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2022年2月22日

巨匠エッシェンバッハが迫る ドイツ音楽の神髄
―企画担当者による「2022年4月定期公演」の聴きどころ

文・西川彰一(NHK交響楽団 演奏制作部長)

 

クリストフ・エッシェンバッハが2年ぶりに登場する。これまでにブラームスやマーラーを指揮し、N響との相性のよさを強く印象づけた。ドイツの伝統を継承する世界的指揮者との再会に期待が集まる。

 

エッシェンバッハは1940年、当時ドイツ領だったヴロツワフ(現ポーランド)に生まれた。幼くして両親を亡くし、難民キャンプで生死の境をさまようという壮絶な体験を経て、母方の親戚に引き取られる。音楽との出会いが、一時は失語症であった彼の人生を変えた。フルトヴェングラーのベートーヴェンに感動して指揮者を志し、ピアニストとして世に出た後も、地道に指揮の勉強を続ける。セルやカラヤンといった巨匠から受けた無償の教えが、彼の血肉となった。
全存在をかけて音楽に打ち込む姿勢、若者に対する思いやりと献身的な教育活動―― エッシェンバッハを形作っているのは、彼が歩んできた人生そのものである。

 

 

ドイツ最高峰の巨匠と紡ぐ ベートーヴェンの「舞踏交響曲」
― 池袋Aプログラム

4月9日(土)6:00pm 
4月10日(日)2:00pm

東京芸術劇場

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ
フルート:スタティス・カラパノス
ドヴォルザーク/序曲「謝肉祭」作品92
モーツァルト/フルート協奏曲 第1番 ト長調 K. 313
ベートーヴェン/交響曲 第7番 イ長調 作品92

 

 

ドヴォルザーク《序曲「謝肉祭」》で華やかに始まる[池袋Aプログラム]は、続く協奏曲のソリストに、ギリシャ出身のスタティス・カラパノスを迎える。エッシェンバッハが手塩にかけて育てている25歳の若者である。前回の共演時にも同行し、リハーサルから食事まで間近でマエストロの謦咳に接しながら、こまめに指導を受けていた様子を思い出す。
フルート奏者の聖典とも言うべきモーツァルト《フルート協奏曲第1番》で、年齢の垣根を越えた一体感を見せてくれることだろう。
ベートーヴェン《交響曲第7番》も、言わずと知れた古典中の古典。音楽家エッシェンバッハのキャリアもまた、ベートーヴェンと共にあった。

 

 

孤高の巨匠が迫るマーラーの本質 ― エッシェンバッハの《第5番》
― 池袋Cプログラム

4月15日(金)7:30pm 
4月16日(土)2:00pm

東京芸術劇場

指揮:クリストフ・エッシェンバッハ
マーラー/交響曲 第5番 嬰ハ短調

 

池袋Cプログラム]は、2020年1月の「復活」に続く、マーラーの交響曲シリーズ第2弾。今回は「巨人」と並び、最もポピュラーな《交響曲第5番》である。振り返れば一昨年の共演は、コロナの影響であらゆる音楽活動が休止に追い込まれる直前というタイミングだった。コンサートに先立ち、エッシェンバッハは「すべての人に慰めを届けたい。今回のマーラーが困難を乗り越えるための一助になるよう」と語っていた。今やこの言葉が、当時とは比べ物にならない重みをもって響いてくる。
エッシェンバッハにとってマーラーは「古今最高の交響曲作家」であり、その作品は「人生の様々な問いに対する答えを内包する至高の芸術、完全無欠の記念碑」であるという。数々の困難に直面しながら、創造の世界を切り開いていった生き様にも、深い共感を抱いているに違いない。
マーラーにおいては、行進曲・民族舞曲から聖歌・童謡にいたる多種多様な音楽ジャンル、東洋やスラブ・ユダヤなど、西洋以外の文化的素材が共存する。こうした要素を無理に統合するのではなく、相異なるものとしてそのまま提示する点に、エッシェンバッハの解釈の大きな特徴があるように思われる。甘美なものと粗野なものを明確に描き分け、刻々と移り行く情景に合わせて柔軟にテンポを動かしながら、個々の要素の対比を際立たせるのだ。
ダイバーシティ(多様性)がキーワードとなっている現代社会において、エッシェンバッハが指揮するマーラーの今日的意義は、ますます高まっている。