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[SPOTLIGHT]|大植英次(指揮)インタビュー 〜N響で聴くドイツ後期ロマン派の魅力〜
公演情報2024年1月24日
大植英次、四半世紀ぶりのN響定期出演で得意のドイツ後期ロマン派を指揮。
〜R.シュトラウスにとっての「英雄」とは〜
1999年にNHK交響楽団定期公演で初共演し、コロナ禍の2021年にはシベリウス《交響曲第2番》で共演した大植英次。N響定期公演には25年ぶりに2024年2月Cプログラムに登壇します。十八番とするドイツ後期ロマン派作品のプログラムで臨むドイツ・ハノーファー在住の大植英次に、N響との共演に寄せる思いや、プログラムについてのエピソードなどを聞きました。(聞き手・構成:宮本明/音楽ジャーナリスト)
2024年2月Cプログラム演奏曲
ワーグナー/ジークフリートの牧歌
R.シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」作品40
― 前回のN響との共演は2021年4月。ショスタコーヴィチの《ピアノ協奏曲第1番》と、シベリウスの《交響曲第2番》を軸にしたプログラムでした。
大植: ピアノの阪田知樹くん、すばらしかったですね。初共演だったのですが、とても気の合ったいい演奏になりました。じつは彼は、僕の勤務するハノーファー音楽演劇大学の大学院ソリスト課程で勉強しています。ときどきお会いするし、電話ではしょっちゅうお話ししています。
― もともとN響にはどんなイメージを持っていましたか?
大植: 僕が初めて生でN響を聴いたのは1974年。N響の練習場に、ウォルフガング・サヴァリッシュの振る練習を見に行ったんです。あの頃のNHK交響楽団の指揮者といえば、サヴァリッシュだけでなく、ロヴロ・フォン・マタチッチ、オットマール・スウィトナー、ホルスト・シュタインら、ドイツ系の指揮者ばかりでしたからね。「日本のドイツ・オーケストラ」と呼ぶ人もいたほどで、日本のオーケストラが、ドイツ人よりもドイツ音楽らしい演奏をしていた。サウンドもずっしりと重たい。少々とっぴな比喩かもしれませんが、アメリカのコンボイ(大型トラックの隊列)を引っ張るみたいな感じで、ぐーっと引っ張っていく、そのすごい力技が指揮者に求められたことが記憶にあるんですよ。
たとえば、カラヤンが1950年代にN響を指揮した演奏を聴くと、あの頃のN響の音って、なにかこう、やっぱり特別なものがあるんですよね。ただ完璧に正確に弾けるというのではなくて、極端にいえば、ずれててもいいから、ぐーっと来るものがある。僕はそんなN響が大好きでした。
― 1999年6月の定期公演に初登場した際は、今回の2月定期公演と同様ドイツ音楽中心のプログラムで、メインがブラームスの《交響曲第1番》でした。25年前のことになりますが、この時はN響の演奏はどのような感触でしたか?
大植: どしん!とした、「ああ、やっぱりN響の音だ!」というのが聴こえてきて楽しかったです。ブラームスはいまだに解釈を試行錯誤しているところがあるのですが、オーケストラがしっかりと助けてくれました。
そして前回(2021年)のシベリウス《交響曲第2番》の演奏は、オーケストラに深みが増したなと感じました。ものすごくしっかりした演奏でした。そして当たり前ですが、N響の音がしているんです。かつてのN響の重みも残っていながら、指揮棒にすーっと合わせてくれるんですね。日本のトップ奏者たちが集まっているオーケストラだな、と。そこからさらに音楽を深めていきたいと思い、低音をもっとどっしり響かせてほしいとお願いしました。この時のシベリウスもとてもよい演奏になったと思っています。
― そして今回は3年ぶりのN響との共演、定期への登壇は25年ぶりですが、N響とどのように向き合いますか?
大植: 今回演奏する《英雄の生涯》は20世紀最高峰のドイツ音楽です。R.シュトラウスの作品は、たとえ編成が大きくても、室内楽的な性格が強いんです。アーノルド・シュワルツネッガーみたいな鍛え抜かれた筋肉を持つ、筋肉質な室内楽です。記憶のなかのあの頃のN響の音で演奏したいですね。N響が確立したドイツ音楽の最高の演奏、それをまた一緒に作り上げられたらいいなと思っています。
この《英雄の生涯》ですが、よくR.シュトラウスが自分を英雄になぞらえた自伝的作品と言われますよね。じつは僕はR.シュトラウスの息子さんから、それは違うと聞いているんですよ。
2002年にミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団で《ツァラトゥストラはこう語った》を振ったときに、息子さんが聴きにいらしたんです。当時70歳を過ぎていたと思います。公演後に食事をご一緒して、《英雄の生涯》の話になりました。僕が「自分の生涯を書くというアイデアはすばらしいですね」と言ったら、「いや、あれは違うんですよ」と。
息子さんがいうには、テーマとしては自伝ではなく、ブラームスとクララ・シューマンとか、ベートーヴェンと不滅の恋人とか、作曲家たちの結ばれなかった恋を描いているということなんです。その女性たちは曲の3つ目の部分の〈英雄の伴侶〉に出てきますね。
批評家たちの非難をモティーフにしているという〈英雄の敵〉の部分の木管の皮肉なモティーフも、R.シュトラウスに対しての非難というよりは、ブラームスやベートーヴェンに向けられたものだということなんですね。ベートーヴェンはいろいろ新しいことを始めて、批評家から攻撃を受けましたからね。
曲の最後も自身の死を描いているのではありません。静かに消えていく前に一度金管が盛り上がるのは、シュトラウスにとっての英雄である先人たちの業績へのファンファーレ。死ぬときに、あんなにクレッシェンドして盛り上がって終わらないでしょう?
― そうしますと、〈英雄の業績〉の部分で、R. シュトラウスの過去の自作のモティーフがいろいろ登場するのはなぜでしょうか?
大植: ブラームスやベートーヴェンのモティーフを使うと、英雄たちに失礼だということではないかというのが、僕の見解です。でも作品冒頭の「英雄の主題」なんか、メンデルスゾーンの弦楽八重奏曲とまったく同じですよね。R. シュトラウスにとってはさらに、モーツァルトでありシューマンでありワーグナーであり、多くの大作曲家たちが英雄であり、自分の作品も彼らの音楽からインスピレーションを得ているということなのでしょう。そういう英雄たちがいたからこそ私がいるという敬意のあらわれがこの作品なのではないかと思います。
― R.シュトラウス自身はこの交響詩の標題を明らかにしていませんが、このお話を伺うと、これまでとまったく異なる《英雄の生涯》が浮かび上がってくるかもしれませんね。
大植: ちょっと違う耳で聴いていただけるかもしれません。僕もドイツ正統の演奏を目指して、細工せずに真っ向から向かいますので、N響が持っている最高のものを出していって、それでいて新たな発見ができたらいいですね。

公演情報
第2005回定期公演Cプログラム2024年2月9日(金) 開演7:30pm
2024年2月10日(土) 開演2:00pm
NHKホール
ワーグナー/ジークフリートの牧歌
R.シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」作品40
指揮:大植英次
大植英次(指揮)
広島県生まれ。桐朋学園音楽大学で齋藤秀雄に師事し、1978年に小澤征爾の招きで渡米。ボストンのニューイングランド音楽院でラリー・リヴィングストンに学ぶ。またタングルウッド音楽祭に参加し、恩師レナード・バーンスタインに出会う。1985年にバーンスタインとともに広島平和コンサートに参加し、糀場富美子《広島レクイエム》を指揮した。1986年にバッファロー・フィルハーモニー管弦楽団の準指揮者、1991年からエリー・フィルハーモニックの音楽監督、1995年にはミネソタ管弦楽団の第9代音楽監督と、北米のオーケストラのポジションを歴任。1998年にはハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者となり、2009年には名誉指揮者の称号を与えられた。日本では2003年から朝比奈隆の後任として大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任し、大阪城西ノ丸庭園での「星空コンサート」、御堂筋や中之島周辺のショールームなどで開催する「大阪クラシック」のプロデュースなど、普及にも力を入れた。現在は大阪フィルハーモニー交響楽団の桂冠指揮者。2005年夏にはバイロイト音楽祭で日本人として初めて《トリスタンとイゾルデ》を指揮。2006年から2010年までバルセロナ交響楽団の音楽監督を務めた。NHK交響楽団とは1999年に定期公演で初共演。2021年には特別公演でも久しぶりに共演したが、定期公演への出演は25年ぶりとなる。
[片桐卓也/音楽評論家]