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2020年12月1日

パリ、バスク地方、月光、夜明け……
スペインの名匠、メナが喚起する多彩なイメージ ―
「NHK交響楽団1月公演 NHKホール」の聴きどころ

 

「NHK交響楽団1月公演 NHKホール」では、世界的に評価の高い中堅指揮者のひとり、ファンホ・メナの指揮で、フランス(ピエルネ、ラヴェル)、スペイン(ファリャ)、そしてアルゼンチン(ヒナステラ)の作曲家の作品をお届けします。この一見脈絡のないように見える選曲に込めたメナの意図を、NHK交響楽団演奏制作部長、西川彰一が解きほぐします。

 

 


スペインの指揮者ファンホ・メナを4年ぶりに迎えます。彼はフランスとの国境に近く、独自の文化を育むバスク地方の出身です。地元ビルバオ交響楽団のタイトル指揮者を10年にわたって務めました。

今回のプログラムは、バスクという彼自身のルーツに加え、1910年前後のパリ、それに月光・夜明けのイメージなど、多彩な要素が絡み合う興味深い内容となっています。

 

バスク色満載のピエルネ《ラムンチョ》

ガブリエル・ピエルネガブリエル・ピエルネ(フランス|1863~1937)

《ラムンチョ》はフランスの作家ピエール・ロティの原作をもとにした劇音楽で、物語の主人公は、バスク地方の羊飼いです。序曲には、古い民謡の旋律や「ソルツィーコ」と呼ばれる5拍子系の舞踊リズムなど、バスク色がふんだんにちりばめられていて、まさしくメナの名刺代わりの1曲にふさわしい作品です。

作曲者のピエルネは、20世紀前半にパリ・コロンヌ管弦楽団の指揮者としても活躍しました。今月お送りするラヴェルの《「ダフニスとクロエ」第1組曲》と《チガーヌ》は、どちらも彼らが世界初演を手がけています。

 

20世紀初頭のパリ作曲界の雰囲気を伝えるファリャ《スペインの庭の夜》

マヌエル・デ・ファリャマヌエル・デ・ファリャ(スペイン|1876~1946)

ピエルネが《ラムンチョ》を書いた1907年、スペインの作曲家ファリャがパリにやってきました。芸術家グループの集まりでラヴェルと知り合い、一緒に連弾するなど親しい関係を築いたほか、ドビュッシーやストラヴィンスキーとも交わって、大いに刺激を受けました。

この頃に書かれた作品を挙げると・・・ラヴェルの《スペイン狂詩曲》が1908年作曲、翌1909年には《歌劇「スペインの時」》が完成しました。ファリャが《スペインの庭の夜》に着手したのも同じく1909年、さらにドビュッシーの《イベリア》が1910年ですから、まさにこの時期は、それ以前からあったパリの作曲家たちの「スペイン熱」がピークを迎えた感じです。

とはいえこれらの作品は、スペインの民俗音楽を素材に取り入れたというのではなく、異国情緒を基調とする芸術的趣味の発露だったと言えそうです。《スペインの庭の夜》を聴くと、当時のパリ作曲界の関心の方向性がよくわかります。

ちなみにピアノのハビエル・ペリアネスもスペイン出身。ファリャの手稿譜を研究し、出版譜に含まれる間違いの数々を発見したといいますから、この曲への思い入れは相当に強いのだと思います。

 

南米に漂うパリの面影 ヒナステラ《パナンビ》

アルベルト・ヒナステラアルベルト・ヒナステラ(アルゼンチン|1916~1983)

1937年、アルゼンチンの作曲家ヒナステラが21歳で書いた出世作、《バレエ音楽「パナンビ」》にも、1910年前後のパリの面影が漂っています。

音楽は〈パラナの月の光〉で始まります。まるでタイトルはドビュッシーですが、匂い立つ夜の雰囲気、異国情緒は《スペインの庭の夜》にも通じるものです。さらに組曲の後半には、誰が聴いても《春の祭典》(1913年)そっくりの箇所が現れて、驚きます。

バレエが初演されたのはブエノスアイレスのコロン劇場。1908年のオープンで、外観・内装ともにパリ・オペラ座を彷彿とさせます。ヨーロッパからの移民が多かったアルゼンチンには、パリをはじめとするヨーロッパの文化を懐かしむ風潮があったらしく、若きヒナステラも、ひと昔前の芸術の都に対する憧れの気持ちを、作品に反映させたのでしょう。

 

バスクの血を引くラヴェル メナの強い思い

モーリス・ラヴェルモーリス・ラヴェル(フランス|1875~1937)

メナによると《パナンビ》は、《ダフニスとクロエ》のオーケストレーションから大きな影響を受けたそうです。また《パナンビ》のバレエ全編は、夜明けのシーンで終わりますが、《「ダフニス」組曲第2番》は夜明けのシーンで始まります。こうしたつながりを考えると、《バナンビ》から《ダフニス》への流れは、きわめて自然なものに感じられます。

 

ラヴェルの母親は、フランス側のバスク地方出身でした。当然メナにとって、ラヴェルはなじみ深い作曲家であり、中でも《ダフニス》は、師匠のチェリビダッケが得意としたこともあって、とりわけ思い入れの強い作品なのだと思います。当初よりこの曲でプログラムを締めることは、メナから寄せられた強い希望でした。

 

なお《パナンビ》や《ダフニス》は、N響にとってコロナ以降最大となる4管編成、それに多くの打楽器を要する作品です。本格的に演奏活動を再開した9月以降、私たちは小編成の楽曲による短いプログラムからスタートし、専門家の意見を取り入れて試行錯誤を重ねながら、少しずつ楽器の数を増やしてきました。

2020/21シーズンの定期公演中止は、私たちにとって苦渋の決断でしたが、ようやくここに来て、当初予定していた出演者・プログラムでコンサートが開けることは大きな喜びです。厳しい環境の中、会場に足を運び続けて下さったファンの皆様には、感謝の言葉しかありません。まだまだ油断できない状況が続きますが、引き続き細心の注意を払って、皆様の心に残る演奏をお届けする所存です。

 

 

西川彰一(NHK交響楽団 演奏制作部長)

 


公演詳細

NHK交響楽団 1⽉公演 NHKホール
2021年1月16日(土)6:00pm 17日(日)3:00pm

指揮:ファンホ・メナ
ピアノ:ハビエル・ペリアネス*
ピエルネ/「ラムンチョ」序曲
ファリャ/交響的印象「スペインの庭の夜」*
ヒナステラ/バレエ組曲「パナンビ」作品1a
ラヴェル/「ダフニスとクロエ」組曲 第1番、第2番