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2021年4月13日

風薫る新緑の5月、N響メンバーがソリスティックに活躍するプログラムを楽しむ
―企画担当者による「NHK交響楽団 5月公演」の聴きどころ

文・西川彰一(NHK交響楽団 演奏制作部長)

 

海外のアーティストが来日できない今だからこそ、名手揃いのN響メンバーがソリスティックに活躍する、とっておきのプログラムをお届けします。風薫る新緑の5月、コンサートに通う楽しみを、新たなライフスタイルに取り入れてみてはどうでしょうか。

 

 


その1

総勢10名がソリストとして登場するユニークなコンサート
― 5/15(土)&16(日)サントリーホール ―

15日・16日は、正指揮者・尾高忠明のタクトのもと、総勢10人がソリストとして出演するユニークなコンサート。前半は王道、ドイツ古典派の音楽です。

 

優雅で格調高いハイドンの協奏曲を辻本玲のチェロで聴く

最初にハイドン(1732-1809)の《チェロ協奏曲 第2番 ニ長調》を、首席奏者に就任して間もない辻本玲のソロで。コンクールやオーディションの課題曲になることが多いハイドンの協奏曲ですが、実演に接する機会はそれほど多くありません。出だしの第一主題はどこまでも優雅で格調高く、初めての聴き手にも強い印象を与えます。しかし辻本によると「この主題の歌い回しが非常に奥深く、難しい」とのこと。今回は弦6型という、とても小さな編成で演奏します。ソロと少人数のオーケストラが織りなす、緊密な掛け合いが聴きどころです。

N響が誇る管楽器の名手たちが奏でるモーツァルト

続いてモーツァルト(1756-1791)の《4つの管楽器と管弦楽のための協奏交響曲 変ホ長調 K.297b》。管楽セクションによるモーツァルトと言えば、コロナですべての公演がキャンセルとなった昨年、ようやく7月に入って活動再開に漕ぎつけ、最初に演奏したのが変ロ長調の《ディヴェルティメントK.270》でした。聴衆のいないホールを包む天衣無縫の調べはひときわ感慨深いもので、FMやテレビの放送を通じて大きな反響を呼んだのも忘れがたい思い出です。
変ホ長調の協奏交響曲が実際にモーツァルトの手によるものかどうか、定かではないようですが、それはさておき、N響が誇るオーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンの名手たちによる心地よいアンサンブルを、今回のステージでも存分に味わって頂けるものと思います。

 

 

ドビュッシーのハープのための名作を、早川りさこが探求する

後半は「神聖」を標題に持つ近現代の2曲。ドビュッシー(1862-1918)の《神聖な舞曲と世俗的な舞曲》は、早川りさこがあらゆるハープの作品の中で最も好きと明言する、ハープ・ファン必聴の名曲です。教会旋法を生かしたエレガントな〈神聖な舞曲〉と、軽やかな3拍子の〈世俗的な舞曲〉が、絶妙な対比をなしています。
以前はハープという楽器の魅力を前面に押し出す演奏を心掛けていたという早川ですが、経験を重ねるにつれ「ドビュッシーはピアノの響きをイメージしながらこの曲を書いたのでは」と考えるようになりました。例えば冒頭の和音を「ポロロン」という普通のアルペジオではなく、セッコで同時に鳴らすように、つまりピアノ的に弾くことで、ハープの音色を生かしつつ、ドビュッシーのイメージに近づけるのではないか・・・。チャレンジ精神みなぎる演奏に、新しい発見があること請け合いです。どうぞご期待下さい。

 

トランペット4本が活躍するパヌフニクの交響曲

最後に打って変わって壮大な交響曲を。ポーランドの作曲家パヌフニク(1914-1991)は、今回のマエストロ・尾高忠明の父で、戦中から戦後すぐにかけて、N響の前身である日本交響楽団の専任指揮者を務めた尾高尚忠(1911-1951)の親友でした。ウィーンで学んだ2人は、共に大指揮者ワインガルトナーの弟子であり、尚忠の没後もパヌフニクと尾高家の交流は続きました。
尾高忠明が折に触れて指揮し、レコーディングも行っている《神聖な交響曲》は、オーケストラの四隅にトランペットが陣取る、独特な楽器配置を持ちます。「ボグロジツァ」と呼ばれるポーランドの古い聖歌をモチーフに使っていることが「神聖な」というタイトルの所以ですが、戦場や国王の戴冠式でも歌われたというこの聖歌は、ポーランド人の魂の拠り所ともいうべきもので、パヌフニクの作品では、トランペットが奏でる勇ましいファンファーレや、神々しく感動的な終楽章の主題に使われています。会場でしか味わえない、立体的かつダイナミックなサウンドに、どうぞ身を委ねてみて下さい。

 

 

プログラム・日程

[サントリーホール]

※NHKホールの改修工事のため、土曜夜・日曜午後に行われていたNHKホールでの公演をサントリーホールに会場を移して行います

2021年5月15日(土)6:00pm 
2021年5月16日(日)2:00pm

指揮:尾高忠明
チェロ:辻󠄀本 玲(ハイドン/N響チェロ首席奏者)
オーボエ:吉村結実(モーツァルト/N響オーボエ首席奏者)
クラリネット:伊藤 圭(モーツァルト/N響クラリネット首席奏者)
ファゴット:水谷上総(モーツァルト/N響ファゴット首席奏者)
ホルン:福川伸陽(モーツァルト/N響首席ホルン奏者)
ハープ:早川りさこ(ドビュッシー/N響ハープ奏者)
トランペット:菊本和昭、長谷川智之、安藤友樹、山本英司(パヌフニク/N響トランペット・セクション)
ハイドン/チェロ協奏曲 第2番 ニ長調 作品101 Hob.VIIb-2
モーツァルト/4つの管楽器と管弦楽のための協奏交響曲 変ホ長調 K. 297b
ドビュッシー/神聖な舞曲と世俗的な舞曲
パヌフニク/交響曲 第3番「神聖な交響曲」

 

 


その2

ピアソラ生誕100年の佳節に贈る、原田慶太楼のラテンアメリカ・プログラム
― 5/21(金)&22(土)東京芸術劇場 ―

打楽器が大活躍するグアルニエーリの作品

21日・22日は、注目の指揮者・原田慶太楼によるラテンアメリカ・プログラム。話題となった昨年11月の続編企画です。グアルニエーリ(1907-1993)は日本ではなじみのない名前で、《弦楽器と打楽器のための協奏曲》も今回が国内初演となりますが、ブラジルではヴィラ・ロボスに次ぐ国民的な作曲家だそうです。よほど音楽好きの家庭に育ったのでしょうか、彼のファーストネームは何と「モーツァルト」で、他の兄弟は「ロッシーニ」「ヴェルディ」だとか。
学生時代、グアルニエーリの〈ブラジル舞曲〉をヨーヨー・マの演奏で知ったという原田慶太楼は、すっかりその虜となり、自分のコンサートでもしばしばグアルニエーリを取り上げるようになりました。N響の打楽器セクションにスポットを当てることが、今回の選曲の狙いです。

 

気鋭・三浦一馬がソロを務めるピアソラ《バンドネオン協奏曲》

続いては2021年が生誕100年となるタンゴの巨星ピアソラ(1921-1992)の作品。人気の若手奏者・三浦一馬を迎え、N響が14年ぶりに《バンドネオン協奏曲》を演奏します。「アコンカグア」というサブタイトルがついており、これはピアソラの祖国アルゼンチンにそびえる南米最高峰の山の名前です。曲のすばらしさ、スケール感を形容するものではありますが、内容そのものとは無関係で、どうやらピアソラの没後、勝手に名付けられたようです。
三浦一馬によると、この作品の最大の難しさは、単に技術的なことだけでなく「行間を読み解く」センスを要求される点にあると言います。いかにしてメロディーを弾き崩すか、譜面に記されていないニュアンスにどのようにアプローチするか。探求の成果が注目されます。

 

南米の「オケコン」!ヒナステラの《協奏的変奏曲》とおなじみ《三角帽子》

アルゼンチンと言えば、ピアソラの先生で、国を代表する作曲家ヒナステラ(1916-1983)の存在を忘れてはなりません。《協奏的変奏曲》は、チェロ→フルート→クラリネット→ヴィオラという風に、12種類のソロ楽器が次々に名人芸を繰り広げる、「南米のオケコン」とでも呼びたくなる作品です。有名なバルトークの《管弦楽のための協奏曲》(通称オケコン)の10年後に書かれていますから、少なくとも構成という点では、バルトークの影響があったのでしょう。ほぼ同時期に書かれたルトスワフスキの「オケコン」との相互作用も想像してみたくなります。この曲もN響が演奏するのはずいぶん久しぶり、デュトワが指揮した2002年以来となります。
最後はおなじみの名曲、ファリャ(1876-1946)の《「三角帽子」組曲第1番》です。60歳を過ぎたファリャが、祖国スペインの内戦の混乱を避け、アルゼンチンに渡った事実はあまり知られていません。コルドバという街でひっそりと亡くなったファリャの晩年に思いを馳せ、南米音楽に通じるリズムの躍動感と情熱を備えた彼の代表作を、ラテンアメリカ・プログラムの締めくくりとしました。

 

プログラム・日程

[東京芸術劇場]
2021年5月21日(金)7:00pm 
2021年5月22日(土)2:00pm

指揮:原田慶太楼
バンドネオン:三浦一馬
グアルニエーリ/弦楽器と打楽器のための協奏曲[日本初演]
ピアソラ/バンドネオン協奏曲「アコンカグア」
ヒナステラ/協奏的変奏曲 作品23
ファリャ/バレエ組曲「三角帽子」第1番

 

 


その3

広上淳一が師・尾高惇忠に捧げるコンサート
― 5/26(水)&27(木)サントリーホール ―

「尾高惇忠の《交響曲》は、音楽に詳しくない人も何かを感じ取れる作品」

26日・27日には、今年2月16日に亡くなった尾高惇忠(1944-2021)の《交響曲~時の彼方へ~》を、弟子の広上淳一が指揮します。
作曲家にまつわる思い出や《交響曲》の聴きどころは、広上淳一と作曲家・池辺晋一郎による対談を、近々このホームページで公開予定ですので、そちらをご覧頂くとして、一言この場で申し添えたいのは「現代音楽だからと言って敬遠しないで欲しい」ということ。広上さんが強調するように、これは「音楽に詳しくない人も何かを感じることができる」作品だからです。決して難解ではありません。初演時のプログラムにある通り、尾高惇忠さんにとっての作曲とは「音によるメッセージを聴いて下さる方々、そして演奏者の方々と共有出来たらという願いを抱きつつ、音を書き進めてゆくこと」だったのです。
交響曲が初演されたのは今から10年前の2011年、東日本大震災直後の仙台でした。
「時を越えて永遠に美しい自然、人類の平和、存続を願う気持ちは誰もが持っているものと思います。終楽章終結部にピアニッシモで現れる鐘を模した打楽器群による8回の連打はそんな願い、祈りの象徴として置かれています。」

 

N響に新風をもたらす白井圭のヴァイオリン・ソロを堪能する

こうした言葉を裏付けるように、尾高惇忠さんがこよなく愛した作曲家は、メロディーの魅力あふれるチャイコフスキー(1840-1893)でした。あまりの美しさにトルストイが涙したという《アンダンテ・カンタービレ》をコンサートの冒頭に置き、追悼の曲とします。
若き日の尾高さんが学んだのはパリ国立高等音楽院。フランス楽壇の礎を築いたサン・サーンス(1835-1921)の協奏曲を弾くのは、N響に新風をもたらしたゲスト・コンサートマスター、白井圭です。古き良き19世紀フランスのロマンをたたえ、確かな作曲技法に裏打ちされた《ヴァイオリン協奏曲第3番》もまた、このプログラムの趣旨に叶うのではないかと思います。

 

プログラム・日程

[サントリーホール]
2021年5月26日(水)7:00pm 
2021年5月27日(木)7:00pm

指揮:広上淳一
ヴァイオリン:白井 圭(N響ゲスト・コンサートマスター)
チャイコフスキー(マカリスター編)/弦楽四重奏曲 第1番 作品11ー第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」(弦楽合奏版)
サン・サーンス/ヴァイオリン協奏曲 第3番 ロ短調 作品61
尾高惇忠/交響曲 ~時の彼方へ~

 

 


番外編

5月公演の隠しテーマは・・・

没後30年のパヌフニク、生誕100年のピアソラに、没後100年のサン・サーンス。アニヴァーサリー・イヤーの作曲家を集めた3種類のプログラムには、お気づきかも知れませんが、さらにもう1つ、共通の隠しテーマがあります。
亡くなった尾高惇忠さんは渋沢栄一の曾孫。栄一が薫陶を受けた従兄弟として、同じ名前の尾高惇忠が、大河ドラマ『青天を衝け』に登場します。ドラマのテーマ音楽を演奏したのはN響で、指揮は尾高忠明、すなわち作曲家・惇忠の弟です。さらには番組終わりの紀行コーナーでバンドネオンを弾いているのが三浦一馬。
大河ドラマ・ファンの皆さまにもぜひ足を運んで頂きたい、5月のN響コンサートです。