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「尾高賞」受賞作を Music Tomorrow 2024で再演! 作曲者のコメント・選考評を紹介

お知らせ2024年2月16日

2024年2月に「第71回尾高賞」を受賞した湯浅譲二《打楽器、ハープ、ピアノ、弦楽オーケストラのための「哀歌(エレジィ) ―for my wife, Reiko―」(2023)》が、N響特別公演「Music Tomorrow 2024」で再演されます。尾高賞受賞コメントと審査員選考評を紹介します。


Music Tomorrow 2024

2024年5月28日(火) 7:00pm
東京オペラシティ コンサートホール

エトヴェシュ/マレーヴィチを読む(2018)[日本初演]
湯浅譲二/打楽器、ハープ、ピアノ、弦楽オーケストラのための「哀歌(エレジィ) ―for my wife, Reiko―」(2023) [第71回「尾高賞」受賞作品]
エトヴェシュ/ハープ協奏曲(2023)[NHK交響楽団/フランス放送フィルハーモニー管弦楽団/ベルリン放送管弦楽団・合唱団有限会社/スイス・ロマンド管弦楽団/ウィーン楽友協会/ポルト・カーザ・ダ・ムジカ共同委嘱作品:日本初演]
ミュライユ/「嵐の目」―ピアノとオーケストラのための幻想即興曲(2022)[NHK交響楽団/ラジオ・フランス/BBCラジオ3/NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団 共同委嘱作品:日本初演]

指揮:ペーター・ルンデル*
ハープ:グザヴィエ・ドゥ・メストレ
ピアノ:フランソワ・フレデリック・ギイ
*本公演で当初指揮を務める予定だったペーテル・エトヴェシュ氏は本人の都合により来日できなくなりました。代わりましてペーター・ルンデル氏が出演いたします。



『第71回尾高賞 受賞に寄せて』
湯浅譲二

この度の受賞の一報が入った時には、「どの曲が受賞したのかな?」とまず思いました。《哀歌 エレジィ》とわかり、ワイフのことを想い一生懸命書いた曲だったので、受賞したことをたいへん嬉しく思いました。
 2008年にワイフの玲子が亡くなり、暫くの間作曲ができなくなってしまいましたが、メトロポリタン・マンドリン・オーケストラからの委嘱を受け、気持を切り替えて玲子への哀歌を書くことにしました。しかし、マンドリンオーケストラはなかなか再演の機会がなく、オーケストラであれば再演も可能なのではと考え、オーケストラのために編曲に取り組んだのがこの曲です。
 実際に手掛けてみると、マンドリン族の楽器をオーケストラの編成に書き換えることは想像以上に自分には難しく、本当にものすごく苦労をして書き上げました。その苦労を考えると、受賞の喜びもひとしおです。
 今後の展望をよく聞かれますが、とくにはありません。自分ではやり残したことはもうないと思っています。94歳になりましたし、作曲はもうしないと決断した思いに悔いはありません。  
尾高賞の受賞により、NHK交響楽団に《エレジィ》を再演していただくことはとても大きな喜びです。
最後に、この曲を書く機会を与えてくださった公益財団法人サントリー芸術財団、演奏してくださった指揮の杉山洋一さん、東京都交響楽団のみなさまに感謝いたします。どうもありがとうございました。


プロフィール|湯浅譲二 Joji Yuasa
1929年福島県郡山市生まれ。
少年期より音楽活動に興味をおぼえ独学で 作曲を始める。
49年慶応義塾大学教養学部医学部進学コースに入学。在学中より秋山邦晴、武満徹らと親交を結び、51年「実験工房」に参加、作曲に専念する。
以来、オーケストラ、室内楽、合唱、劇場用音楽、インターメディア、電子音楽、コンピューター音楽など、幅広い作曲活動を行っており、国内はもとより、世界の主要オーケストラ、フェスティバルなどから多数の委嘱を受けている。
これまでにニューヨークのジャパン・ソサエティ、DAADのベルリン芸術家計画、シドニーのニュー・サウス・ウェールズ音楽院、トロント大学など世界各国から招聘を受け、また、ハワイにおける今世紀の芸術祭、香港のアジア作曲家会議、英国文化振興会主催の現代音楽巡回演奏会、アムステルダムの作曲家講習会などに、ゲスト作曲家、講師として参加するなど、国際的に活動している。
81年からカリフォルニア大学サンディエゴ校教授を務め(現在名誉教授)、日本大学芸術学部、東京音楽大学、桐朋学園大学等で後進の指導にあたる。1997年、《ヴァイオリン協奏曲―イン・メモリー・オブ 武満徹─》が第45回尾高賞を受賞。同年、第28回サントリー音楽賞を受賞。1998年から2011年まで、「サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ」の監修を務めた。2010年、国際現代音楽協会(ISCM)名誉会員に選ばれる。




『第71回尾高賞』選考評
尾高忠明

2024年第71回「尾高賞」、今年は28曲だった。コロナ禍もひと段落で増えたようだ。音楽界も活発化して来ていて喜ばしい。
が、昨年まで選考委員として活躍してらっしゃった、大先輩外山雄三先生が逝かれてしまい、寂しさを噛み締めながらの審査だった。が、新たな正指揮者の下野さんが加わってくださり、とても心強く感じた。
今回は実に多数の作品が、良い評価を得て選考は難航した。28曲の中から9曲に絞り決選投票を行った結果、湯浅譲二さんの《哀歌》が選ばれた。私自身最も心を打たれた作品が選出され、大変嬉しい。これは現代音楽などという枠組みの中に、閉じ込めて置いてはいけない、大変感動的な作品だ。私も自ら取り上げてみたく思っている、下野さんも同じ思いで嬉しかった。杉山洋一さん指揮の東京都交響楽団が素晴らしい演奏を繰り広げてくれていた。
急逝された西村朗さんの《三重協奏曲》も氏の才能を充分に感じる作品だった。
藤倉大さんは相変わらずの素晴らしい充実ぶりで、《Wavering World》で日本神話を取り上げ、その必要性を強く訴えた。
細川俊夫さんの《祈る人》は25分の大曲だが実に充実している。隅々まで感じ入ったが特筆したいのは樫本大進さんの圧倒的な演奏だ。
山内雅弘さんの《オーボエ協奏曲》、池辺晋一郎さんの《シンフォニーXI「影を深くする忘却」》、坂田直樹さんの《盗まれた地平》、小出稚子さんの《オーケストラのための「GÜIRO GÜIRO」》、いずれも演奏を含めて極めてハイスタンダードなものだった。
ただ一つ残念に感じたことがある。例年、それぞれの演奏の素晴らしさを絶賛して来た私だが、今回は、演奏が良ければもっと評価が上がるのでは?と感じた作品が少なからずあった。
日本のオーケストラのレベルの高さは、世界も認めるところまで来ていると感じているが、来年はツブ揃いの作品をツブ揃いの演奏で届けてほしい。
また、若い年齢層には、もっとたくさん現代の作品を聞いてほしい。私の年齢では感じられない柔軟な反応が次世代の音楽界に必要だ。現代音楽を含んだプログラムのコンサートに、若者を招待するぐらいのオーケストラが出て来てほしいと思うが?如何でしょうか?


『第71回尾高賞』選考評
下野竜也

今回、初めて歴史ある尾高賞選考に携わる事になりました。候補作全28作品の作曲家の皆様、初演に関わられた指揮者/オーケストラの皆様に敬意を表し、素晴らしい演奏への感謝を申し上げます。
まず、スコアを読ませて頂きました。邦楽器とオーケストラという組み合わせが多く、それぞれの創意工夫に感嘆させられましたが、特に桑原ゆうさんの《葉落月の段》の精緻なスコアには大変驚き、この様な素晴らしい作曲家の出現を心から祝福したいと思います。オーケストラと邦楽器の組み合わせの最近の最も成功した形だとも思います。その後、初演の演奏も拝聴しましたが、石川征太郎さんの素晴らしい指揮にも感銘を受けた事を記させて頂きます。
また、個人的には森田泰之進さん、山邊光二さんの音楽・響きにも大いに惹かれました。
今回は湯浅譲二さんの《哀歌》が受賞作となりましたが、私はスコアを拝見した折に、胸が裂かれる様な思いがしました。その後、杉山洋一さん指揮/都響の演奏を聴き、演奏の素晴らしさもあり、多くの若い才能がひしめく今回の選考でしたが、湯浅譲二さんに受賞して頂きたいと強く思いました。
これから多くの新しい作品の誕生にもっとアンテナを張り、自分自身も学んでいかなければならないと思う選考会でした。
受賞なさった湯浅譲二さん、おめでとうございます。また、これまでの我が国の作曲界を牽引して下さった事に心から感謝申し上げます。


『第71回尾高賞』選考評
片山杜秀

湯浅譲二さんの《哀歌》は名曲です。より正確なタイトルは《哀歌(エレジィ)―for my wife,Reiko》。要するに奥様に捧げられた追悼の音楽です。作曲家は作品についてこう述べられたことがありました。「具体的な曲想などについての解説はさけたいと思うし、又不必要だと思う。ただ、聴いていただければ幸いと思う」。まさにその通りです。耳を傾ければすべてが通ずる。湯浅さんが長年育み、熟達を極めた語り口が、まるで円空の木彫の仏像のように、無駄なく単純に突き詰められ、剥き出しにされ、まことに素直に作曲者の心情を響かせるのです。大上段に振りかぶらない、とても私的な音楽です。だからよい。これ以上書くと野暮になります。でも書かせてください。曲の前半を支配するのは下降音型でしょう。下がる音遣いは一般に悲哀と結びつく。定石通り。真っすぐな正攻法のエレジーなのです。まず、第1ヴァイオリンによって「ファ#→ファ→ミ♭→レ→ド→シ♭」と5度の幅で下がってゆく6音の動きが刻印されます。だが、その程度の下降が繰り返される音楽ではありません。反対に上行する動きと軋み合いながら下降する幅を広げて行く。ついには、「ソ♭→ミ→ド→シ→ラ♭→ファ→ミ→レ→レ♭→シ♭→ラ→ソ→ソ♭→ミ♭→レ→ド→シ」と3オクターヴ近い幅で下がってゆく17音の動きにまで拡大されます。悲哀のテンションがそこまで高まるということです。それから音の密度を薄くし、ちょっと漂うような響きになり、ついで性急なポリリズムで渦巻き泡立つくだりがあって、鐘の和音が連打され、悲痛な下降音型から安らぎを感じさせる上行音型へと主役が交代して、ファ#の音の上で静かに結びます。冒頭もファ#ですから、古典的な意味合いでの秩序感というものも明瞭に確保されるわけです。こうした音のドラマに、聴き手はたとえば、死の悲哀と慟哭、中有を漂う死せる魂、弔鐘、昇天という筋書きを読み取るのではないでしょうか。まさに「不必要」な解説ですが。
ところで湯浅さんが奥様を亡くされたのはいつでしょうか。2008年2月です。《哀歌》は同年9月に初演されました。編成は、ティンパニ、ヴィブラフォン、ハープ、ピアノ、マンドリン、マンドラ、ギター、マンドロンチェロ、マンドローネ、コントラバス。2015年には初演団体による見事な録音もCD化されています。つまり今回の受賞作は、この16年前の作品の編作版。撥弦楽器を擦弦楽器に置き換えたヴァージョンです。原曲のマンドリン・オーケストラだと、楽器の響きの性質から儚さや虚しさが前面に出てくると思いますが、編作版だと感情がもっと厚く強く重くなります。しかも、湯浅さんのライヴァルという言い方をしてもよいでしょう、武満徹さんの《弦楽のためのレクイエム》と、編成が近くなったので、ますます聴き比べたくもなってきます。武満さんの鎮魂曲だと、土台は日本の5音音階で、そこに音を足してメシアン風のモードに発展させる書き方になっており、纏綿たる情緒が漂いいづるのですが、湯浅さんのエレジーはそうではなく、アイデアは徹底して12半音的で抽象的で厳粛であって、音楽の風情に著しいコントラストがあります。湯浅さんと武満さんの一対に戦後日本音楽の広がりが見える。そう申してもよいでしょう。
もちろん2023年の新作には違いありませんが、2008年の旧作の編作とも言えるのですから、受賞対象として適切なのかという議論もありました。私は、純然たる新作として、桑原ゆう《葉落月の段》、小出稚子《Güiro Güiro》、藤倉大《Wavering World》を強く考慮しました。しかし、湯浅さんの《哀歌》のような、繰り返し演奏されて広く親しまれるべき名作が誕生したことを寿ぎたいという意志が審査会の基調となったのです。これを機に《哀歌》が「現代音楽」の催事だけでなく、オーケストラの定期演奏会や名曲コンサートで広く取り上げられることを願ってやみません。


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