ページの本文へ

ニュース
  1. ホーム
  2. NHK交響楽団からのニュース
  3. [SPOTLIGHT] ハンガリー音楽特集|ゲルゲイ・マダラシュ(指揮)、阪田知樹(ピアノ)に聞く 2023年11月Cプログラムの魅力と聴きどころ

[SPOTLIGHT] ハンガリー音楽特集|ゲルゲイ・マダラシュ(指揮)、阪田知樹(ピアノ)に聞く 2023年11月Cプログラムの魅力と聴きどころ

公演情報2023年10月31日

2023年11月定期公演Cプログラム(11/10[金]11[土]) では、バルトーク、リスト、コダーイという3人の作曲家の作品によるハンガリー音楽特集をお贈りします。指揮はハンガリー出身の気鋭で母国の民族音楽についても深い見識を持つ、ゲルゲイ・マダラシュ。リストの作品では、この作曲家の名前を冠した「フランツ・リスト国際ピアノ・コンクール」で2016年に優勝した阪田知樹が共演します。
マダラシュと阪田知樹のふたりに、ハンガリー音楽やリストへの思いや考えを聞きました。

▼ゲルゲイ・マダラシュ(指揮)インタビュー
(聞き手・構成:片桐卓也)

▼マエストロ・メッセージ&プロフィール

▼阪田知樹(ピアノ)インタビュー
(聞き手・構成:飯田有抄)

▼ソリスト・メッセージ&プロフィール

▼公演概要




▼ゲルゲイ・マダラシュ インタビュー
3人の作曲家の作品を通して、ハンガリーの多様な風景を見てほしい

(聞き手・構成:片桐卓也)

ゲルゲイ・マダラシュ

― NHK交響楽団との初共演です。バルトーク《ハンガリーの風景》、リスト《ハンガリー幻想曲》、コダーイ《組曲「ハーリ・ヤーノシュ」》の3曲を選んだ意図をお聞きします。

M: ハンガリーの音楽を3つの側面から描きたい、3つの違った眼鏡を通してハンガリーの音楽を見たら、どんなふうに見えるのか、それを知っていただきたいと思って選びました。
それぞれの作曲家のハンガリー音楽に対する姿勢は実際にはかなり違ったものです。バルトークは私にとって最も重要な作曲家ですが、ご存知のように彼はハンガリー各地に出向いて、その土地に根付いた音楽を調査し、それを作品に取り入れました。もちろんコダーイも同じ意識を持っていましたが、バルトークとはちょっと違った姿勢も持っていました。そしてリストはハンガリーにルーツを持つ作曲家ですが19世紀の“シティ・ボーイ=都会っ子”といえるでしょう。洗練された都会的な精神を持ち、かつヨーロッパ全体で活躍し、各地の文化を知った上で、あらためてハンガリーの音楽、ロマの音楽も作品の中に組み入れました。ハンガリーには多様な音楽が存在していることをみなさまに知っていただきたいと思います。


村ごとに違う音楽を持つ〈熊踊り〉


― バルトークの《ハンガリーの風景》はもともとピアノ曲で、その中から5曲を選んで作曲家自身が管弦楽化したものですね。そのうちの1曲〈熊踊り〉は、ハンガリー音楽でしばしばモチーフにされますが、どんな音楽なのですか?

M: この5曲は一種のハンガリー民族のミニアチュール(細密画)のようなもので、それぞれが個性的なハンガリー民謡をモチーフにしています。ただ第2曲の〈熊踊り〉だけはちょっと違っていて、もともとは熊を追い払うための動きを、後に男性たちがお互いの力を誇示するための踊りとして発展させたものです。日本の民謡と同じだと思うのですが、その名前を聞けば誰もが知っている作品、メロディ、エピソードのようなものです。サムライのことを日本人は誰もが認識できると思いますが、だからと言ってみんながカタナを使えるわけではありませんよね。〈熊踊り〉もそうしたものです。僕は都会生まれなので、ハンガリーの民俗的な音楽や踊りを知るためには、地方へ行って学ぶ必要がありました。それでも知ることができたのは、ほんの氷山の一角でしかありませんでした。それぞれの村に踊りがあって、振付が違いますし、剣や棒を使ったりもする。そういう点にハンガリー音楽の多様性がよく現れているとは思います。僕は〈熊踊り〉をヴァイオリンで演奏することはできますが、残念ながら踊れません(笑)。


故郷への愛と都会的な視線を持ったリストの音楽


― 2番目に演奏するリスト《ハンガリー幻想曲》もピアノ曲を原曲とし、後に作曲家自身がピアノと管弦楽のための作品としてブダペストで初演したものです。リストとハンガリーとの関係性をお聞きしたいです。

M: リストは幼いころにハンガリーを出て、ヨーロッパ各地で活動しました。彼はハンガリーへの強い愛着を持っていましたが、一方で彼の視線には、他国から見たハンガリーのイメージという要素が強いとも感じます。この曲は自作のピアノ独奏曲《ハンガリー狂詩曲第14番》を下敷きにしていますが、そういう点では《ハンガリー舞曲》を作曲したブラームスと共通するところも多く、19世紀後半の人々にとってのハンガリー音楽のイメージを教えてくれる作品です。19世紀のブダペストはヨーロッパを代表する大都会で、街のレストランやカフェではロマの音楽がよく演奏されていました。リストは民謡には詳しくなかったのですが、ロマの音楽の中に含まれるハンガリー的な要素を作品に取り入れました。この《幻想曲》の中には、鷺(サギ)についての有名な民謡や、ハンガリーの音楽としてよく取り上げられるヴェルブンコシュ(兵士募集の音楽)も含まれています。


― 共演する阪田知樹さんについては、どのような印象をお持ちですか。

M: 彼はフランツ・リスト国際ピアノ・コンクールの優勝者でしたので、名前はよく知っていました。実際に彼の演奏を聞いたのはブリュッセルで開催されたエリーザベト王妃国際音楽コンクールの時でした。とても知的な感性と優れたテクニックを持ったピアニストだという印象を持ちましたので、日本で共演できるのがとても楽しみです。


物悲しさも残る冒険譚を音楽で表現


― 最後に演奏するのはコダーイ《組曲「ハーリ・ヤーノシュ」》 ですが、この楽曲の魅力をお話しください。

M: これはコダーイの書いたジングシュピール(歌芝居形式の楽曲)で、たとえばモーツァルトの《魔笛》と同じジャンルの傑作がもとになっており、その音楽からコダーイが管弦楽用の組曲として再構成したものです。ジングシュピールのほうはガライ・ヤーノシュという詩人が書いた叙事詩『古参兵』をモチーフに作られましたが、ハーリ・ヤーノシュはその中に登場する、いわゆる“ほら吹き男爵”です。その男爵の冒険に満ちたエピソードがジングシュピールのストーリーとなっています。故郷に恋人を置いてヨーロッパ各地を放浪し、ナポレオンとの戦いに参加して英雄となり、故郷へ帰ってきます。それを一種のほら満載の回想として描いている作品です。最近ではあまり上演されなくなりましたが、残念ですね。
この組曲は大規模な管弦楽用に編曲されています。そこにハンガリーの民族音楽の要素、リストと同様にヴェルブンコシュなども取り入れられています。ハンガリー各地をバルトークとともに歩いたコダーイの、その研究の成果といえる部分も多い傑作で、世界的な実力を持つオーケストラであるNHK交響楽団とそれを演奏できるのが楽しみです。ぜひ会場で会いましょう!



▼マエストロ・メッセージ&プロフィール


ゲルゲイ・マダラシュ(指揮)
ゲルゲイ・マダラシュは1984年、ブダペスト出身の指揮者。2019年9月よりベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団音楽監督を務めている。これまでにフランスのディジョン・ブルゴーニュ管弦楽団音楽監督、ハンガリーのサヴァリア交響楽団首席指揮者を歴任。また、BBC交響楽団、BBCフィルハーモニック、フランス放送フィルハーモニー管弦楽団、リヨン国立管弦楽団、ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団他の著名オーケストラに客演している。
5歳よりハンガリー・ロマ民族の正統的な楽師や農民音楽家に学び、その後、クラシックのフルート、ヴァイオリン、作曲を学んでいる。ブダペストのリスト音楽院フルート科およびウィーン国立音楽大学指揮科を卒業。11歳でゲオルク・ショルティが指揮するブダペスト祝祭管弦楽団のリハーサルに立ち会い、指揮の魔術に触れたことをきっかけに、将来は指揮者になると決心したという。
古典派からロマン派の作品をレパートリーの中心とする一方、ジョージ・ベンジャミンやペーテル・エトヴェシュらの現代の作曲家とも協働する。また、オランダ国立オペラやジュネーヴ大劇場でオペラ指揮者としても実績を積んでいる。
今回は母国ハンガリーの音楽をとりあげる。幼少時より土地に根差した音楽に触れてきたマダラシュの本領が発揮されることだろう。
N響とは今回が初共演。

[飯尾洋一/音楽ジャーナリスト]




▼阪田知樹(ピアノ)インタビュー
阪田知樹に聞く リストのハンガリーへの思い

(聞き手・構成:飯田有抄)

阪田知樹

― 2016年にフランツ・リスト国際ピアノ・コンクールで優勝した阪田さんは“リスト弾き”として紹介されることも多いと思います。ご自身にとってリストはどのような音楽家ですか?

阪田: 2016年のコンクールで優勝する以前から、私にとってリストは特別な存在で、その作品は大切に演奏したいと思い続けてきました。
私が初めてリストの曲を弾いたのは14歳の時で、《バッハの名前による幻想曲とフーガ》 でした。半音階や減七和音が多用されていて、音の数も非常に多く、当時の先生から勧めていただいた作品とはいえ「変な曲だなぁ、不思議な響きだなぁ」と面食らった記憶があります。このリストという人はいったい何を思ってこのような作品を書いたのか、それを知りたくなり、彼がオーケストラのために作曲した13の交響詩の録音をすべて聴き、ピアノ曲の出版譜を買い集めて主要作品のほとんどを弾きました。またリストの伝記は限られた数しかありませんが、書籍も何冊か買って読みました。
そうしていくうちに、リストがどういった作風を展開した人で、どういった幅広さを持った人物であるかがわかってきました。リストは初期稿から完成稿までのプロセスが残されていることが多いんです。たとえば《超絶技巧練習曲》ひとつを取ってみても、第1稿、第2稿、第3稿とあり、それがすべて残されているので、作曲の変遷を見られるのはとても面白い。私自身も作曲をしますので、作曲家の観点でもリストにのめり込んでいきました。今、私にとってリストは、もっとも自然に表現できる作曲家のひとりです。気づいたらリスト布教活動家のようになっていましたが(笑)、とても思い入れのある音楽家です。


指導者としてのリストから演奏を探る


― リスト自身優れたピアニストでしたから、彼がどのような演奏をしていたかにもご興味が湧いたことでしょうね。

阪田: はい。リストは1886年に亡くなっており、残念ながら自作自演の録音は残されていません。ブラームスによる蝋管蓄音機の演奏録音がなされたのは1889年なので、そこには間に合わなかったわけです。ただしリストは晩年にたくさんの弟子を無償で教えており、彼から大きな影響を受けたピアニストの録音は相当数に上ります。それらの録音から、当時は現代とはずいぶん違った演奏習慣があったこともわかり、一段と興味が深まりました。
指導者としてのリストは、演奏の技術面のみならず、音楽的表現を非常に重要視していたことが伝えられています。彼は交響詩のように、作品にタイトルをつけて物語性のある音楽を残していますが、弟子を指導する上でも、「ここは将軍が歩くようにゆったりと」など、イメージを具体的に持たせるような伝え方をしていたようです。ですから、リスト自身もおそらくは、そのようにイマジネーション豊かな演奏をしていたのだと思います。
また当時は、現代とは異なる演奏習慣がありました。基本的に楽譜通りにだけ弾くことはせずに、フレーズを即興的に弾いてから作品を弾き始めたり、響きに厚みを持たせるために音を増やしたり、部分的に大きく変えて弾くようなこともあったようです。リストもおそらくは、そうした“テクストの改変”をおおいにやっていたのではないかなと思います。


《ハンガリー幻想曲》にみるリストのハンガリーへの思い


― 今回NHK交響楽団と共演する《ハンガリー幻想曲》の演奏でも、リストの演奏表現によく通じた阪田さんならではのパフォーマンスが楽しみです。

阪田: 《ハンガリー幻想曲》は、もともとはピアノ独奏曲《ハンガリー狂詩曲第14番》を協奏曲風に仕立てた作品です。とはいえ、ピアノ協奏曲というよりも、ショーピース的な要素の強い作品だと思います。おそらくリスト自身が演奏したときには、カデンツァ的な部分が即興的に挿入されたり、オーケストラのトゥッティにピアノ独奏を差し込んでみたり、自由な表現をいろいろと行ったのではないかと想像されます。原曲も《幻想曲》もハンス・フォン・ビューロー(ピアニスト ・指揮者)に献呈されており、どちらもピアニストの技術的・音楽的な魅力が効果的に発揮されるように書かれています。私は、オーケストラと演奏する《幻想曲》の方が好きですね。たとえば、出だしの雰囲気などは、オーケストラによる響きが作品の世界観を作る上で非常にマッチしていると思います。


― この作品には、ハンガリーの民謡が題材として使われていますね。

阪田: メインとなる行進曲風の旋律は、ハンガリー民謡から取られています。一説によれば、この民謡には(一般に知られる《クロヅルは高く翔ぶ》ではなく)《モハッチの戦場》というもうひとつのタイトルがあり、かつてハンガリーがオスマン帝国と戦争をして負けた時のことが歌われているそうです。冒頭は葬送行進曲風ですが、やがて戦いを鼓舞するようなマーチに変容していきます。ワーグナーの楽劇の一場面を思わせる、メッセージ性の強い音楽になっていると思います。ニュアンスに富んでいて、とても好きな作品です。


― リストはハンガリー語を話せなかったといわれていますが、出自であるハンガリーに対する思いは強かったのでしょうか。

阪田: 生まれは現在のハンガリー領ですが、当時はオーストリアのハプスブルク家統治下の場所でした。よって彼はドイツ語話者として育ち、その後ウィーンやパリに出て、フランス語も流暢に話しました。晩年はブダペストを拠点のひとつにし、ハンガリー語を習得しようと学びましたが、話せるようにはならなかったようですね。彼がハンガリーにまつわる一連の作品群を多く残したことから考えると、言語を話さなかった分、出自である国への思いを音楽で表現しようとする思いは強かったのかもしれませんね。


― 今回は、ブダペスト出身の指揮者ゲルゲイ・マダラシュさんとは初共演とのことですね。

阪田: 彼がベルギーのオーケストラと世界初録音したフランクのオペラとオーケストラ作品のCDを買って聴いていました。ハンガリーにちなんだ作品ではどんな演奏をされるのか、ご一緒するのがとても楽しみです。あまり演奏機会の多くはない作品が並んでいますので、コンサート全体もとても楽しみです。



▼ソリスト・メッセージ&プロフィール


阪田知樹(ピアノ)
2016年フランツ・リスト国際ピアノ・コンクールで第1位、2021年エリーザベト王妃国際音楽コンクールで第4位を獲得するなど、輝かしいコンクール歴を誇るピアニスト。日本の若い世代を代表するひとりとして意欲的な活動を続けている。
東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校および同大学を経て、ハノーファー音楽演劇大学にて学士、修士を首席で修了し、現在同大学院ソリスト課程に在籍。世界的ピアニストを輩出するコモ湖国際ピアノアカデミーの最年少生徒として認められて以来、イタリアでも研鑽を積んでいる。パウル・バドゥラ・スコダに10年にわたり師事。また、作曲を永冨正之、松本日之春に師事した。2017年横浜文化賞文化・芸術奨励賞、2023年第32回出光音楽賞を受賞。
リスト、ショパンらのロマン派のレパートリーを軸に置き、知られざる作品の発掘にも力を注ぐなど、知性派のヴィルトゥオーゾとして定評がある。得意のリストで鮮やかな技巧を披露してくれることだろう。
N響とは2021年4月公演で初共演し、今回が2度目の共演となる。

[飯尾洋一/音楽ジャーナリスト]




▼公演概要


定期公演Cプログラム
2023年11/10[金] 7:30pm
2023年11/11[土] 2:00pm

バルトーク/ハンガリーの風景
リスト/ハンガリー幻想曲*
コダーイ/組曲「ハーリ・ヤーノシュ」

指揮 : ゲルゲイ・マダラシュ
ピアノ : 阪田知樹*

閉じる
公演カレンダーを閉じる