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[SPOTLIGHT]|下野竜也(指揮)に聞く 2023年5月Aプログラムの魅力と聴きどころ

公演情報2023年4月18日

定期公演で採り上げる作曲家や楽曲にさまざまな側面から迫るこのコーナー。
2023年5月Aプログラムでは、下野竜也の指揮、ソリストにバイバ・スクリデ(ヴァイオリン)を迎えて、ラフマニノフ《歌曲集作品34―「ラザロのよみがえり」(下野竜也編)、「ヴォカリーズ」》、グバイドゥーリナ《オッフェルトリウム》、ドヴォルザーク《交響曲第7番》をお贈りします。下野竜也に、このプログラミングのねらいや聴きどころ、テーマなどについてインタビューしました。
(聞き手・構成:山田治生)

2023年5月Aプログラム 演奏曲
ラフマニノフ/歌曲集 作品34 ―「ラザロのよみがえり」(下野竜也編)、「ヴォカリーズ」
グバイドゥーリナ/オッフェルトリウム(ヴァイオリン独奏:バイバ・スクリデ)
ドヴォルザーク/交響曲 第7番 ニ短調 作品70


下野竜也


― 今回のプログラミングの意図について教えてください。

下野: まず、N響と相談して、バイバ・スクリデさんの独奏でのグバイドゥーリナの《オッフェルトリウム》を組むことが決まりました。このヴァイオリン協奏曲といっていいような楽曲を中心に据えることからプログラミングを考えていったのです。
そして、2023年はラフマニノフ生誕150年ですので、ラフマニノフの作品をシーズンを通してプログラムにちりばめたいという、N響からのリクエストがありました。それならばと、〈ヴォカリーズ〉のオーケストラ版を取り上げることになり、そしてもう1曲は、また編曲をしてみないかとご提案をいただいたのです。というのは、2020年9月のN響定期公演で、私がコダーイの《ミゼレーレ》をオーケストレーションしたことがありましたので。ラフマニノフの声楽曲全部の楽譜にあたり、〈ヴォカリーズ〉と同じ《歌曲集作品34》に入っている〈ラザロのよみがえり〉を編曲することにしました。
後半にドヴォルザークの《交響曲第7番》を組むことにしたのは、私がドヴォルザークが大好きだからです。N響とは、《第6番》を2014年10月の定期公演で取り上げ、《第8番》や《第9番》は地方公演や海外公演などでおりにふれ演奏してきたのですが、《第7番》は初めての演奏となります。第4楽章の最後に、その楽章の主題を使いながらも、まるでバッハのコラールのようなお祈りの音楽が出てくるので、イエスがラザロを生き返らせるという奇跡を起こす〈ラザロのよみがえり〉とも、ミサ曲の奉献唱を意味する《オッフェルトリウム》とも、ぴったりと合うと思いました。

― それぞれの曲の聴きどころを教えていただけますか?まずはラフマニノフの2作品から。歌曲のオーケストレーションではどのような工夫をされたのでしょう?

下野: 〈ヴォカリーズ〉は、ラフマニノフ自身の編曲版を使います。原曲の歌曲ではソプラノ独唱のメロディですが、それをソロではなく、ヴァイオリン16人で弾くように指示されていて、それがおもしろいですね。大勢でメロディを奏でるサウンドの厚みを楽しんでください。〈ラザロのよみがえり〉は、ラフマニノフがフヨードル・シャリアピン(1873-1938ロシア出身の著名なバス歌手)のために書いた歌曲なので、今回、メロディは主にトロンボーンが担うようにしたのが私の編曲のポイントです。そして、原曲の歌曲伴奏でピアノが奏でる教会の鐘のような音の響きをオーケストラ全体にちりばめました。また、フルートとヴィオラを合わせるといったラフマニノフのオーケストレーションの特長を真似させてもらいました。ラフマニノフが聴いたら怒るかもしれませんが(笑)。また、〈ヴォカリーズ〉がホ短調なので、〈ラザロのよみがえり〉はオリジナルのヘ短調から半音下げてホ短調にして、調性をそろえました。そのほうがきれいに聴こえると思ったのです。荘厳なイメージの佇まいになるよう編曲したつもりです。きっとN響が重厚なサウンドで助けてくださると思います。
編曲は好きで昔からやっていたのですが、最近は、自分で編曲したものをオーケストラに演奏してもらう機会を楽しんでいて、ストコフスキーの真似ごとみたいなことをしていますね(笑)。コダーイの《ミゼレーレ》、プーランクの《平和への祈り》、今回の〈ラザロのよみがえり〉と、歌曲をオーケストラに編曲することが多いです。

セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)

セルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)


― グバイドゥーリナの《オッフェルトリウム》についてお話しください。今回独奏を務めるバイバ・スクリデさんは、2021年にグバイドゥーリナの90歳を祝して《オッフェルトリウム》を演奏するなど、グバイドゥーリナの作品に取り組んでいるようですね。

下野: スクリデさんのお得意のレパートリーですね。スクリデさんとは初共演です。ソリストから教えていただいたり、インスピレーションをいただいたりするのが楽しみです。
この曲は、バッハの《音楽のささげもの》から〈6声のリチェルカーレ〉の引用があり、まるでウェーベルンが編曲したかのように始まります。巨大な編成のオーケストラのために書かれていますが、オーケストラがドカーンと鳴る時間は少なく、弦楽が多声に分かれたり、8本のコントラバスのうち3番だけが残ったり、細密画のようなずらしの妙が聴けます。独奏ヴァイオリンの旋律にオーケストラが襲いかかるような雰囲気となりますが、最後はまたヴァイオリンがお祈りのような美しい旋律を奏でて、昇華していきます。演奏の様子を見ることでも楽しんでいただけるので、こういう作品こそ、録音ではなく、生で聴いていただきたいですね。心にしみいる、訴えかける作品です。

ソフィア・グバイドゥーリナ(1931- )

ソフィア・グバイドゥーリナ(1931- )


― 最後は、ドヴォルザークの《交響曲第7番》ですね。

下野: 《第7番》はどちらかというと内省的な音楽だと思います。《第6番》は、喜びに満ち、天真爛漫に世界に飛びだす情熱にあふれた曲ですが、《第7番》はそういう外向的な作品ではないと思います。子どもの頃に初めて聴いたときに、とりわけ第4楽章の最後に衝撃を受けました。突然に神を賛美するような希求するような長調で終わるわけです。「ピカルディ終止」(短調曲の最後がその短調の和音ではなく長調の和音で終わること)なんですね。
第1楽章の祈りと闘争的な音楽で始まり、第2楽章はブラームスの《交響曲第3番》第2楽章の影響を感じる牧歌的で美しい歌、第3楽章にはボヘミアの踊りがあり、第4楽章で何かに立ち向かう、という大きな物語を私は思い浮かべてしまいます。ですから、私は《第7番》の方が《第9番》よりもドラマティックな音楽だと感じています。《第8番》、《第9番》は完成された音楽だと思いますが、《第7番》には気負いも感じられ、ドヴォルザークの思いが素直に表れていると思います

下野竜也


― 「ドヴォルザークが大好き」とおっしゃられていますが、ドヴォルザークの魅力はどういうところにあるのでしょうか?

下野: まず、メロディの美しさですね。彼はブラームスがうらやむようなメロディ・メーカーでした。また、若い頃のドヴォルザークは、スメタナの影響でワグネリアンだったのです。初期の作品は和音の使い方がワーグナーそっくりで、この《第7番》の第2楽章にも《トリスタンとイゾルデ》のような和音が出てきます。そういう和音の使い方がすてきだと思います。
それから、〈家路〉のメロディの影響かもしれませんが(笑)、日本人なのに、なぜかドヴォルザークの音楽を聴くと懐かしいと感じてしまいます。郷愁をそそられるところがドヴォルザークの魅力ではないでしょうか。それは《第7番》にも感じます。

アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)

アントニン・ドヴォルザーク(1841-1904)


― 今回のプログラムは、東ヨーロッパの音楽が並びましたね。

下野: それは偶然の一致です。今回のテーマは「祈り」です。
1年以上経ったウクライナとロシアの問題、あるいは、3年も4年もコロナ禍であることの問題など、誰もがいろいろ思い悩みながら生活していますよね。今、コンサートをしているということがどれだけ幸せかとは毎回思います。こうやって、NHKホールにお客さまが来てくださってN響のみなさんと音楽ができることは、それがあって当然という感覚ではない時代に生きていると私は感じます。演奏を聴いていただいた後、お客さまも、私も、N響のみなさんも、「音楽っていいね」、「平和でないといけないよね」という気持ちになると思うのです。音楽を聴くことでいろいろなことを考えていただく。そういう力も音楽にはあると思います。
私が歳をとったからかもしれませんが、今は、演奏することに意味や使命を昔よりも多く感じます。最近は、50代前半の私でも、この曲を死ぬまでにあと何回指揮できるのだろうか、と考えるようになりましたし、これでこの曲は人生最後になるかもしれないと思って指揮するようになりました。

― 最後に今回の演奏会への抱負をお願いいたします。

下野: 一見地味なプログラムですが、すばらしい曲ばかりですので、ぜひお聴きください。心に残るコンサートになると思いますし、私自身もそうなるようにしっかりと準備して指揮台に立ちます。会場でお待ちしております。



公演情報:
第1983回 定期公演 Aプログラム
2023年5月13日(土)開演 6:00pm
2023年5月14日(日)開演 2:00pm
NHKホール

ラフマニノフ/歌曲集 作品34―「ラザロのよみがえり」(下野竜也編)「ヴォカリーズ」
グバイドゥーリナ/オッフェルトリウム*
ドヴォルザーク/交響曲 第7番 ニ短調 作品70

指揮:下野竜也
ヴァイオリン:バイバ・スクリデ*

下野竜也さん



下野竜也(指揮)
下野竜也は1969年生まれ、桐朋学園大学音楽学部附属指揮教室に学び、シエナのキジアーナ音楽院で指揮のディプロマを取得、さらにウィーン国立演劇音楽大学に留学して研鑽(けんさん)を重ねた。2000年の東京国際音楽コンクール、翌年のフランスのブザンソン国際指揮者コンクールにともに優勝して注目を浴び、以後内外の楽団を指揮。これまで読売日本交響楽団正指揮者および首席客演指揮者、広島ウインドオーケストラ音楽監督、京都市交響楽団常任客演指揮者および常任首席客演指揮者などを歴任、2017年からは広島交響楽団の音楽総監督としてこの楽団の発展に大きく貢献している。N響とは2005年の初共演以来、これまで定期公演を含めて数多く共演を重ねてきた。正面から作品に向かい合い、優れたバトン技術と表現力でもってその真価を伝える下野の音楽作りは高い評価を得ており、レパートリーも古典から現代曲まで幅広い。これまで日の目を見なかった秘曲の発掘にも積極的で、プログラムも時に一見奇抜なようでいながら、そこに何らかのメッセージが込められている。今回も前半はともに宗教的な内容を持つラフマニノフの歌曲編曲とグバイドゥーリナの協奏作品を通して、今の混迷の時代における下野の切実な訴えが窺える。後半は彼の十八番のドヴォルザーク。下野は読響時代にドヴォルザークの交響曲全曲を指揮しているほどにこの作曲家に愛着を持っており、今回も名演が期待できよう。

[寺西基之/音楽評論家]

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