さと気怠(けだる)さの高潮。第4曲〈嵐〉はイライラの爆発。ブリテンは常にこの世界に傷つけられ、苛(さいな)まれていたのか。神経の張りつめ方が尋常でない。

(片山杜秀)

演奏時間:約17分
作曲年代:1945年
初演:1945年6月13日、チェルトナム、作曲者自身の指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

ARTISTS出演者

下野竜也さんの画像 指揮下野竜也

多彩なステージで創造の喜びを分かち合うNHK交響楽団の正指揮者下野竜也が、日本の「古典」とオペラの調べという彼好みのプログラムを携え、定期公演に帰って来る。〈N響100年特別企画“邦人作曲家シリーズ”〉の華だ。下野は今年1月、大阪フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でも小山清茂、大栗裕作品とバルトークの《歌劇「青ひげ公の城」》に腕を揮っている。
1969年鹿児島出身。鹿児島大学教育学部音楽学科、ウィーン国立音楽演劇大学などで学び、東京国際音楽コンクール〈指揮〉並びに仏ブザンソン国際指揮者コンクール優勝を契機に誠実な活動をスタートさせる。これまでに読売日本交響楽団、京都市交響楽団、広島交響楽団などの要職を歴任。現在広島ウインドオーケストラ音楽監督、N響正指揮者、札幌交響楽団首席客演指揮者を務めるいっぽう、2026年も日本フィルハーモニー交響楽団、仙台フィルハーモニー管弦楽団、東京交響楽団、兵庫芸術文化センター管弦楽団(PAC)、山形交響楽団の定期に登場するなど、各地のオーケストラと音楽ファンからの信頼はきわめて篤い。
NHK-FM『吹奏楽のひびき』、『ラジオ深夜便』「真夜中のコンサートホール(の偶数月)」に出演中。昨年はNHK『紅白歌合戦』でN響を指揮し、石川さゆりの《天城越え》を鮮やかに、壮大に彩った。今年4月29日のN響シンガポール公演のタクトも任されている。定期公演への出演は2025年2月のCプログラム以来となる。

[奥田佳道/音楽評論家]

反田恭平さんの画像 ピアノ反田恭平

反田恭平は2021年の第18回ショパン国際ピアノコンクール第2位入賞(1970年の内田光子以来51年ぶりの日本人最高位)から翌年の自伝的エッセー『終止符のない人生』出版にかけて、ピアニストとして最初の頂点を極めた。前後して指揮活動を本格化、若手奏者によるジャパン・ナショナル・オーケストラを結成して日本初の株式会社組織をとり、プロデューサーだけでなく社長にも就いた。2024年5月にはザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団で、指揮者としてザルツブルク・デビュー。翌年8月のザルツブルク音楽祭で同楽団と再共演した際には指揮と独奏を兼ね(弾き振り)、ピアノの実力も存分に発揮した。
現在の反田はピアニストの枠にとらわれない「総合的音楽家」の道を迷うことなく歩み、新大陸を果敢に切り拓く挑戦者の風貌を備えつつある。その“恰幅(かっぷく)”はピアノ協奏曲の独奏においてもスコアの隅々まで把握した構造的視点を深め、プロコフィエフやチャイコフスキー、ラフマニノフなどロシアの技巧的な作品では、管弦楽との丁々発止の渡り合いのスリルを高める効果をもたらしている。

[池田卓夫/音楽ジャーナリスト]

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定期公演
Cプログラム

第2062回 定期公演 Cプログラム

NHKホール
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1回券発売開始日

定期会員先行発売日:2026年2月19日(木)10:00am
定期会員について

一般発売日:2026年2月23日(月・祝)10:00am

チケット購入

料金

S席 A席 B席 C席 D席 E席
一般 10,000円 8,500円 6,500円 5,400円 4,300円 2,200円
ユースチケット 5,000円 4,000円 3,100円 2,550円 1,500円 1,000円

※価格は税込です。
※定期会員の方は一般料金の10%割引となります。また、先行発売をご利用いただけます(取り扱いはWEBチケットN響・N響ガイドのみ)。
※車いす席についてはN響ガイドへお問い合わせください。
N響ガイドでのお申し込みは、公演日の1営業日前までとなります。
※券種により1回券のご用意ができない場合があります。
※当日券販売についてはこちらをご覧ください。
※未就学児のご入場はお断りしています。
※開場前に屋内でお待ちいただくスペースはございません。ご了承ください。

ユースチケット

29歳以下の方へのお得なチケットです。
(要登録)

定期会員券
発売開始日

年間会員券
2025年7月13日(日)10:00am
[定期会員先行発売日: 2025年7月6日(日)10:00am
シーズン会員券(SPRING)
2026年2月14日(土)10:00am
[定期会員先行発売日: 2026年2月10日(火)10:00am

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主催:NHK / NHK交響楽団

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