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2021年11月10日

ブラームスの傑作と、彼に心酔した20世紀最高峰の作曲家たちの代表作を堪能する
―企画担当者による「12月池袋Aプログラム」の聴きどころ

文・西川彰一(NHK交響楽団 演奏制作部長)

 

入国制限の影響で、12月の定期公演は出演者とプログラムの一部を組み替えてお送りすることになりました。登場する3人の指揮者はいずれも40代前半。ヨーロッパ各地のオーケストラで着実にキャリアを築いており、将来の音楽界を背負って立つであろう、楽しみな顔ぶれです。

 

《池袋Cプログラム》では、ロシアのワシーリ・ペトレンコが10年ぶりにN響の指揮台に立ちます。ムソルグスキー《展覧会の絵》は華やかなラヴェル編曲で親しまれていますが、ペトレンコは長く首席指揮者を務めたロイヤル・リヴァプール・フィルとの録音で、重心の据わった迫力ある演奏を繰り広げています。《ポーランドの牛車》《バーバ・ヤガーの小屋》などでは、テーマが秘めた歴史的背景まで炙り出すかのようです。
チャイコフスキー《ロココの主題による変奏曲》もロシアを代表する名曲。ペトレンコと同年生まれで、未来の巨匠との呼び声も高いダニエル・ミュラー・ショットをソリストに迎えます。こちらもN響とは久々の共演です。

 

 

《Bプログラム》の指揮は、名門バーミンガム市交響楽団の首席指揮者就任が決まった山田和樹。ドイツ音楽が描いた生と死を見つめながら、コロナ禍において生きる勇気を届けたい、そんな願いが込められた選曲です。
マーラー青年期の力作《花の章》に続くのは、R.シュトラウス《4つの最後の歌》。こちらは対照的に、老境に到った作曲家による人生への惜別の辞です。山田が音楽家としての姿勢に賛辞を惜しまない、佐々木典子の円熟の歌唱で聴きます。
後半はおなじみのベートーヴェン《交響曲第3番「英雄」》。“世界のヤマダ”に飛翔を遂げつつあるマエストロが、N響伝統のレパートリーに旬のエネルギーを注ぎ込みます。

 

 

 

今回は出演者が全面的に変更となった《池袋Aプログラム》について、選曲の狙いや聴きどころをご紹介します。

池袋Aプログラム

12月4日(土)6:00pm 
12月5日(日)2:00pm

東京芸術劇場

指揮:ガエタノ・デスピノーサ
ピアノ:小林海都
ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲 作品56a
バルトーク/ピアノ協奏曲 第3番
シェーンベルク/浄められた夜 作品4

 

 

 

指揮のガエタノ・デスピノーサは、イタリア・パレルモの出身。ヴァイオリニストとして歩み始めたのち、N響次期首席指揮者ファビオ・ルイージの薫陶を受けて指揮者に転向、イタリア各地のオーケストラに相次いでデビューしました。N響とは2012年、2014年、2019年に続く4度目の共演です。

 

元ドレスデン国立歌劇場コンサートマスターが振るブラームスとシェーンベルク

ブラームス《ハイドンの主題による変奏曲》シェーンベルク《浄められた夜》は、もともと山田和樹が指揮する予定でしたが、帰国後の待機期間が取れないため、急遽デスピノーサに代役をお願いしました。オペラ指揮者のイメージが強いデスピノーサにとって、このレパートリーは一見ミスマッチのようにも思えますが、彼は5年にわたりドイツの名門ドレスデン国立歌劇場のコンサートマスターを務めていましたので、実はこれらの作品と深い繋がりがあります。

中でも7つのパートに分かれた弦楽合奏のみで演奏される《浄められた夜》は、指揮者としてだけでなく、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリン、両方のパートを担当したことがあるそうです。それぞれの立場で曲を多面的に捉えることができる、稀有な存在と言えるでしょう。

この作品はドイツの象徴派、デーメルの詩に基づいています。苦悩を乗り越え、未来に希望を見出す男女の心理の移り変わりを描いていますが、そうしたストーリー展開に寄り添いながら、それと同時に、精妙に作られた音楽そのものの構成、道筋を聴き手に味わってもらえるような演奏を心掛けたいと、デスピノーサは抱負を語っています。

作曲者のシェーンベルクは、《ピアノ四重奏曲》のオーケストレーションでも知られるように、生涯にわたってブラームスを尊敬していました。変奏技法やフレーズの伸縮のさせ方、曲の体系的な組み立て方などは、ブラームスから学んだと告白しています。そうした意味で、両者のカップリングは必然性のあるものです。

とりわけ《ハイドンの主題による変奏曲》には、シェーンベルクがお手本にしたであろう“達人の極意”が凝縮されています。それだけでなくこの曲は、温かみや親しみやすさを持ちながら、他方では宗教的とも言える厳粛さを兼ね備え、自然への深い共感や、過去の偉大な作品のエコーも感じ取れるといった風に“まさにブラームス”というほかない特徴に満ちています。
個々の変奏曲のキャラクターを際立たせながら、論理的に一貫した全体像を作る、相矛盾するように見える2つの課題を両立させることが、デスピノーサの目標だそうです。

 

リーズ国際ピアノ・コンクール第2位の気鋭が弾く、バルトーク晩年の傑作

2曲目の協奏曲では、今年9月のリーズ国際ピアノ・コンクールで第2位入賞を果たした小林海都をソリストに迎えます。

 

イギリス北部の街リーズで行われるこのコンクールは、ヨーロッパでは若手の登竜門として有名で、過去にはラドゥ・ルプーやマレー・ペライアといった大物が優勝を飾っています。第2位は日本人の最高位で、1975年の内田光子以来、46年ぶりのことです。

先日のショパン国際ピアノ・コンクールでは反田恭平が、同じく内田光子以来、日本人として51年ぶりの第2位を獲得し、旋風を巻き起こしました。小林の入賞も、これに引けを取らない快挙だと思いますが、ショパン・コンクールに比べ、リーズのコンクールは、日本ではなぜかそれほどニュースになりません。

今回、小林がコンクール本選で演奏したバルトーク《ピアノ協奏曲第3番》を、いち早くお届けすることにしました。ちなみに反田恭平も1月のN響定期に出演しますので、こちらもお聴き逃しなく。

バルトーク《ピアノ協奏曲第3番》は、ピアノ・コンクールを舞台にした恩田陸の小説『蜜蜂と遠雷』に登場する主人公の一人、風間塵がコンクール本選で弾く曲です。映画では藤田真央が演奏を受け持ち、話題となりました。

バルトークの音楽は、なぜか屋外にいることを思わせる。彼の曲を聴いていると、手付かずの大自然の中を歩いていて、気まぐれに吹き寄せる風に身を任せているような感覚に陥るのだ。

恩田陸『蜜蜂と遠雷』より

本当にその通りだと思います。中でも

ゆっくりと、木立の中を鹿が歩いてくるのが見えるようだ。
かすかに靄が立ちこめ、うっすらと肌寒く、どこか神秘的な空気がぴんと張り詰めた朝。
まだ夜は明けきらず、息を潜めるような静けさが辺りに漂っている。

このように表現された第2楽章は、初冬のコンサートにふさわしく、初めて聴く方にも是非お勧めしたいと思います。

この曲では、小さな音素材が驚くほど緻密に展開されます。小林は第1楽章の第2主題など、ピアノ・パートだけ弾いていたのでは何だかよくわからない箇所が、オーケストラ・パートと合体することで初めて和音として完結し、独特の雰囲気が生まれるような点に、作品の魅力を感じるのだと言います。

シンプルでありながら躍動感にも満ちた《ピアノ協奏曲第3番》。バルトークは完成まであとわずかというところで、この世を去りました。本人の指示に基づき、友人のシェルリが完成させた数小節の終結部、ピアノ・ソロの上行音型は、最期の力を振り絞ったバルトークの姿を彷彿とさせ、聴くたびに胸が熱くなります。25歳の若者が紡ぐ、作曲家の“白鳥の歌”にご期待下さい。

 

ブラームスを源泉とした20世紀の大作曲家シェーンベルクとバルトーク

シェーンベルク(1874-1951)とバルトーク(1881-1945)は、ほぼ同時代を生きました。シェーンベルク同様、若き日のバルトークもブラームスに心酔し、その作風から大きな影響を受けました。ナチスを避け、アメリカで晩年を過ごしたところも二人の共通点です。

一方で、シェーンベルクが後期ロマン派の流れをくむ《浄められた夜》から出発し、やがて十二音技法の世界を切り開いたのと対照的に、バルトークは前衛的な作風を経て、《ピアノ協奏曲第3番》に見られるような、平明簡素の境地に行き着きました。

19世紀ドイツ・ロマン派を代表するブラームスと、彼を源泉にしながら20世紀に大輪の花を咲かせたシェーンベルク、バルトーク。ブラームスの名曲に始まり、シェーンベルク最初期とバルトーク最晩年の傑作を組み合わせたプログラムをお楽しみ頂ければ幸いです。