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NHK交響楽団のあゆみ

日本近代音楽史、とくにオーケストラの発展史に深い知見をもつ音楽評論家の岩野裕一さんが、第2次世界大戦後、現在までのN響の歴史を時代・社会・世相などの背景とともに振り返ります。

災害と音楽活動

東日本大震災直後の北米公演(2011)

2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生した。のちに「東日本大震災」と名付けられるこの未曾有の災害は、宮城県内で最大震度7、東北から北関東各地で震度6、東京都内でも震度5強の激しい揺れを記録しただけでなく、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉の太平洋岸6県を大津波が襲いかかった。福島県の浜通りに立地していた福島第一原子力発電所では、炉心溶融や建屋の爆発で放射能汚染が広がり、その被害は複合的かつ深刻なものとなって、わが国に大きな傷跡を残したのである。

この日は金曜だったが、NHK交響楽団は公演予定がなかった。というのも、翌日からアンドレ・プレヴィンとのアメリカとカナダを巡る北米公演を控えていたからである。地震発生当日から翌日にかけて、メディアを通じて次第に東北地方の惨状が明らかになっていく中で、なんとか成田空港に集合したN響の一行は、3月12日の夕刻17時過ぎ、定刻から6時間以上遅れてのフライトで日本を飛び立った。楽員たちは、ワシントンD. C. 到着後も次々に飛び込んでくるニュースに心を痛め、当初はツアーを続けてよいものかという迷いも生じたという。だが、16日のストラスモア・ミュージック・センターを皮切りに、18日モントリオール、20日ニューヨーク州立大学パーチェス校、21日カーネギーホールでの4公演は、北米の聴衆に「降りかかった災害を克服する勇気」(ワシントン・ポスト紙)を示すものとなった。

いずれも開演前には主催者から被災者へのお見舞いと支援の呼びかけがあり、N響からも理事長の野島直樹が感謝と芸術団体としての使命を示す答礼のスピーチを行って、募金活動の輪も広がっていった。プレヴィンの指揮で、武満徹《グリーン》、R. シュトラウス《4つの最後の歌》(3月18・21日、独唱:キリ・テ・カナワ)、エルガー《チェロ協奏曲》(3月16・20日、独奏:ダニエル・ミュラー・ショット)、プロコフィエフ《交響曲第5番》というプログラムの冒頭には、マエストロの発案で、大震災の犠牲者を悼んでバッハの《G線上のアリア》が献奏されている。

3.11の音楽界への影響(2011)

3.11のオーケストラ界への影響も、概観しておこう。甚大な被害を受けた宮城県を本拠とするオーケストラ、仙台フィルハーモニー管弦楽団は、3月11日当日、仙台市青年文化センター(現・日立システムズホール仙台)での定期演奏会に向けたゲネプロが始まる直前に被災した。幸い、楽団員や楽器に被害はなかったが、いったんホールから出て1時間あまり屋外に避難し、この日の公演はもちろん中止となった。その後、仙台フィルと市民有志は「音楽の力による復興センター」をすぐさま立ち上げ、被災からわずか2週間後の3月26日、仙台市内の佛光山見瑞寺(ぶっこうざんけんずいじ)で第1回復興コンサートを開いたのを皮切りに、避難所、学校、仮設住宅などでの演奏活動をスタートする。「つながる心 つながる力」を合言葉にしたこの公演活動は、現在まで1500回以上を数えており、仙台フィルという楽団と地域のつながりをさらに強固なものとする原動力となっている。

いっぽう、震源を遠く離れた首都圏のホールでも被害が発生しており、東京都千代田区の九段会館大ホールでは石膏製の天井が崩落して2名が死亡。神奈川県川崎市のミューザ川崎シンフォニーホールでも吊り天井が崩落して、人的被害こそなかったものの、その後2年間にわたって閉館を余儀なくされる。この日、東京都内のサントリーホールではアレクサンドル・ラザレフ指揮の日本フィルが、すみだトリフォニーホールではダニエル・ハーディング指揮の新日本フィルが、それぞれ定期公演を予定していた。日本フィルも新日本フィルも、地震のあった時刻には、本番当日のゲネプロを前にしてほとんどの楽団員がホールに到着していた。余震の続く中、建物の安全を確認したうえでリハーサルを行った両楽団は、いずれも定期演奏会を予定通り開催するという決断を下す。交通機関の混乱が続くなか、日本フィルは77名、新日本フィルは105名の聴衆を迎え、指揮者もメンバーも、そして客席の聴衆も、まさに祈るような気持ちで音楽と向き合ったのだった。新日本フィルを指揮したハーディングは、のちにNHKのインタビューでこう語っている。
「演奏が終わって数分もすればもとの悲しみに引き戻されます。でも、音楽が続いている間はマーラーが暗闇から光りが差し込む場所へと導いてくれるのです」
「大切なことは、お客様も演奏者も音楽を必要としているあのときに音楽を演奏したことです。そこに価値があったのです」
終演後、帰宅の足を失った楽団員と聴衆のために、ホールはロビーを簡易宿泊所として開放し、音楽による連帯感で結ばれた人々は一夜を共にした。また、日本フィルはこの日の体験をきっかけとして、被災地に音楽を贈る活動を今日まで続けており、2022年には第16回後藤新平賞を受けている。

N響の復興支援活動(2011)

震災と原発事故による混乱が続き、公演の中止や海外アーティストの来日キャンセルが相次ぐ中で、ズービン・メータ率いるフィレンツェ歌劇場の来日公演は、プッチーニの《トスカ》で3月13日の初日を迎えたものの、翌日にはフィレンツェ市長から帰国命令が出て、その後のすべての公演を中止した。

身をもってこの大震災を体験したズービン・メータは、帰国の途に就いたあとも、厳しい苦境に立たされている日本の人々を音楽で勇気づけたいと熱望する。そして、多くの関係者の尽力によって、4月10日、東京文化会館での「東京・春・音楽祭~東京のオペラの森2011~」の特別公演として、NHK交響楽団とのベートーヴェン《第9》チャリティー・コンサートが実現。1996年11月以来、およそ15年ぶりにメータがN響の指揮台に立つことになった。

ズービン・メータ(2011年4月10日、《第9》チャリティー・コンサート)
©東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳聡
ズービン・メータ(2011年4月10日、《第9》チャリティー・コンサート) ©東京・春・音楽祭実行委員会/撮影:青柳聡

この1回限りの公演を指揮するために、日本に舞い戻ってきたメータに勇気づけられたのは、満場の聴衆だけではなかった。N響のメンバーもまた、メータから、そしてベートーヴェンの音楽から強い力を受け取ったのである。その後N響は、楽団としての復興支援活動のみならず、メンバーの有志が自発的に被災地へと足を運び、子どもたちの音楽活動への支援や、避難所や仮設住宅での慰問演奏など、音楽家としてできることは何かと考え、悩みつつも、地道なボランティア活動を積み重ねていった。

話題の公演とN響への期待(2011-2012)

N響の2011年4月以降の定期公演は、一部のソリストが原発事故の影響や余震を警戒して来日を中止したほか、NHKホールでのA・Cプログラムの開演前に行われてきた室内楽の演奏が、会場運営の都合により中止されたものの、定期公演そのものはほぼ予定通りに実施されている。

4月定期はロジャー・ノリントンがベートーヴェン・シリーズをスタート、5月定期は前年に正指揮者となった尾高忠明が、ゲスト・コンサートマスターにウィーン・フィルのライナー・キュッヒルを迎えて2プログラムを受け持ち、ロシアからアレクサンドル・ヴェデルニコフが客演。6月定期は桂冠指揮者のウラディーミル・アシュケナージが来演した。

生誕150年と没後100年を記念して、2010年から2011年にかけて進められてきた「マーラー・シリーズ」は、2011年11月定期にイルジー・コウトが《第4番》と《第10番》第1楽章、《大地の歌》を取り上げ、12月定期に名誉音楽監督シャルル・デュトワの《第8番 「一千人の交響曲」》で頂点を築く予定だったが、コウトが急病で来日を果たせず、準・メルクルとワシーリ・シナイスキーが代役を務めた。この年9月定期には、名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットがブルックナー《第7番》などで指揮台に立ち、10月定期には北米公演で大役を果たしたアンドレ・プレヴィンが登場して、ブラームス《ドイツ・レクイエム》とメシアンの大曲《トゥランガリラ交響曲》で名演を聴かせた。

シャルル・デュトワの指揮によるマーラー《交響曲 第8番 変ホ長調「一千人の交響曲」》(ソプラノ:エリン・ウォール/中嶋彰子/天羽明惠、アルト:イヴォンヌ・ナエフ/スザンネ・シェーファー、テノール:ジョン・ヴィラーズ、バリトン:青山貴、バス:ジョナサン・レマル、合唱:東京混声合唱団、児童合唱:NHK東京児童合唱団、2011年12月3・4日、第1715回定期公演)
シャルル・デュトワの指揮によるマーラー《交響曲 第8番 変ホ長調「一千人の交響曲」》(ソプラノ:エリン・ウォール/中嶋彰子/天羽明惠、アルト:イヴォンヌ・ナエフ/スザンネ・シェーファー、テノール:ジョン・ヴィラーズ、バリトン:青山貴、バス:ジョナサン・レマル、合唱:東京混声合唱団、児童合唱:NHK東京児童合唱団、2011年12月3・4日、第1715回定期公演)

2012年のN響は、3年前にスメタナ《わが祖国》全曲でセンセーションを巻き起こしたチェコの知られざる名匠、ラドミル・エリシュカの再登場で幕を開ける。2月定期のジャナンドレア・ノセダは、母国イタリアの作曲家カゼッラの《交響曲第2番》日本初演が話題を呼んだ。4月定期はベートーヴェン・シリーズを続けるロジャー・ノリントンが、ティペットの《交響曲第1番》で異彩を放った。5月定期は尾高忠明がデュリュフレの《レクイエム》を取り上げたが、合唱には、前年2月定期のチョン・ミョンフン指揮マーラー《交響曲第3番》に続いて、尾高がオペラ芸術監督をつとめる新国立劇場の合唱団を起用している。

この年の7月、2015年9月からN響の首席指揮者にパーヴォ・ヤルヴィが就任することが発表された。パーヴォ(父ネーメ、弟クリスティアンも指揮者であり、その区別のためにパーヴォとファーストネームで呼ぶ)は当時、フランクフルト放送響の首席指揮者、パリ管弦楽団の音楽監督とドイツ・カンマーフィルの芸術監督を兼任しており、ヨーロッパの第一線で活躍中の指揮者を、N響の歴史上初めて「首席指揮者」というポストを新設して迎えたことは、パーヴォに対する期待の大きさの表れだったといえよう。

3年後の就任をこのタイミングで発表したのは、アンドレ・プレヴィンが首席客演指揮者のポストを2012年8月で勇退し、9月からは名誉客演指揮者という関係になったことも関係している。この時期、N響はプレヴィンのほか、名誉音楽監督のシャルル・デュトワ(2003年9月~)、桂冠指揮者のウラディーミル・アシュケナージ(2007年9月~)、名誉指揮者のヘルベルト・ブロムシュテット(1986年1月~)に、正指揮者の尾高忠明(2010年1月~)というタイトル指揮者が継続的に定期公演へ出演していたが、デュトワやアシュケナージが音楽監督を務めていた時代のように、楽団を強力にリードする指揮者の存在を待望する声は根強くあっただけに、パーヴォの就任発表は大きなセンセーションを巻き起こしたのである。

名誉客演指揮者となったアンドレ・プレヴィンは、2012年9月の定期でモーツァルトとマーラー《交響曲第9番》で練達のアンサンブルを聴かせたが、結果的にはこれがN響との最後の共演となった。

そしてこの年最大の話題は、10月定期の3プログラムすべてをN響初客演となるロリン・マゼールが指揮したことである。82歳となった巨匠が選んだのは、チャイコフスキー《組曲第3番》、スクリャービン《法悦の詩》、モーツァルト《交響曲第38番》、ラヴェル《スペイン狂詩曲》《ボレロ》といった多彩な曲目だが、圧巻だったのはワーグナー(マゼール編)の《言葉のない指環~ニーベルングの指環管弦楽曲集》である。1987年にベルリン・フィルの委嘱で編まれたこの作品を、マゼールは自家薬籠中のレパートリーとして鮮やかに指揮。続く11月定期には、前回の客演でデ・フリーヘル編曲による《指環〜オーケストラル・アドベンチャー》を指揮したエド・デ・ワールトが《ワルキューレ》第1幕を演奏会形式で取り上げて、N響は時ならぬワーグナー・ラッシュとなった。

指揮:ロリン・マゼール、ゲスト・コンサートマスター:ヴェスコ・エシュケナージ(2012年10月19・20日、第1737回定期公演)
指揮:ロリン・マゼール、ゲスト・コンサートマスター:ヴェスコ・エシュケナージ(2012年10月19・20日、第1737回定期公演)

12月定期には同月の登場が恒例となったシャルル・デュトワが迎えられ、Aプログラムではストラヴィンスキーの《夜鳴きうぐいす》とラヴェルの《こどもと魔法》という、N響としては異色のダブル・ビルによるオペラ演奏会形式上演で話題を呼んだ。なお、Bプログラムでは、武満徹の《ノヴェンバー・ステップス》(尺八:柿堺香、琵琶:中村鶴城)が取り上げられているが、これは翌2013年8月に行われるヨーロッパ公演での演奏曲目であった。

サヴァリッシュの逝去(2013)

明けて2013年2月22日、N響桂冠名誉指揮者のウォルフガング・サヴァリッシュが、ドイツ南部グラッサウの自宅で逝去した。享年89。東京オリンピック直後の1964年11月に初客演、1967年に名誉指揮者の称号を贈られて以来、ほぼ毎年日本を訪れ、コンサートだけでなくモーツァルト《魔笛》やベートーヴェン《フィデリオ》などのオペラでもN響と共に音楽を創り上げた。

サヴァリッシュがN響のみならず、日本の音楽界にとって大恩人であることに異論はないだろう。N響とは2004年11月の定期が最後の共演となり、2006年に指揮者を引退してからは静かに余生を送っていた。首席ファゴット奏者の岡崎耕治は「先生がN響に対してどれほど長い年月にわたって愛情を持ってくださったか。先生は何十年もかけてオーケストラを育て上げ、音楽そのものの本来向かうべき方向へと導いてくださいました」と追悼の辞を述べているが、サヴァリッシュの逝去は、N響にとってひとつの時代の終わりであった。

世界のメジャーへ

ザルツブルク音楽祭への出演と海外への飛躍(2013-2015)

2013年もN響は、多彩な指揮者を迎えて名演の数々を私たちに聴かせてくれた。4月定期のセミョーン・ビシュコフ、5月定期のタン・ドゥンとN響初共演となるウラディーミル・フェドセーエフ等々。そして8月には、N響の歴史にとってきわめて大きな出来事があった。ザルツブルク音楽祭へのデビューである。この歴史ある音楽祭に招かれることは、オーケストラにとって大変な名誉であり、日本の常設オーケストラがザルツブルク音楽祭に出演するのはこれが初めてのことだった(小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラは1990年と1994年に出演)。意外なことに、このときのヨーロッパ公演を率いた名誉音楽監督のシャルル・デュトワにとっても、これが音楽祭デビューであったという。

シャルル・デュトワ(2013年8月25日、ザルツブルク音楽祭)©Wolfgang Lienbacher
シャルル・デュトワ(2013年8月25日、ザルツブルク音楽祭) ©Wolfgang Lienbacher

8月25日にフェルゼンライトシューレで行われた公演では、デュトワの十八番であるベルリオーズの《幻想交響曲》をメインに、武満徹の《ノヴェンバー・ステップス》、そして音楽祭が細川俊夫氏に委嘱した《嘆き(Klage)》が世界初演されている。この作品は、東日本大震災による津波で失った子どもの遺体を探す母親の写真を見た細川氏が、その悲しみを浄化させたいという祈りを込めて作曲したもので、ザルツブルク出身の夭折の詩人ゲオルク・トラークル(1887-1914)のテクストが、ソプラノ歌手アンナ・プロハスカの壮絶な語りと歌唱によって届けられ、聴衆の大きな感動を呼んだ。

日本に戻ったN響の9月定期は、名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットによるブラームス・ツィクルスで、Aプログラムが《第2番》と《第3番》、Bプログラムが《大学祝典序曲》《ハイドンの主題による変奏曲》と《第1番》、Cプログラムが《ヴァイオリン協奏曲》(独奏:フランク・ペーター・ツィンマーマン)と《第4番》という豪華版であった。そして10月定期はロジャー・ノリントンのベートーヴェン・シリーズ、11月定期のAプログラムは、ヴェルディ生誕200年を記念して、名匠ネルロ・サンティが《歌劇「シモン・ボッカネグラ」》を演奏会形式で指揮している。同じく11月定期のB・Cプログラムの指揮台に立ったのはトゥガン・ソヒエフで、N響とは2回目の共演だが、定期公演にはこのときが初登場であり、チャイコフスキーとプロコフィエフの《交響曲第5番》という王道プログラムで絆を深めた。そして12月定期は、夏のヨーロッパ公演を成功に導いたシャルル・デュトワが登場している。

ネルロ・サンティの指揮によるヴェルディ《歌劇「シモン・ボッカネグラ」》(演奏会形式)(シモン:パオロ・ルメッツ、アメリア:アドリアーナ・マルフィージ、フィエスコ:グレゴル・ルジツキ、ガブリエレ:サンドロ・パーク、パオロ:吉原輝、ピエトロ:フラノ・ルーフィ、侍女:中島郁子、射手隊長:松村英行、合唱:二期会合唱団、2013年11月8・10日、第1766回定期公演)
ネルロ・サンティの指揮によるヴェルディ《歌劇「シモン・ボッカネグラ」》(演奏会形式)(シモン:パオロ・ルメッツ、アメリア:アドリアーナ・マルフィージ、フィエスコ:グレゴル・ルジツキ、ガブリエレ:サンドロ・パーク、パオロ:吉原輝、ピエトロ:フラノ・ルーフィ、侍女:中島郁子、射手隊長:松村英行、合唱:二期会合唱団、2013年11月8・10日、第1766回定期公演)
トゥガン・ソヒエフ(2013年11月20・21日、第1768回定期公演)
トゥガン・ソヒエフ(2013年11月20・21日、第1768回定期公演)

2014年1月定期には、2008年の"N響「夏」"公演でベートーヴェン《第7番》を共演して以来の、ファビオ・ルイージが登場。定期としては実に2004年以来となったが、Aプログラムではオルフの《カトゥリ・カルミナ》と《カルミナ・ブラーナ》、Bプログラムではモーツァルトの《ピアノ協奏曲第20番》(独奏:ルドルフ・ブフビンダー)とブルックナーの《第9番》という、意欲的なプログラムを披露した。

ファビオ・ルイージ(2014年1月25・26日、第1774回定期公演)
ファビオ・ルイージ(2014年1月25・26日、第1774回定期公演)

2月定期は尾高忠明がシベリウスを、2010年以降親密な関係を築きつつあったネヴィル・マリナーがモーツァルトとドヴォルザークを集中して取り上げた。4月定期はマレク・ヤノフスキが16年ぶりのN響定期登場となり、ブルックナー《第5番》を披露した。直前の3月には、東京・春・音楽祭でワーグナーの《ラインの黄金》も振り、その後の継続的な共演へとつながっている。4月定期ではほかに、ネーメ・ヤルヴィがR. シュトラウスと北欧の作品を指揮したが、秘曲であるR. シュトラウスの《紀元2600年祝典曲》は、1940年の初演における合同オーケストラに当時の新響(現在のN響)が参加して以来、N響としては1958年に次ぐ久しぶりの演奏であった。5月定期にはヘスス・ロペス・コボスがN響に初登場、6月定期には桂冠指揮者ウラディーミル・アシュケナージが2年ぶりに登場して、エルガー《交響曲第1番》、R. シュトラウス《アルプス交響曲》などの大曲に挑んでいる。

9月定期は名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットが、モーツァルトとチャイコフスキーの「後期3大交響曲」を組み合わせたプログラムで、ABCの3つの定期公演を全て指揮した。10月定期はロジャー・ノリントンがベートーヴェン・シリーズの完結編で《第7番》を指揮。11月定期はネヴィル・マリナーとネルロ・サンティの両ベテランが招かれた。12月定期はデュトワがAプログラムで取り上げたドビュッシーの《歌劇「ペレアスとメリザンド」》の演奏会形式上演が大きな感動を呼んだほか、Bプログラムではラヴェルの《ピアノ協奏曲》をユジャ・ワンが弾いている。

ノリントン(2014年10月18・19日、第1790回定期公演)
ノリントン(2014年10月18・19日、第1790回定期公演)
ユジャ・ワン(2014年12月17・18日、第1798回定期公演)
ユジャ・ワン(2014年12月17・18日、第1798回定期公演)

2015年1月定期では、ジャナンドレア・ノセダが 3つのプログラムを振った。ベートーヴェン《交響曲第5番「運命」》(Aプログラム)、ムソルグスキー(ラヴェル編)《組曲「展覧会の絵」》(Cプログラム)という名曲だけでなく、Bプログラムでは前回の客演に続いて20世紀イタリアの作曲家カゼッラの交響曲(今回は1941年に初演された《交響曲第3番》)を取り上げている。

パーヴォ・ヤルヴィがもたらしたインパクト(2015-2016)

そして2015年2月、9月からの首席指揮者就任発表後、パーヴォ・ヤルヴィが初めてN響の指揮台に立った。2002年、2005年とN響に客演してから久々のN響への客演であり、就任の前祝いともいえるこの公演では、マーラー《巨人》、R. シュトラウス《英雄の生涯》、ショスタコーヴィチ《交響曲第5番》というパーヴォ・ヤルヴィの十八番が、チェロのワイラースタイン、ピアノのアンデルシェフスキ、ヴァイオリンの庄司紗矢香という豪華なソリスト陣と共に演奏された。

パーヴォ・ヤルヴィ(2015年2月7・8日、第1802回定期公演)
パーヴォ・ヤルヴィ(2015年2月7・8日、第1802回定期公演)

「10年ぶりの共演となるN響の音楽家のみなさんとしっかりと繋(つな)がることを目指します。今、オーケストラが音楽的にどのような位置にあるのかを把握し、これからの可能性を探ることを楽しみにしているのです」という言葉通り、両者の絆を深める絶好の機会となった2月定期を通じて、聴衆のN響新時代に対する期待はいやがうえにも高まったのである。

4月定期はセバスティアン・ヴァイグレ、ミヒャエル・ザンデルリング、ウラディーミル・フェドセーエフ、5月定期はユッカ・ペッカ・サラステと、急病のデーヴィッド・ジンマンに代わってエド・デ・ワールトが登場。6月定期はステファヌ・ドゥネーヴ、尾高忠明、アンドリス・ポーガと、中堅からベテランをバランスよく配し、ドイツもの、フランスもの、ロシアものの多彩なレパートリーを楽しませるあたりは、さすがN響の貫禄であった。

さて、パーヴォ・ヤルヴィが、2015年9月から2016年6月に至る2015/16シーズンより首席指揮者に就任するにあたり、ここからはシーズン単位で定期公演を中心としたNHK交響楽団の歩みを振り返っていくことにしよう。

パーヴォ・ヤルヴィの就任披露は10月であり、シーズン開幕の9月定期には名誉指揮者のヘルベルト・ブロムシュテットが招かれ、3シーズンにわたる「ベートーヴェン・シリーズ」を開始した。2016年はN響ではなく、マエストロと共に来日するバンベルク交響楽団が《第5番》《第6番》を受け持つという、いささか変則的なチクルスだが、ブロムシュテットはこの年、N響と《第1番》《第2番》《第3番「英雄」》を演奏した。

ヘルベルト・ブロムシュテット(2015年9月16・17日、第1815回定期公演)
ヘルベルト・ブロムシュテット(2015年9月16・17日、第1815回定期公演)

そして10月。いよいよパーヴォの登場だ。Aプログラムがマーラー《復活》、Bプログラムがレコーディングも兼ねたオール・R. シュトラウス・プログラム、そしてCプログラムでは五嶋みどりを迎えてのショスタコーヴィチ《ヴァイオリン協奏曲第1番》とバルトーク《管弦楽のための協奏曲》と、パーヴォ・ヤルヴィ得意の曲目がずらりと並んだ。

パーヴォ・ヤルヴィは2013年11月のインタビューで、「首席指揮者に就任するにあたって真っ先に実施したいことは、NHK交響楽団という素晴らしいオーケストラを深く知ることです。我々にとって特別なものを見つけていく方法、最高の音楽を作る方法については、ともに練習し、演奏していく中でみいだせるでしょう。きっとうまくやっていけると信じています」と語っているが、ワールドクラスの指揮者がN響のトップに就任したことは海外からも大きな注目を集めており、フランス・クラシカ誌のアントワーヌ・ペクール氏は「パーヴォ・ヤルヴィの首席指揮者就任は、NHK交響楽団を良い方向に導くと確信している。ヤルヴィが楽団にバイタリティをもたらし、聴衆の集中力を高めることだろう」と期待を述べている。

パーヴォ・ヤルヴィはこのシーズン、2016年2月定期にも登場して、Aプログラムでブルックナー《第5番》、BプログラムでR. シュトラウス《ツァラトゥストラはこう語った》、Cプログラムでニルセン《第5番》という大曲を披露したほか、2015年10月の「NHK音楽祭」、12月のベートーヴェン「第9」演奏会でも指揮台に立ち、N響との新時代をアピールした。

パーヴォ・ヤルヴィの指揮によるベートーヴェンの《交響曲第9番「合唱つき」》(ソプラノ:森麻季、アルト:加納悦子、テノール:福井敬、バリトン:妻屋秀和、合唱:国立音楽大学、2015年12月22・23・25・26日、ベートーヴェン「第9」演奏会)
パーヴォ・ヤルヴィの指揮によるベートーヴェンの《交響曲第9番「合唱つき」》(ソプラノ:森麻季、アルト:加納悦子、テノール:福井敬、バリトン:妻屋秀和、合唱:国立音楽大学、2015年12月22・23・25・26日、ベートーヴェン「第9」演奏会)

こうした"パーヴォ・ヤルヴィ効果"は、聴衆増という目に見える形で表れており、このシーズンにパーヴォがNHKホールで指揮した8公演中5公演が3,000人を超える聴衆を集めたほか、定期会員数、定期公演入場者総数、1回券チケットの販売数はいずれも前年を大幅に上回ったのである。とりわけ1回券は、インターネットで24時間いつでもチケットが購入できる「WEBチケットN響」の導入(2014年)による利便性向上も大きかった。

時系列をさかのぼるが、2015年10月31日には3年ぶりの北京公演を行い、タン・ドゥンの指揮、諏訪内晶子のヴァイオリン独奏で、細川俊夫《遠景Ⅲ~福山の海風景~》(1996)、メンデルスゾーン《ヴァイオリン協奏曲》、タン・ドゥン《Passacaglia: Secret of Wind and Birds》(2015)、ストラヴィンスキー《バレエ組曲「火の鳥」》(1919年版)が演奏された。また、11月定期には常連となった2人の長老指揮者、ウラディーミル・フェドセーエフとネヴィル・マリナーが登場。12月定期は恒例のシャルル・デュトワが、演奏会形式によるR. シュトラウス《サロメ》、マーラー《第3番》、サン・サーンス《第3番》という豪華絢爛なプログラムで聴衆を圧倒した。

2016年1月はおなじみのトゥガン・ソヒエフと、N響定期初登場となる山田和樹がタクトを執り、山田が指揮するドビュッシー(カプレ編)《バレエ音楽「おもちゃ箱」》では、語りに人気女優・松嶋菜々子を起用した。また、4月定期はレナード・スラットキンが3プログラムを指揮。5月定期はAプログラムで尾高忠明がチック・コリア、小曽根真とモーツァルト《2台のピアノのための協奏曲》で共演したほか、パーヴォの父であるネーメ・ヤルヴィが2014年4月定期に続いて招かれ、Cプログラムはカリンニコフ《第1番》とベートーヴェン《田園》、Bプログラムはシューベルト《未完成》とプロコフィエフ《第6番》という交響曲だけのプログラムを披露した。さらに6月定期には桂冠指揮者のウラディーミル・アシュケナージが2年ぶりに登場して元気なところを見せた。また、6月3・4日にはのちにN響正指揮者となる下野竜也と台湾を訪れている。

山田和樹(2016年1月9・10日、第1826回定期公演)
山田和樹(2016年1月9・10日、第1826回定期公演)

N響創立90周年(2016-2017)

2016年はN響創立90周年を祝う年であり、2016/17シーズンは華やかなコンサートが目白押しとなった。シーズン開幕の9月8日には、N響90周年記念特別演奏会として、首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィの指揮でマーラー《一千人の交響曲》を取り上げ、10月6日には「N響90周年&サントリーホール30周年」と銘打ってマーラー《交響曲第3番》を演奏した。パーヴォ・ヤルヴィは2016年9月定期、2017年2月定期、6月定期と3回にわたって定期公演に登場したほか、2017年2月25日から3月10日にかけて4年ぶりとなるヨーロッパ公演を率いた。

パーヴォ・ヤルヴィ(2016年9月8日:N響90周年記念特別演奏会 マーラー「一千人の交響曲」)
パーヴォ・ヤルヴィ(2016年9月8日:N響90周年記念特別演奏会 マーラー「一千人の交響曲」)
パーヴォ・ヤルヴィ(2016年10月6日:N響90周年&サントリーホール30周年 パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団特別公演)
パーヴォ・ヤルヴィ(2016年10月6日:N響90周年&サントリーホール30周年 パーヴォ・ヤルヴィ指揮 NHK交響楽団特別公演)
ヨーロッパ公演2017(2017年2月28日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、マーラー《交響曲第6番「悲劇的」》、ベルリン・フィルハーモニー)
©橋本貴雄
ヨーロッパ公演2017(2017年2月28日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、マーラー《交響曲第6番「悲劇的」》、ベルリン・フィルハーモニー) ©橋本貴雄
ヨーロッパ公演2017(2017年3月2日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン、シベリウス《ヴァイオリン協奏曲》、フィルハーモニー・ド・パリ)
©Anne Deniau
ヨーロッパ公演2017(2017年3月2日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ヴァイオリン:ジャニーヌ・ヤンセン、シベリウス《ヴァイオリン協奏曲》、フィルハーモニー・ド・パリ) ©Anne Deniau
ヨーロッパ公演2017(2017年3月4日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ショスタコーヴィチ《交響曲第10番》、コンセルトヘボウ)
©Simon van Boxtel
ヨーロッパ公演2017(2017年3月4日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ショスタコーヴィチ《交響曲第10番》、コンセルトヘボウ) ©Simon van Boxtel
ヨーロッパ公演2017(2017年3月7日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ショスタコーヴィチ《交響曲第10番》、ウィーン・コンツェルトハウス)
©www.lukas-beck.com
ヨーロッパ公演2017(2017年3月7日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ショスタコーヴィチ《交響曲第10番》、ウィーン・コンツェルトハウス) ©www.lukas-beck.com

このツアーで演奏したショスタコーヴィチ《交響曲第10番》は直前の2月定期で、マーラー《交響曲第6番「悲劇的」》はツアー出発直前に、休館中のサントリーホール定期に代わる「N響横浜スペシャル」で取り上げた曲目だ。ベルリン、ルクセンブルク、パリ、アムステルダム、ロンドン、ウィーン、ケルンの6か国7都市を2週間で駆け巡る強行軍だったが、7公演中4公演が完売し、現地のメディアからも高く評価されたことで、パーヴォとN響のコンビは、名実ともに世界のメジャーの仲間入りを果たしたのである。また、ソニーミュージックが制作したR. シュトラウス・チクルスのCDをツアーに合わせて海外でもリリースしたほか、ロンドン公演はN響自らが主催してさまざまな関連イベントも行うなど、広報・運営面でも意欲的な動きを見せたことも特筆されよう。

そのほか90周年記念企画としては、12月定期でシャルル・デュトワがビゼーの歌劇《カルメン》(演奏会形式)を海外からのキャストを招いて行ったほか、12月恒例のベートーヴェン《第9》公演にはヘルベルト・ブロムシュテットが登場して、このときN響は「桂冠名誉指揮者」の称号を授与している。また、このシーズンの定期で大きな反響を呼んだのが、じつに38年ぶりで定期公演に登場した井上道義による11月定期Cプログラムの「オール・ショスタコーヴィチ・プログラム」である。メインの《交響曲第12番》は壮絶きわまる演奏であり、この年の「ベスト・コンサート」第3位に選ばれた。同じ11月定期でグレツキ《悲歌のシンフォニー》を指揮したデーヴィッド・ジンマンとは、韓国公演も行っている。

井上道義(2016年11月25・26日、第1849回定期公演)
井上道義(2016年11月25・26日、第1849回定期公演)

2017年1月定期には、ファンホ・メナとヘスス・ロペス・コボスという2人のスペイン人マエストロが招かれたのも、N響では珍しいことだった。4月定期にはファビオ・ルイージが指揮台に立ち、Aプログラムでマーラー《巨人》、Cプログラムでブラームス《第4番》というドイツ音楽の王道プログラムを披露。5月定期には12年ぶりとなるピンカス・スタインバーグがAプログラムでスメタナ《わが祖国》全曲を、このところ共演を重ねていたウラディーミル・フェドセーエフがCプログラムでボロディンの《第2番》とチャイコフスキーの《第4番》の組み合わせという、ともに重量級のプログラムで喝采を浴びた。

ワールドクラスのオーケストラへ(2017-2019)

2017/18シーズンも、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィは9月定期、2月定期、5月定期の3回登場して、ABCの全プログラムを指揮した。パーヴォとN響のコンビも3シーズン目に入り、ますますその活動の幅が広がってきた感があるが、9月定期Bプログラムの「オール・バルトーク・プログラム」(《弦楽のためのディヴェルティメント》、《舞踊組曲》、《弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽》)と、2018年2月定期Bプログラムのワーグナー《楽劇「ニーベルングの指環」管弦楽曲集》、5月定期Bプログラムの「オール・ストラヴィンスキー・プログラム」(《バレエ音楽「ミューズの神を率いるアポロ」》、《同「カルタ遊び」》、《3楽章の交響曲》)は、いずれもソニーミュージックからCDとしてリリースされている。さらに9月には、特別公演としてモーツァルトのオペラ、《ドン・ジョヴァンニ》(演奏会形式)を、NHKホールと横浜みなとみらいホールで演奏している。パーヴォは2017年5月から6月にかけてミラノ・スカラ座にデビュー、《ドン・ジョヴァンニ》を10公演指揮しており、日本のオーケストラを"練習台"代わりにするのではなく、一流の舞台での成果をわが国で披露したことも、日本のオーケストラ史において特筆すべき出来事だった。

龍角散presents N響スペシャル モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」〜パーヴォ・ヤルヴィと歌手たちの華麗な響き〜(2017年9月11日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ドン・ジョヴァンニ:ヴィート・プリアンテ、騎士長:アレクサンドル・ツィムバリュク、ドンナ・アンナ:ジョージア・ジャーマン、ドン・オッターヴィオ:ベルナール・リヒター、ドンナ・エルヴィーラ:ローレン・フェイガン、レポレッロ:カイル・ケテルセン、マゼット:久保和範、ツェルリーナ:三宅理恵、合唱:東京オペラシンガーズ、横浜みなとみらいホール)
龍角散presents N響スペシャル モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」〜パーヴォ・ヤルヴィと歌手たちの華麗な響き〜(2017年9月11日、指揮:パーヴォ・ヤルヴィ、ドン・ジョヴァンニ:ヴィート・プリアンテ、騎士長:アレクサンドル・ツィムバリュク、ドンナ・アンナ:ジョージア・ジャーマン、ドン・オッターヴィオ:ベルナール・リヒター、ドンナ・エルヴィーラ:ローレン・フェイガン、レポレッロ:カイル・ケテルセン、マゼット:久保和範、ツェルリーナ:三宅理恵、合唱:東京オペラシンガーズ、横浜みなとみらいホール)

10月定期には、これまでピアニストとして共演を重ねてきたクリストフ・エッシェンバッハがN響に指揮者として定期公演に初登場して、ブラームス・ツィクルスを行った。11月定期は、「東京・春・音楽祭」で2014年から4年がかりでN響とワーグナー《ニーベルングの指環》4部作を完結させたマレク・ヤノフスキがAプログラムに登場して、ヒンデミットの作品とベートーヴェン《英雄》を指揮。トゥガン・ソヒエフはBCの2プログラムの全曲をプロコフィエフの作品で貫き、Cプログラムでは《オラトリオ「イワン雷帝」》を片岡愛之助の語りで取り上げた。そして12月定期吉例のシャルル・デュトワは、圧巻のオール・ラヴェル・プログラムと、ザルツブルク音楽祭で披露した細川俊夫の《嘆き》を、そのときと同じソプラノのアンナ・プロハスカを招いて再演している。

2018年4月定期には、桂冠名誉指揮者となったヘルベルト・ブロムシュテットが3プログラムを指揮。2015年から取り組んできたベートーヴェン・チクルスの完結編として《第4番》《第7番》《第8番》を指揮したが、Aプログラムで母国スウェーデンの作曲家ベルワルドの《交響曲第3番「風変わりな交響曲」》(ブロムシュテット校訂版!)を指揮したのも注目される。

シーズンの締めくくりとなる6月定期には、桂冠指揮者ウラディーミル・アシュケナージが登場して、イベール《祝典序曲》、ドビュッシー《ピアノと管弦楽のための幻想曲》(ピアノ:ジャン・エフラム・バヴゼ)、《牧神の午後への前奏曲》、《交響詩「海」》というフランス音楽のAプログラム(6月9・10日)、メンデルスゾーン《ヴァイオリンとピアノのための協奏曲》(ヴァイオリン:庄司紗矢香、ピアノ:ヴィキンガー・オラフソン)、ヤナーチェク《タラス・ブーリバ》、コダーイ《組曲「ハーリ・ヤーノシュ」》のCプログラム(6月15・16日)の2プログラムを指揮した。アシュケナージは2020年1月には指揮活動からの引退を発表したため、このときがN響と最後の共演となったのである。

ウラディーミル・アシュケナージ(2018年6月15・16日、第1889回定期公演)
ウラディーミル・アシュケナージ(2018年6月15・16日、第1889回定期公演)

2018/19シーズンも、首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィは9月定期、2月定期、6月定期と変わらぬペースでN響の指揮台に立ち、レコーディングも着々と進められた。9月定期の目玉はCプログラムの「オール・シベリウス・プログラム」で、大曲《クレルヴォ》をはじめとする4曲すべてに男声合唱が入るという異色のプログラムを取り上げるにあたっては、2018年が建国100年となるパーヴォの母国エストニアから国立男声合唱団を招いて、万全の布陣で臨んだのである。

10月定期はヘルベルト・ブロムシュテットが3プログラムを指揮。今回もソリストなしですべて交響曲という重量級のプログラムで、Cプログラムで取り上げたマーラー《巨人》は意外にもN響とは初演奏だった。4月定期のベルワルドに続いて、Bプログラムのメインにステンハンマルの《交響曲第2番》を取り上げるあたりにも、マエストロの北欧音楽に対するこだわりが感じられた。11月定期は久々のジャナンドレア・ノセダと広上淳一が振り分けたが、広上が取り上げたコープランドの《オルガンと管弦楽のための交響曲》のオルガンを鈴木優人が受け持ったのも注目される。12月定期は、N響の常連であるアレクサンドル・ヴェデルニコフ、ウラディーミル・フェドセーエフと、N響初登場となる古楽の雄トーマス・ヘンゲルブロックが受け持った。ヘンゲルブロックは手兵のバルタザール・ノイマン合唱団を伴い、バッハ《マニフィカト》を、この季節にふさわしくクリスマス用挿入曲付きで演奏している。

パーヴォがプログラムの中軸を担うことで、N響定期公演の指揮者陣やレパートリーに核ができたことは大きな変化であり、まさにワールドクラスのオーケストラとなりつつあることを、聴衆もまた実感していたに違いない。パーヴォは、ドイツ音楽はブルックナー、マーラーの交響曲と、R. シュトラウスなど後期ロマン派の作品を中心に受け持ちつつ、シベリウスやバルトーク、ストラヴィンスキー、ニルセンなど、20世紀前半の民族色豊かな作品群をカバーして、N響の持つ高度で精緻な音楽性にダイナミズムを加えていった。そして、90代を迎え世界的な至宝となったブロムシュテットや、N響と深い絆でつながれたソヒエフ、スラットキン、ノセダ、フェドセーエフなどの客演陣、さらには尾高忠明、下野竜也、井上道義、山田和樹など日本人指揮者の充実もあいまって、パーヴォを中心としたN響は、わが国のオーケストラ界において一頭地を抜く存在となったのである。

N響は海外公演も引き続き活発に行っており、2018年9月には井上道義の指揮、クリスティアン・テツラフのヴァイオリンでベトナムの2都市(ホーチミン、ハノイ)を訪問。日越外交関係樹立45周年記念としての公演が行われた。2019年2月にはパーヴォ・ヤルヴィとともに香港を訪れ、プロコフィエフの《交響曲第6番》などを演奏している。

プレヴィンとの別れ(2019-2020)

この香港公演が行われた2月28日、N響名誉客演指揮者アンドレ・プレヴィンがニューヨークで89年の生涯を閉じた。N響とは1993年8月、NHKホール開館20周年記念演奏会でジュリー・アンドリュースとともに初共演。その後、1995年の定期公演初登場以来、指揮やピアノの弾き振りだけでなく、N響メンバーとの室内楽にも取り組んだほか、2011年3月の東日本大震災直後にはアメリカ、カナダをめぐる北米公演の指揮も務めた。2009年9月に首席客演指揮者、2012年9月に名誉客演指揮者に就任。2012年9月の定期公演が最後の共演となった。

アンドレ・プレヴィン(2012年9月26・27日、第1735回定期公演)
アンドレ・プレヴィン(2012年9月26・27日、第1735回定期公演)

2019年4月定期はN響初共演となるヤクブ・フルシャ、山田和樹、下野竜也が揃い踏みして若手の台頭を印象付ける一方で、翌5月はベテランのエド・デ・ワールト、ネーメ・ヤルヴィが登場。そして6月定期はパーヴォが演奏頻度の低い交響曲、Aプログラムでニルセン《第2番》、Cプログラムでブルックナー《第3番》、そしてBプログラムではメシアンの《トゥランガリラ交響曲》を取り上げたのも、N響との絆が深まったがゆえのチャレンジであったと思われる。

2019/20シーズンは、9月の定期公演に先立ち、パーヴォとともに津、豊田、福井、富山を訪問。この国内ツアーだけのプログラム(チャイコフスキー《幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」》《交響曲第2番「小ロシア」》ほか)を用意するという力の入れようであった。そして定期では、Aプログラムでルトスワフスキをメインにした「オール・ポーランド・プログラム」、Bプログラムでシベリウス《第6番》《第7番》を軸にした北欧プログラム、Cプログラムでは継続的に取り組んでいるマーラーの交響曲から《第5番》を取り上げた。10月定期は井上道義のショスタコーヴィチ《交響曲第11番》がセンセーションを巻き起こし、トゥガン・ソヒエフはロシアものとフランスものを振り分けた。11月定期は桂冠名誉指揮者ヘルベルト・ブロムシュテットが昨年に続いて来演し、ベートーヴェン《英雄》とブラームス《第3番》、モーツァルトの《ミサ曲 ハ短調》を指揮したほか、ライフワークとしている北欧作品としてステンハンマルの《ピアノ協奏曲第2番》(ピアノ:マルティン・ステュルフェルト)を日本の聴衆に紹介した。

2020年1月定期はクリストフ・エッシェンバッハが2回目となる定期公演に招かれ、Aプログラムでマーラー《復活》、Cプログラムでブラームス(シェーンベルク編)《ピアノ四重奏曲第1番》(管弦楽版)を取り上げ、Bプログラムはファビオ・ルイージがR. シュトラウスの《4つの最後の歌》(ソプラノ:クリスティーネ・オポライス)と《英雄の生涯》で名演を聴かせた。

そして2月。N響は2月18日からパーヴォ・ヤルヴィとの2回目のヨーロッパツアーを控えており、パーヴォが定期の2公演を指揮することになっていた。2019年12月末に、中国・武漢市で新型ウィルスによる感染者が発生した、というニュースは小さく報じられていたが、1月16日に国内初感染者が出るまでは、具体的な脅威として受け止められるには至っていなかった。だが、1月下旬になるとマスクなどの衛生用品が次第に品薄となり、2月になって横浜港に寄港したクルーズ客船、ダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が発生したことが報道されると、緊迫の度が増していく。

しかし、2月の時点ではまだパニックにはなっておらず、定期公演も何事もなく行われ、ヨーロッパツアーにも予定通り出発することになった。しかし、その直後、日本国内の感染状況は大きく暗転して、日本のオーケストラ界は、これまで全く経験したことのない、未曾有の危機に直面することになるのである。

岩野裕⼀(いわの・ゆういち)

音楽評論家。株式会社実業之日本社代表取締役社長。公益社団法人日本オーケストラ連盟理事。同日本演奏連盟理事。著書に『王道楽土の交響楽 満州──知られざる音楽史』(第10回出光音楽賞受賞)、『朝比奈隆 すべては「交響楽」のために』、共著書に『日本のピアノ100年』(第18回ヨゼフ・ロゲンドルフ賞受賞)など。

※本記事は2026年8月10日に公開しました




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