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「尾高賞」受賞作を Music Tomorrow 2026で再演! 作曲者のコメント・選考評を紹介
お知らせ2026年2月16日
2026年2月に「第73回尾高賞」を受賞した我妻 英《管弦楽のための《祀》》が、N響特別公演「Music Tomorrow 2026」で再演されます。尾高賞受賞コメントと審査員選考評を紹介します。
Music Tomorrow 2026
2026年7月 3日(金) 7:00pm東京オペラシティ コンサートホール
我妻 英/管弦楽のための《祀》(2024) [第73回「尾高賞」受賞作品]
杉山洋一/夢へのきざはし ― オーケストラのための (2026) [N響100年記念委嘱作品・世界初演]
ビローネ/ボッカ・コスモイ ― 声、トロンボーンとオーケストラのための (2007) [日本初演]
指揮:杉山洋一
ソプラノ:藤田果玲
トロンボーン:新田幹男(N響首席トロンボーン奏者)
管弦楽:NHK交響楽団
『第73回尾高賞 受賞に寄せて』
我妻 英
この度、私の「管弦楽のための《祀》」を伝統ある尾高賞に選出いただき、心より光栄に思います。私は、家にあったベートーヴェンやマーラーの交響曲などのCDを通じて、幼い頃から管弦楽の響きに大きな憧れがありました。この「管弦楽のための《祀》」は、そうした私の管弦楽に対する憧れを最大限に表現した音楽です。
本作品は、私が幼少の頃より深く魅せられてきた柳田國男(1875-1962)の『遠野物語』(1910)に想を得ましたが、岩手県遠野郷を舞台とするこの物語の世界は、同じ東北に生まれ育った私にとって、五感全てが引き寄せられ魂から共鳴する精神の原風景そのものといっても過言ではありません。その世界を、管弦楽の音響を通して心と全身で感じる音楽として描きたいという思いがありました。
五感の全てに働き掛ける音楽体験、また、創作を通して精神の深みを追い求める姿勢は、恩師の西村朗先生に学んだものです。私は2010年、山形交響楽団定期演奏会での西村先生の新作初演に接し、最初の音響に身を包まれたその瞬間に、この作曲家に学びたいと決意し目標にしてきました。幸いにも5年半にわたり師事することが叶い、間近で先生の音楽観や生き方に触れました。この作品の可能性を評価してくださった先生の言葉と眼差しが、今もありありと思い返されます。先生にこの作品が届いていることを日々願っています。
本作品は、2025年度武満徹作曲賞本選演奏会の舞台で初演されました。東京フィルハーモニー交響楽団の皆様と指揮の阿部加奈子さんによる心のこもった演奏、東京オペラシティ文化財団の皆様の支えに深く感謝を申し上げます。そしてこの度、NHK交響楽団の皆様と杉山洋一さんの指揮によって本作品が再演されることを、心から幸せに感じております。 最後に、私と私の音楽を育ててくれた全ての方々に感謝を捧げ、これからも真摯に誠実に創作に邁進してまいります。
プロフィール|我妻 英 Suguru Wagatsuma
1999年山形県山形市生まれ。山形県立山形北高等学校音楽科、東京音楽大学作曲指揮専攻作曲「芸術音楽コース」を経て、同大学院修士課程作曲指揮専攻作曲研究領域芸術研究修了。これまでに作曲を木島由美子、名倉明子、伊左治直、故西村朗、細川俊夫の各氏に師事。2023年《マヨヒガ -四手連弾によるピアノのための-》によりIPDA第23回国際ピアノデュオコンクール作曲部門大賞(第1位)受賞。《管弦楽のための「祀」》により2025年度武満徹作曲賞第1位受賞(審査員:ゲオルク・フリードリヒ・ハース)。2024年から武生国際音楽祭作曲ワークショップのアシスタント作曲家を務める。 『第73回尾高賞』選考評
尾高忠明(NHK交響楽団正指揮者)
第73回(2026)の尾高賞。25作品を聞いた。今回はなかなか充実していて大変嬉しかった。ベテランから新しい人達まで幅広い、そして多種多様な作風で大いに刺激も受けた。何か新しい時代が始まりつつあるのかなという感じさえした。その中ですでに超ベテランとなった、藤倉大さんが4作品、そのうち3作品が海外で初演されていて、その活動が世界的であることを嬉しく思った。《Ritual》はジョナサン・ノットさんの指揮が素晴らしい。また《Water Mirror》で新たな試みにも挑戦されていて頼もしかった。池辺晋一郎さん《クラリネット協奏曲「旋回の原理」》、板倉康明さんが弾きぶりならぬ吹き振り、凄いことだ。新実徳英さん、権代敦彦さん、野平一郎さん達ベテランも持ち味を出した素敵な作品で嬉しかった。権代作品の演奏は愛知室内オーケストラ、指揮は山下一史さん、とても良かった。岸野末利加さんの作品も素晴らしい。毎年素敵な作品でほとんどが海外初演、凄いことだが、反対に私たち日本の音楽界がもっと積極的に取り組まなくてはいけないのではないか?と思わされてしまう。私ごとで恐縮だが、若い頃、民音現代作曲音楽祭はじめ、たくさんの現代音楽を指揮してきた。NHK509スタジオでの新作品録音も多かった。そして確実な数の聴衆が素晴らしい反応を示していた。最近の日本のオーケストラで積極的に邦人作品や現代の音楽を取り上げるところが数少なくなってしまっている。日本フィル、セントラル愛知、愛知室内オーケストラなどは実に立派だ。
さて、今回の尾高賞は、我妻英さんの《管弦楽のための「祀」》になった。私の感想をストレートにいうと、面白い、わかりやすい、楽団員のしゃべり、「遠野物語」が背景、そしてスコアが自筆でコンピューターを使用しない。新しい機軸があってもそれらが地に足がついていて、ワクワクさせられた。武満徹作曲賞に輝いたのも当然と感じ入った。素晴らしい作品が生まれた事を心からお祝いしたい。また、阿部加奈子さんの指揮、東京フィルの演奏が素晴らしい。ピアノとハープを左右に一台ずつ配置というのもいままでありそうでなかった。東京フィルのメンバーの喋りもなかなかの物だが、N響のメンバーがどのような喋りを聴かせくれるだろう!
皆様ぜひ本番にお越しください。
Music Tomorrow 2026
『第73回尾高賞』選考評
下野竜也(NHK交響楽団正指揮者)
今年も各団体から推薦された全25作品もの新作に出会うことが出来ました。作曲家の皆さんに心から敬意を表します。73回も続く尾高賞ですが、創設された頃と現在では、色々な状況、環境も違って来ていると思います。創設時期は若い世代の候補者が多かったと思いますが、現在では新進気鋭の方々から中堅、大ベテランと幅広い年代の皆さんの作品からの選考となります。当然ながら作風も、そのようなアイデアがあるのか!という驚きもあれば、作曲家独自の音が確立されている方々もいらっしゃいます。その中から何を基準に選考するべきかと選考する難しさを個人的には感じています。
そこで、今回もまずはスコアを拝見し、その後初演の演奏を聴き、自分が演奏してみたいと思う作品を選定し、選考会議に臨みました。
今回受賞された我妻英さんの作品は多くのアイデアが全編に張り巡らされた作品で、最初から最後まで聴者を惹きつける圧倒的な完成度だと思います。声を出すアイデアも記譜法や演奏次第では、単なる賑やかし、少々キツイ言い方で申し上げると陳腐になりがちですが、全くそのような事はありません。オーケストラの音響の組み立ても、不協和音であっても決して濁らず、このような耳を持つ作曲家の存在を心から嬉しく思います。今後の作品も楽しみです。
受賞作品以外では、私は特に岸野末利加さん《Quita Mareria for Cello and Orchestra》に強く惹かれました。独奏チェロに極限までの緊張を強いる語り口とオーケストラの呼応が魅力の作品だと思いますが、私自身が感じ惹かれたのは一見激しく見える技巧的な難しさではなく、奥深くにある歌(思い)を感じた点です。強力なチェロ奏者を必要とする本作品ですが、日本初演が実現されることを願います。
今回、全作品を見て感じたのは、所謂、調性がある作品はとても少ないのですが、調性がなくとも、突然、長三和音などを単独で鳴らすなどの変化を作っている方が少なくありませんでした。しかし、その様な和音を鳴らすことで得られるのは色彩的な変化ではなく、音楽の流れが止まり、弛緩するように感じました。私の感性の問題かと思いますが、古典的和声法でなく、素材として使う協和音の使用は逆に難しいと考えさせられました。
最後に、毎年、優れた新作を世に発表なさっている愛知室内オーケストラ、名古屋フィルハーモニー交響楽団の素晴らしい活動に心から拍手をお送りしたいと思います。
『第73回尾高賞』選考評
片山杜秀
冒頭、ハープ2台が、縦の線の揃わぬように曖昧模糊と絡み合う。ずれて軋んで茫洋とする。しかも四分音がたっぷり使われている。とらえどころなく漂う。武満徹の映画音楽『はなれ瞽女おりん』をついつい思いだしてしまいました。辺境や異界に誘う風情や手つきがどこか似ているのです。映画音楽に限らず、ハープ2台で滲んだように薄明境を漂流してみせるのは武満の得意技。そんな連想を(少なくとも私には)喚起するところから《祀》は開始され、たちまち触手を広げて、トランペットのフラッターやトロンボーンのグリッサンドが猛々しく重畳しだすと、今度は西村朗のたぎるようなスタイルを呼び起こし、曲はたちまち世界を大きくして、一種の種明かしに至る。オーケストラのプレイヤーたちが声を出す。「オトジー」とか「キクゾー」とか。柳田國男フリークならそこで気づくでしょう。乙爺こと新田乙蔵。遠野の物知り。そして菊池菊蔵。山人に出会ったり狐に化かされたりする人。どちらも『遠野物語』の登場人物。そのあと「オクナイサマ、オコマサマ、コンセサマ、オシラサマ……」と遠野の神々の名が呪文のように連呼されもする。つまりこの曲は、古風な分類法で考えれば『遠野物語』による交響詩か交響幻想曲のようなものなのです。たとえば鳥獣の声を模す如き木管のパートも随所に聴かれましょうが、それは『遠野物語』に含まれる様々なエピソードを何かしら連想させるものなのです。曲名の《祀》は「まつる」と動詞的に読ませます。その含みも見えてくるでしょう。この作品ではすでに確認したようにオーケストラのメンバーが人の名、神の名を呪文のように唱え、叫ぶことにかなり比重がかかっている。だったら合唱団やシュプレヒコール隊をつかえば?私見ではそれではダメなのです。ここでのオーケストラは、作曲家が『遠野物語』からイメージした音楽を再現する装置であってはいけません。オーケストラの人々は遠野かどこかの人々を擬して能動的に祀りごとを行うのです。村の共同体か芸能者の集団になりきらねばならない。オーケストラに東北の土着性が憑依せねばならない。それはこの曲の楽器で鳴らされる響きそのものによって十二分に担保されているのでしょうが。とにかく神々の名が連呼され、ソプラノ・サックスが意表をつく登場の仕方をして、祈りの儀礼がひとつの頂点に達すると、その後、音楽は祈りの感情を改めて織り上げながら、驚くべき高潮へと辿りついてゆきます。進むにつれて土着的・土俗的・民俗的旋律性も前に出てきもする。そのへんで西村朗よりもスタイルとして時代的に遡ってゆくようにも感じられます。松村禎三になってさらに黛敏郎になるような。先に武満の名を出しましたが、最近の日本の若い作曲家の作品にしては珍しく戦後日本オーケストラ音楽史の文脈で聴けるところがありましょう。後半のピークを形作ってゆくオーケストラの鳴りは圧倒的なはずで、NHK交響楽団のパフォーマンスに期待はかかります。古風な感性と先端的メティエを融和させた、今後に大いに期待できる管弦楽作家の登場を寿ぎたいと思います。そのほかの候補作では、岸野末利加の《第五元素》と名付けられたチェロ協奏曲、藤倉大の《笙協奏曲》と《ヴァイオリンとフルートのための二重協奏曲》が、極めて魅力的でした。
