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2021年3月19日

コンサートホールで、色とりどりの“春”を満喫する
―企画担当者による「NHK交響楽団 4月公演」の聴きどころ

文・西川彰一(NHK交響楽団 演奏制作部長)

 

N響公演、4月の共通テーマは“春”です。時には日頃の鬱屈を忘れ、コンサートホールでゆったり季節感を味わってもえらえればと、趣向の異なる3種類のプログラムを用意しました。色とりどりの春を満喫して頂ければ幸いです。

 

 


その1

三ツ橋敬子の指揮で贈るオペラティックなコンサート
―4/10(土)&11(日)サントリーホール―

10日・11日は、日本を代表するオペラ歌手、福井敬(テノール)森谷真理(ソプラノ)、それに国内各地のオーケストラから引く手あまたの若手指揮者、三ツ橋敬子を迎えます。

 

 

モーツァルトの名アリアを聴く前半

前半はモーツァルトです。おなじみ《魔笛「序曲」》のあと、このオペラの名アリアを2曲。最初は序曲と同じ変ホ長調の〈なんと美しい絵姿〉。王子タミーノがまだ見ぬパミーナへの憧れ、胸の高まりを歌います。続いてパミーナの〈愛の喜びは露と消え〉。こちらはタミーノの心変わりを疑い、嘆くト短調のアリアです。タミーノとパミーナは対になる登場人物で、2つのアリアはどちらも緩やかなテンポを取る上、よく似た構造を持ちますが、一方でこの組み合わせは陽と陰のコントラストをなしています。

 

プログラム前半の核となるのは《コシ・ファン・トゥッテ》の二重唱。激しい求愛を受けた女性の心情の変化を、曲中で次々に調性を変えながら細やかに描き尽くす、モーツァルトの真骨頂とも言える音楽です。

 

イドメネオ》の華やかなバレエ音楽を間奏曲的に挟んだ後、同じニ長調の〈海の外なる胸の内の海は〉、そして〈血を分けたオレステよ〉と、アレグロのアリアが2曲続きます。《魔笛》同様、今度も長調・短調の組み合わせですが、ともに力強さのみならずコロラトゥーラ的な技巧が要求される、難易度の高いアリアです。

 

《ウェルテル》《蝶々夫人》・・・後半は春にちなんだオペラ名曲集

プログラム後半は、春にちなんだオペラ名曲集。まずはヴェルディの《歌劇「シチリア島の夕べの祈り」》から〈〉。宮殿の広間のシーンで踊られるバレエ音楽で、うららかな春霞を思わせるフルートとハープの序奏、伸びやかなクラリネット・ソロや浮き立つようなワルツのメロディーが印象的です。

 

次いでフランスの作曲家マスネが19世紀末に相次いで書いたオペラ《ウェルテル》と《タイス》から。若き詩人が抑えきれぬ心情を吐露する〈春風よ、なぜわたしを目ざますのか〉、愛の女神ヴィーナスに永遠の美しさを願う〈鏡の歌〉。ヴィーナスと言えばこの季節、ボッティチェリの絵画「春」を連想しないではいられません。それぞれ福井さん、森谷さんの十八番です。

 

有名な〈タイスの冥想曲〉を、第1コンサートマスター・篠崎史紀のソロでお楽しみ頂いたあと、コンサートは《蝶々夫人》の二重唱でクライマックスを迎えます。春の星空のもと、ドラマティックに愛の誓いが交わされる、情景の美しさといい音楽的な充足感といい、オペラ史上屈指の名シーンです。

 

日本を代表する歌手だからこそ実現したプログラム

企画にあたって、オペラ・アリアの魅力を伝えるのはもちろんですが、オーケストラが幅広い表現力を発揮できるような選曲を心掛けました。しかし歌手にとって、個性の大きく異なるキャラクターを一度に歌い分けるのは至難の業で、負担が大きいのも確かです。実際、アイデアを提示した段階で「このラインナップは不可能ではないか」という意見も頂戴しました。日本を代表する2人の歌手だからこそ実現できるプログラムで、そういう意味でも聴き逃せない貴重な機会になると思います。

 

プログラム・日程

[サントリーホール]

※NHKホールの改修工事のため、土曜夜・日曜午後に行われていたNHKホールでの公演をサントリーホールに会場を移して行います

2021年4月10日(土)6:00pm 11日(日)2:00pm

「俊英指揮者 名歌手たちと盛り立てる 春たけなわの オペラティックな音楽会」

指揮:三ツ橋敬子
ソプラノ:森谷真理*
テノール:福井 敬**

モーツァルト/歌劇「魔笛」
─ 序曲、
─ タミーノのアリア「なんと美しい絵姿」**
─ パミーナのアリア「愛の喜びは露と消え」*

モーツァルト/歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」
─ フィオルディリージとフェランドの二重唱「夫の腕の中に」* / **

モーツァルト/歌劇「イドメネオ」
─ バレエ音楽 K. 367から「パ・スル(1人の踊り)」
─ イドメネオのアリア「海の外なる胸の内の海は」**
─ エレットラのレチタティーヴォとアリア「ああ私の切望、怒り」~「血を分けたオレステよ」*

ヴェルディ/歌劇「シチリア島の夕べの祈り」
─ バレエ音楽「春」

マスネ/歌劇「ウェルテル」
─ オシアンの歌(ウェルテルのアリア)「春風よ、なぜ私を目ざますのか」**

マスネ/歌劇「タイス」
─ 鏡の歌(タイスのアリア)「私を美しいと言っておくれ」*
─ 「タイスの冥想曲」

プッチーニ/歌劇「蝶々夫人」
─ ピンカートンと蝶々夫人による愛の二重唱「夕暮れは迫り」* / **

 

 


その2

古楽の第一人者、鈴木雅明が半年ぶりに登場!
―4/16(金)&17(土)東京芸術劇場―

16日・17日は、鈴木雅明指揮によるハイドン、モーツァルト、シューマンです。昨年秋、3種類の多彩なプログラムで衝撃のN響デビューを飾ったマエストロが、半年ぶりに登場します。

 

ハイドンのハ短調交響曲《第95番》

ハイドンの《交響曲第95番》は、鈴木さんがサンフランシスコやシドニーなど、世界各地のオーケストラと演奏してきた得意レパートリーです。晩年のハイドンがロンドンにおける演奏会のために書いたいわゆる「ザロモン・セット」12曲の中で、唯一短調の交響曲であり、この曲の3年前に書かれたモーツァルトの《第40番》や《第41番「ジュピター」》から影響を受けているように感じられる部分もありますが、鈴木さんはむしろ《第95番》が後世のベートーヴェンに与えた影響を重視する立場です。確かに同じハ短調であること、それに序奏もなくいきなりフォルティッシモで「ドーソラファソ」と主題をぶつける、ユニークかつ衝撃的な始まり方は、《運命》に通じるものがあると思います。第3楽章のトリオで、チェロがソリスティックに活躍するのも《運命》のトリオを想起させます。優美さと激しさを兼ね備えた巧みな全体構成――、鈴木さんがこの曲を愛好し、たびたび指揮してきた理由はその辺りにあるようです。

 

オーボエ奏者のバイブル―モーツァルト《オーボエ協奏曲》

続いては吉井瑞穂のソロによるモーツァルトの《オーボエ協奏曲》。過去に何度かN響のゲスト首席として登場し、目の覚めるような音色を披露してくれた吉井さんの、ソリストとしての演奏に大いに期待が高まります。「オーボエ奏者にとってバイブルのようなこの作品を、より多くの人に知ってもらいたい。こういう時代だからこそ、聴き手に安らぎを与え、少しでも皆さんのエネルギー源になるような演奏ができれば」と、抱負を語ってくれました。

 

鈴木雅明、シューマン《交響曲第1番「春」》を初めて指揮

後半はシューマンの《交響曲第1番「春」》。シューベルトの《ハ長調交響曲「ザ・グレート」》を発見し、初演や出版にも尽力したシューマンは、それがきっかけとなって創作上の行き詰まりを打破し、この交響曲を生み出すことができました。ホルンとトランペットで始まる《春》の冒頭は、明らかに《ザ・グレート》を意識しています。その一方、第2楽章のモチーフや反復進行は、ブラームスの《交響曲第3番》に影響を与えていますし、トロンボーンの使い方はまるでブルックナーです。

 

よく知られているようにベドガーの詩にインスピレーションを受けたことが「春」と呼ばれる所以ですが、それだけでなく、ベートーヴェン、シューベルトの系譜に連なりながら、後期ロマン派への扉を開いたという意味でも、この交響曲は「春」の名にふさわしいのかもしれません。

 

ところで鈴木雅明さんが《春》を取り上げるのは、今回が初めてです。この曲はバッハゆかりのライプツィヒで、メンデルスゾーンの指揮により初演されていますので、それだけでも2人の作曲家の権威である鈴木さんに指揮をお願いする必然性はあったと思いますが、最大の理由は実は別のところにあります。

 

あまり知られていませんが、鈴木さんの音楽家としての原点はバッハではなく、シューベルトやシューマンといったロマン派の作曲家なのです。声楽家である奥様との馴れ初めも、シューマンの歌曲伴奏を通じてでした。《詩人の恋》や《女の愛と生涯》を聴けば、今でも若かりし頃の(甘い?)思い出がよみがえってくるそうです。

 

「空想がどこまでも自由奔放に広がり、自己と音楽が同一化していくようなシューマンの世界に、無条件で惹かれる」と語る鈴木雅明さんが、ハイドン同様、華やぎと陰りの交錯する《春》の魅力を、存分に引き出してくれることと思います。

 

プログラム・日程

[東京芸術劇場]
2021年4月16日(金)6:00pm 17日(土)2:00pm

※通常とは開演時刻が異なります

「衝撃の初共演から6か月― 古楽界の第一人者が再びN響に登場」

指揮:鈴木雅明
オーボエ:吉井瑞穂
ハイドン/交響曲 第95番 ハ短調 Hob. I-95
モーツァルト/オーボエ協奏曲 ハ長調 K. 314
シューマン/交響曲 第1番 変ロ長調 作品38「春」

 

 


その3

情熱の人・大植英次が22年ぶりにN響の舞台に立つ
―4/21(水)&22(木)サントリーホール―

21日・22日には、大植英次が22年ぶりにN響のステージに立ちます。

 

命が再生する季節「春」をテーマにしたグリーグ作品

最初は弦楽合奏のために書かれたグリーグの《2つの悲しい旋律》。原曲となった2つの歌曲は、ノルウェーの詩人ヴィニエによるもので、第1曲の〈胸の痛手〉、第2曲の〈春〉はどちらも、人生の終わりに再び巡り合う春、すなわち命が再生する季節を主題にしています。第2曲の〈春〉は、アンコールピースとしてしばしば演奏されるため、耳馴染みがあり過ぎて、普段は原曲のことをあまり意識しないのですが、もとになった詩を改めて読み直すと「私はもう一度見ることができた 春の前に冬が立ち退くのを 再び花が咲くのを 春の鳥が歌うのを 春の香りの中で 再び私は故郷を見出すだろう」といった内容です。本当にいつになったら、再び花が咲くのを見、春の鳥の歌を聞くことができるのでしょうか・・・。

 

かたや第1曲〈胸の痛手〉の大意は「胸の痛手を永遠の春が打ち砕く 心の傷に花が咲き 花は涙で濡れる それは大地をも潤すだろう」といったもの。今回この曲を演奏することが、先行きの見えない現状を照らす、ささやかな希望の光になることを願っています。

 

ヴェデルニコフに捧げるショスタコーヴィチ《ピアノ協奏曲第1番》
—27歳のピアニスト、阪田知樹の独奏で聴く

ショスタコーヴィチが《ピアノ協奏曲第1番》を書いたのは27歳の年ですが、ソリストの阪田知樹も同じく27歳。人生の「春」真っ盛りのソリストが、若き作曲家の才気ほとばしる傑作に挑みます。

 

この曲を語る場合、ともすればパロディ的な手法の面白さや、終楽章のギャロップに見られる疾走感が前面に出る傾向にありますが、それと並んで、あるいはそれ以上に魅力的なのが緩徐楽章ではないかと、最近特に思います。

 

少し話は逸れますが、この日のコンサートは本来、ロシアの名指揮者アレクサンドル・ヴェデルニコフさんを迎え、定期公演として行う予定でした。昨年10月、「半年後には事態も収束しているだろう」と楽観していた矢先、新型コロナによるヴェデルニコフさん急逝の一報を受けて、筆者は言葉を失いました。

 

ヴェデルニコフさんといえば「大地からそのまま湧き上がるようなスケール感」「ゴールを見据えながら、その場その場のフレーズ作りがしっかりできる」「曲の内側まで私たちを連れて行ってくれる」と、日ごろ辛口の楽員も次々に賛辞の声を寄せる、将来のN響との関係が楽しみな指揮者でした。先日の「クラシック音楽館」で、2016年の「悲愴」が再放送されましたが、確かに特別なことはしていないのに、曲そのものの魅力がにじみ出るといった趣の演奏で、名演の誉れが高かったのも頷けます。

 

最後にお目にかかったのは2018年12月、NHKホールの楽屋でした。「いつかラフマニノフの《鐘》をやりたい。それにタネーエフやミャスコフスキーの交響曲も」と、尽きることのないディープなロシア音楽談義を交わしたことを思い出します。

 

ショスタコーヴィチの《ピアノ協奏曲第1番》の名盤の1つに、アルゲリッチが演奏した2006年ルガーノ音楽祭のライヴ録音がありますが、実はこの時の指揮がヴェデルニコフさんです。今回、プログラムを全面的に組み直すにあたり、何かヴェデルニコフゆかりのものをと思い、浮かんだのがこの曲でした。快諾して下さった大植さん、阪田さんには感謝申し上げます。

 

この曲の緩徐楽章である第2楽章〈レント〉は、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を歌詞に引用した、マーラーの《交響曲第3番》第4楽章を下敷きにしていると言われます。事実、楽章の終わりにピアノの両手のユニゾンで奏でられる「ファ―ミ、ファーミ」の下降音型は、マーラーにも繰り返し現れるもので、ここに割り当てられた歌詞は「私は眠った」「より深く」。そして、最後に消え入るように上昇するホ短調の分散和音は、まるで魂の昇天を描いているかのようです。ヴェデルニコフさんに心から哀悼の意を捧げます。

 

シベリウス《交響曲第2番》で大植の本領に触れる

プログラム後半は、シベリウスの《交響曲第2番》。22年ぶりですから、メンバーの大多数が入れ替わっていることを考えれば、大植英次さんとN響は、ほぼ初共演と言ってもよいと思います。当然参考になるデータの蓄積もなく、メイン・プログラムをどうするか、随分悩みました。実は最初のオンライン会議では、全く違う小編成の曲に決まっていたのですが、N響で大植さんの個性を無理なく最大限に生かせる曲は何だろうと突き詰めて考えた結果、大フィル音楽監督時代の情熱あふれる指揮ぶりを思い出し、この曲にたどり着いた次第です。そういえば22年前に演奏したのは、ブラームスの《交響曲第1番》でした。ベートーヴェンのスタイルを踏襲した、力強いクライマックスに到る楽曲構成は、シベリウスと共通します。大植さんとN響の演奏に、極上の化学変化が起きることを期待しましょう。

 

プログラム・日程

[サントリーホール]
2021年4月21日(水)6:00pm 22日(木)6:00pm

※通常とは開演時刻が異なります

「情熱の人 大植英次 22年ぶりにN響の舞台に立つ」

指揮:大植英次
ピアノ:阪田知樹
グリーグ/2つの悲しい旋律 作品34 ─「胸の痛手」「春」
ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲 第1番 ハ短調 作品35
シベリウス/交響曲 第2番 ニ長調 作品43