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定期公演 2024-2025シーズンBプログラム
第2035回 定期公演 Bプログラム

サントリーホール
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※約2時間の公演となります(休憩20分あり)。
※やむを得ない理由で出演者や曲目等が変更となる場合や、公演が中止となる場合がございます。公演中止の場合をのぞき、チケット代金の払い戻しはいたしません。

ABOUT THIS CONCERT特徴

2025年4月Bプログラム 聴きどころ

20世紀においてモダニズムがさまざまな形で新たな演劇表現に結実したとすれば、作曲家たちは自らの音楽を通して、それに相応しい現代的な速度と律動を劇場にもたらした。ストラヴィンスキー、ブリテン、そしてプロコフィエフ──今日の舞台を彩る3人の作曲家はいずれも、20世紀の作曲家たちの中では並外れて鋭い演劇的な感性の持ち主である。奇想天外なストーリー展開と変幻自在な場面の切り替え。庶民的な芝居小屋の喧騒(けんそう)から、生き生きとした物語が紡ぎ出される。指揮棒が宙を舞い、楽譜に記された音符に生命が吹き込まれるとき、オーケストラそのものが三者三様の色彩豊かな想像上の劇場となる。

(向井大策)

PROGRAM曲目

ストラヴィンスキー/バレエ音楽「ペトルーシカ」(全曲/1947年版)

稀代(きだい)の天才的興行師セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスは、20世紀初頭の「ベル・エポック」のパリを華やかに彩った。《ペトルーシカ》はイーゴリ・ストラヴィンスキー(1882〜1971)がこのバレエ団のために作曲した2作目のバレエ音楽である。前作《火の鳥》が振付家ミハイル・フォーキンの台本に従って書かれたのとは対照的に、《ペトルーシカ》は作曲者自身の着想から生まれた。《火の鳥》が大きな成功を収めた1910年のシーズン直後、家族と夏の休暇を過ごしていた滞在先のスイスで、彼はピアノと管弦楽による協奏曲風の1組の楽章を気晴らしに作曲し、それにロシアの伝統的な人形劇のキャラクターであるペトルーシカの名前を付ける。これを気に入ったディアギレフはバレエ化を即決し、舞台美術家のアレクサンドル・ベノアに台本を依頼した。
物語は、大勢の人が行き交う第1場〈謝肉祭の市場〉に始まる。人形遣いの魔術師は群衆にペトルーシカ、バレリーナ、ムーア人の3体の人形を紹介し、彼らに〈ロシアの踊り〉を踊らせる。続く第2場〈ペトルーシカ〉では、暗い部屋でひとり落ち込むペトルーシカの様子が描かれる。彼はバレリーナに恋をするが、彼女に嫌われて絶望する。第3場〈ムーア人〉では、異国風の部屋でバレリーナとムーア人が〈ワルツ〉を踊る。そこにペトルーシカが登場し、ムーア人と諍(いさか)いになる。第4場〈謝肉祭の市場とペトルーシカの死〉は、再び賑(にぎ)やかな市場の情景となる。ムーア人に追われたペトルーシカが小屋から飛び出し、人々の目の前でムーア人に殺される。誰もいなくなった夜、ペトルーシカの亡霊が人形芝居の小屋の上に現れ、人形遣いは恐れおののいて逃げだす。
ストラヴィンスキーはこの幻想的な物語を色彩的な管弦楽法を駆使して描いた。数々のロシア民謡、手回しオルガンやオルゴール、流行のシャンソン、ウィンナ・ワルツ等々が矢継ぎ早に現れ、謝肉祭の騒々しい音風景(サウンドスケープ)を構成する。ペトルーシカの姿は魔法を象徴する半音階や八音音階で描写されるが、逆説的にその中に生(なま)の人間的な感情が発露する。今日の公演では作曲者自身による改訂版で演奏される。

(向井大策)

演奏時間:約34分
作曲年代:1910〜1911年(1946年に改訂)
初演:1911年6月13日、パリ、シャトレ劇場、ピエール・モントゥー指揮

ブリテン/ピアノ協奏曲 作品13

「ストラヴィンスキーが好きだというのは君かね」。グレシャム校(イングランド東部ノーフォークのパブリック・スクール)に入学した14歳の少年は、音楽教師から警戒するような口調で迎えられた。保守的な英国の音楽家たちとは対照的に、ストラヴィンスキーは、音楽的にも知的にも早熟だった少年時代のベンジャミン・ブリテン(1913〜1976)に、「モダン」な音楽とは何かを教えてくれる存在だった。1930年(16歳)、王立音楽大学に進学すると、彼はラジオや演奏会の曲目にストラヴィンスキーを見つけては、熱っぽく感想を日記に書き記した。《ペトルーシカ》もお気に入りで、1931年6月にバレエ・リュスのロンドン公演で舞台を鑑賞し、クリスマスには両親からスコアをプレゼントされる。自らレコードも購入し、当時の日記からはそれを繰り返し何度も聴いていた様子が窺(うかが)える。
1934年、大学を卒業したブリテンは生活のために映画音楽や演劇の仕事をこなしながら、その縁で繫がった詩人W. H. オーデンを首領とする文学者たちのグループの左翼的な政治思想や挑発的な創作姿勢に感化されるようになる。《ピアノ協奏曲》は、1938年にプロムナード・コンサートで自ら独奏者を務めて披露するために作曲された。「ピアノの特性を汲(く)み尽くした華麗(ブラヴーラ)な協奏曲」、ブリテンは作品の意図をこう語る。彼の初期作品にはマーラーやベルクからショスタコーヴィチまで、さまざまな作曲家の影響が見られるが、本作ではストラヴィンスキーとプロコフィエフのスタイルが強く意識されている。4つの楽章には〈トッカータ〉〈ワルツ〉〈レチタティーヴォとアリア〉〈行進曲〉と、まるでバレエかオペラの組曲のような装いが与えられた(なお、ブリテンは1945年に曲を改訂し、第3楽章を今日演奏されるより叙情的な〈即興曲〉に差し替えている)。エネルギッシュで打楽器的な独奏ピアノの運動性、庶民的な要素を巧みに織り交ぜた意図的な軽薄さ、これみよがしな演劇性とパロディ精神。そこには時代の最先端を意識しながら大胆な音楽で保守的な英国の聴衆を驚かせてやろうと意気込む新進気鋭の作曲家の姿を見出すことができるだろう。

(向井大策)

演奏時間:約35分
作曲年代:1938年(1945年に改訂)
初演:1938年8月18日、ロンドン、クイーンズ・ホール、サー・ヘンリー・ウッド指揮、作曲者自身による独奏、BBC交響楽団 [改訂版]1946年7月2日、チェルトナム、チェルトナム・タウン・ホール、作曲者自身による指揮、ノエル・ミュートン・ウッド独奏、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

プロコフィエフ/交響組曲「3つのオレンジへの恋」作品33bis

セルゲイ・プロコフィエフ(1891〜1953)は1918年、ロシア革命の混乱の中、新天地を求めてロシアを離れる直前に、ロシア・アヴァンギャルドの演劇家フセヴォロド・メイエルホリドから彼の戯曲『3つのオレンジへの恋』を託される。プロコフィエフはそのオペラ化を計画し、アメリカに到着後、シカゴ・リリック・オペラと新作オペラの契約を結んだ。《歌劇「3つのオレンジへの恋」》は、紆余曲折(うよきょくせつ)の末、1921年末に初演されて成功を収める。作曲者は初演で評判となった〈行進曲〉を中心に、6曲からなる交響組曲を編んだ。
物語は18世紀の劇作家カルロ・ゴッツィに基づく。メイエルホリドはコンメディア・デラルテ風の奇想天外な道化芝居に新たな演劇の可能性を見出した。オペラは人々が演劇論争を繰り広げる騒々しいプロローグで幕開けする(第1曲〈おどけもの〉)。クラブの王を守る魔法使いと王の敵を守る魔女はカルタ遊びで両者の命運を占う(第2曲〈地獄の場面〉)。王子のうつ病を治すために道化のトルッファルディーノは祭りを催す(第3曲〈行進曲〉)。王子はドタバタの最中に転倒した魔女の姿に大笑いし、病は癒える。魔女から呪いをかけられた王子は3つのオレンジを探す旅に出かけ、嵐の風に乗ってオレンジが隠された城へと向かう(第4曲〈スケルツォ〉)。王子は3つ目のオレンジから出てきた王女と恋に落ちる(第5曲〈王子と王女〉)。悪党一味が計略に失敗して逃走すると(第6曲〈逃亡〉)、王子と王女を祝福するフィナーレでオペラは幕を閉じる。

(向井大策)

演奏時間:約16分
作曲年代:[オペラ]1918〜1919年 [交響組曲]1919/1924年
初演:[オペラ]1921年12月30日、シカゴ、オーディトリアム劇場、作曲者自身による指揮 [交響組曲]1925年11月29日、パリ、フィリップ・ゴーベール指揮

ARTISTS出演者

パーヴォ・ヤルヴィさんの画像 指揮パーヴォ・ヤルヴィ

パーヴォ・ヤルヴィは1962年にエストニア共和国(当時はソ連領)の首都タリンで生まれた。父は名指揮者のネーメ・ヤルヴィである。生地の音楽学校で指揮と打楽器を勉強したあと、アメリカに渡ってカーティス音楽院で指揮を学び、さらにロサンゼルスではレナード・バーンスタインの薫陶を受けている。これまでスウェーデンのマルメ交響楽団、シンシナティ交響楽団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団、hr交響楽団(フランクフルト放送交響楽団)、パリ管弦楽団のシェフを歴任、このうちドイツ・カンマーフィルとは2004年以来今日までの長きにわたり継続して芸術監督の地位にある。2015年から2022年まではN響の首席指揮者を務めた(現在は名誉指揮者)。また2019年にはチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督に就任して今に至っている。
N響とはこれまで幅広いレパートリーで名演を披露してきたが、なかでも近現代作品において特に優れた手腕を発揮し、研ぎ澄まされた感性と綿密な音楽作りが結び付いた目の覚めるような演奏を聴かせてきた。今回もプロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ブリテンの作品で彼のそうした美質が存分に生かされるに違いない。一方でベルリオーズでも彼らしいシャープで直截(ちょくせつ)なアプローチが作品にフレッシュな息吹をもたらしてくれることだろう。

[寺西基之/音楽評論家]

ベンジャミン・グローヴナー(ブリテン)さんの画像 ピアノベンジャミン・グローヴナー(ブリテン)

イギリスに生まれ育ち、英国王立音楽院で学んだ。2011年には、英国の音楽家としては史上最年少、また英国のピアニストとしては約60年ぶりに、英国の名門レーベルと契約。2023年にリリースされたシューマンとブラームスのアルバムは、グラモフォン誌のエディターズ・チョイスとディアパゾン金賞を受賞した。
BBCプロムスには、2011年にリストの《ピアノ協奏曲第2番》で初登場して以来、定期的に出演。2020年にはショスタコーヴィチの《ピアノ協奏曲第1番》でパーヴォ・ヤルヴィと共演している。ウィグモア・ホール、ラジオ・フランスのアーティスト・イン・レジデンスとしてさまざまなプロジェクトを行ったほか、「ショパンと彼のヨーロッパ」音楽祭、ラ・ロック・ダンテロン音楽祭など主要音楽祭にも出演。室内楽奏者としても活躍している。近年グラモフォン誌から、トップ・ピアニスト50名のひとりに選出された。
NHK交響楽団との共演は今回が初めて。祖国イギリスを代表する作曲家、ブリテンの作品で、ノーブルかつ熱い音楽を披露してくれるだろう。

[高坂はる香/音楽ライター]

松田華音(ストラヴィンスキー)さんの画像 ピアノ松田華音(ストラヴィンスキー)

香川県高松市生まれ。4歳でピアノを始め、6歳でロシアに留学してエレーナ・イワノーワに師事、翌年モスクワ市立グネーシン音楽学校に入学。その後、モスクワ音楽院に日本人初のロシア政府特別奨学生として入学、ミハイル・ヴォスクレセンスキー、エリソ・ヴィルサラーゼに師事し、2021年6月に大学院修了。
オーケストラとは8歳で初共演し、以来、ミハイル・プレトニョフ、ワレリー・ゲルギエフ、アンドレア・バッティストーニら著名指揮者やオーケストラと共演を重ねる。2014年にはドイツの老舗レーベルよりデビューし、これまでに2枚のアルバムをリリースした。
2020年に井上道義指揮、NHK交響楽団と伊福部昭《リトミカ・オスティナータ》を、2021年にNHK音楽祭で飯森範親指揮、日本センチュリー交響楽団とシチェドリンの《ピアノ協奏曲第1番》を演奏し、高い評価を受けた。また2023年にはNHK交響楽団の北海道公演にソリストとして出演。
幼少期からロシア文化の中で育った松田のストラヴィンスキー《ペトルーシカ》には大いに期待できそう。

[高坂はる香/音楽ライター]

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TICKETチケット

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Bプログラム

第2035回 定期公演 Bプログラム

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1回券発売開始日

定期会員先行発売日:2025年2月26日(水)10:00am
定期会員について

一般発売日:2025年3月2日(日)10:00am

チケット購入

料金

S席 A席 B席 C席 D席
一般 12,000円 10,000円 8,000円 6,500円 5,500円
ユースチケット 6,000円 5,000円 4,000円 3,250円 2,750円

※価格は税込です。
※定期会員の方は一般料金の10%割引となります。また、先行発売をご利用いただけます(取り扱いはWEBチケットN響・N響ガイドのみ)。
※この公演のお取り扱いは、WEBチケットN響およびN響ガイドのみです。
※車いす席についてはN響ガイドへお問い合わせください。
※券種により1回券のご用意ができない場合があります。
※当日券販売についてはこちらをご覧ください。
※未就学児のご入場はお断りしています。

ユースチケット

29歳以下の方へのお得なチケットです。
(要登録)

定期会員券
発売開始日

年間会員券
2024年7月15日(月・祝)10:00am
[定期会員先行発売日: 2024年7月7日(日)10:00am]

お問い合わせ・
お申し込み

主催:NHK / NHK交響楽団

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