ニュース

2020年10月8日

インタビュー ― 藤田真央(ピアノ)
「シューマンには自然に感情移入できます」
―「NHK交響楽団11月公演」で披露するシューマン《ピアノ協奏曲》の魅力

 

11月公演でシューマン《ピアノ協奏曲》のソリストをつとめる藤田真央。
NHK交響楽団との初共演に寄せる想い、作品の魅力やその背景について考えることなどたっぷりと語っていただきました(取材・文:高坂はる香/撮影:平舘平)。

 

藤田真央

 

—今回演奏されるシューマン《ピアノ協奏曲》の魅力はどのようなところに感じますか?

藤田:妻クララへの愛に満ちあふれている作品です。

シューマンの作品に現れる架空の団体「ダヴィッド同盟」 に、クララはキアリーナ(Chiarina)として登場します。その「C-H-A」の音形が、ドシララ、ドシラというふうに何度も出てきます。「クララ、クララ」とずっと言っているような曲です。シューマンの曲は、他の曲もクララへの愛情に満ちていますけれどね。ブラームスにもクララへの想いを感じる作品がたくさんあります。

—クララになりたいと思うほどだとか……。

藤田:そうなんです、シューマンからあれほどまでに好かれたい(笑)。シューマンはもちろん、ブラームスからもあんなに好かれる人生って、すごいと思いませんか?その微妙な三角関係のせいでシューマンは辛い思いをしたこともあったわけですが、いずれにしても、シューマンの創作においてクララの存在は欠かせないものでした。

シューマンは、もともとピアニストを目指していて、自ら書いた教則本を踏まえた上でのピアノ曲も多く書いていました。しかしがんばりすぎて手を故障してしまう。そこにピアニストとして優れていたクララが現れたことで、作品を彼女に捧げるようになったのです。

結婚の前夜に贈ったという連作歌曲《ミルテの花》なども大好きです。1曲目の〈献呈〉は、1小節の前奏のあとすぐに歌が始まって、早く伝えたい想いがあふれ出ているように感じます。

シューマンが《ピアノ協奏曲》を書いたのは、35歳、精神障害に悩まされるようになっていた頃です。それでも内面には特別な美しさがあって、私はこの曲が大好きです。一人の女性にそんなにしつこく言いよる男はどうかと思うので(笑)共感というのとは少し違いますが……大切に弾いていきたい作品です。

—ピアニストとして演奏するおもしろさ、難しさはどのようなところにありますか?

藤田:シューマンの協奏曲は、ロマン派の他の作曲家のピアノ協奏曲とは少し違います。ショパンやリスト、メンデルスゾーンなどは、ピアノにヴィルトゥオーゾ的な要素がたくさん組み込まれていますが、シューマンの場合はそうではありません。音楽の内容の深さが問われるという意味で、演奏するのは難しいですね。

ピアノが伴奏の場面もあれば、メインの場面もあって、その転換がとてもおもしろい。この曲を書いた頃のシューマンは、交響曲を中心に手がけていたので、《ピアノ協奏曲》もシンフォニー的に書かれています。

また、もともと《幻想曲》として書いていた楽曲が第1楽章となって、そこに2つの楽章を加えた作品ですから、とてもロマンチックでファンタジーにあふれています。

—“シンフォニー的”ということは、ほかの協奏曲以上にオーケストラとのコミュニケーションが大切になるのでしょうか?

藤田:そうですね。とくに難しいのは、第3楽章。ヘミオラ(拍子のとりかたの一種)がたくさん出てきますが、そこはオーケストラとピシっと合っていないと、その良さが十分伝わりません。第2楽章は、オーケストラとピアノが問いと答え、対話を繰り広げるようで、弾いていてとても楽しいです。

—世界各地のオーケストラと共演されていますが、オーケストラと良いコミュニケーションをとる秘けつはありますか?

藤田:私はもともとアンサンブルが大好きなので、事前にオーケストラの楽譜を全部調べて練習にのぞみます。演奏中は自然とメロディを演奏している楽器のほうを見たり、自分とのアンサンブルになるときは、その演奏者のほうを向いて弾いてしまったり(笑)。それでうまくいったらニコッと笑い合うこともあります。一度も話したことのない方とも、そんな音楽上の会話でができるのも嬉しいです。

コンチェルトの舞台は、一人で2時間全部をやりきらなくてはならないソロのリサイタルとは、取り組み方が全然違います。

藤田真央

 

—この夏は1か月にわたるリサイタル・ツアーをされたばかりです。今度共演する指揮者の熊倉優さんが聴きにいらして、終演後にお会いになったそうですね。

藤田:最終日の公演にきてくださいました。その日のプログラムは、ラヴェルの《ラ・ヴァルス》や《亡き王女のためのパヴァーヌ》とオーケストラ作品が多かったので、お顔を見るや「私の演奏、変だったでしょ?」って聞いたんです。そうしたら「そんなことないよ、よかったよ」と言ってくださって、優しい方だなと思いました(笑)。

熊倉さんは、もともと作曲家志望だったと聞きました。感性が豊かでおもしろい方なので、とても楽しみですね。同世代の指揮者には自分の意見も率直に口にしやすいですから、一緒に音楽を作り上げることが楽しみです。

藤田真央

「11月公演NHKホール」で指揮を務める熊倉優と(2020年9月19日、東京オペラシティコンサートホール)
©ヒダキトモコ

 

—藤田真央さんの演奏は、とてもオリジナリティにあふれています。自分だけの解釈をどのようにして生み出すのでしょうか?

藤田:作品の時代背景を調べて、どう歌うべきか考えていくこともあれば、和音を手がかりに考えていくときもあります。練習する過程で、ちょっと間をとってみることで、すごくいい表現を見つけることもあります。そういう時は嬉しくなりますね。

基本的には、低音(バス)から考えて音楽を構築していきます。これは、師事している野島稔先生からいつも言われてきたことです。バスとメロディの距離をはかって、どんな響きが必要かを考えること。また、音が何度上下するのか、それによって音色をどう変えるか。一音一音、緻密に考える大切さを教えていただきました。

もしかすると私の演奏は突拍子もなくて、その場限りの気分で弾いていると思われているかもしれませんが(笑)、そのほとんどは一音ずつ考えて、作り上げたうえで弾いているものなのです。もちろん、本番の舞台の雰囲気や響きによってとっさに変えることもありますけれどね。基本的な考えとしては楽譜と作曲家を大切にしています。

—シューマンという作曲家のパーソナリティについては、どう感じますか?「共感とは少し違う」とのことですが。

藤田:自分ではピアノを弾けなくなり、愛するクララとブラームスの関係が気がかりな中、そのブラームスが優れた作品を次々と書き始める。いったい自分はなんなのだろうという惨めな思いに追い詰められてしまう、その感情はよくわかります。

以前、シューマン最晩年のピアノ曲である、《暁の歌》(作品133)を勉強しました。精神的にまいっている状態で、これほど至高の音楽を書くことができたのは、本当に驚くべきことです。というよりもむしろあの精神状態だったからこそ書けた作品でもあると思います。第1曲など、自分の未来や死を悟っているかのようです。

一方で、若い頃の《クライスレリアーナ》や《謝肉祭》、《ピアノ・ソナタ》(3曲)などは、技巧が求められる作品で、まったくタイプが異なります。

シューマンは、いろいろな人の影響を受けたので、作品にもさまざまな要素が組み込まれ、作風も多岐にわたります。たとえばシューベルトの没後、シューマンはシューベルトの兄を訪ねて遺作を見せてもらっています。当時ドイツの作曲家たちは、ベートーヴェンの交響曲の後を受け継ぎ、どうしたらよいのか試行錯誤していました。

そんな中でシューマンは、シューベルトの未発表の交響曲にあふれている歌心や、さまざまに展開する音楽を見て、こんな作曲の手法があるのかと驚いたわけです。そしてその影響を受けながら、《交響曲第1番》を完成させました。

私たちはこうして後の時代に生きていることで、作曲家の成長や変化、その時々の心情を思いながら作品を見ることができます。周りの作曲家たちとの関係性や、作品を書いた先のできごとも知った上で、こういうふうに作品や作曲家をみることができるということはすごくおもしろいですね。いい時代に生まれたなぁと思います。

藤田真央

 

—シューマン《ピアノ協奏曲》については、どのように解釈や表現を考えていくつもりですか?

重要なのは、「ドシララ」がどう変形し、展開されているかに注意を払うこと。あとは、ユニークな和声の進行を意識することです。この作品はイ短調で、もともと調号が付いていない調ですから、シャープやフラットを付け足すことでどの調にでも行けてしまう。それもあって和声の進行がおもしろいのです。

あとは、私が伴奏にまわるところ、メインとなるところで、どんな風にオーケストラのみなさんと向き合っていくかが大切になると思います。

—NHK交響楽団とは初共演となります。抱負をお聞かせください。

夢でした!子どもの頃から「N響アワー」などのテレビ番組で観ていましたし、NHKホールにコンサートを聴きに行っていましたから。母が「いつか共演できるといいけれど、そんなことは夢だね」と言うので、当時7歳の私は「そんなことない、共演できるに決まっているよ!」と言っていたんです(笑)。それが本当にこうして共演できることになったのですから、すごく嬉しいですね。

 初めての共演が、私にとって自然と感情移入できるシューマンなので、これもよかったと思います。私の晴れのN響デビューですので、みなさん、どうぞあたたかい目でみていただけたらと思います!

藤田真央

 


ピアノ:藤田真央
Mao Fujita, piano

ピアノ:藤田真央1998年東京生まれ。2016年、第20回浜松国際ピアノアカデミーコンクールで第1位。2017年には、第27回クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクールで優勝。さらに2019年6月チャイコフスキー国際コンクールで第2位入賞を果たし、短期間で世界有数のコンクールを席巻した。
2019/20シーズンには、ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団と共演してロンドン・デビューを果たす一方、ミュンヘン、ニューヨーク、モスクワ、サンクトペテルブルク、ソウルなどでもソロ・リサイタルや協奏曲のソリストとして登場するなど、着実に活躍の舞台を世界に広げている。2020年7月には、オンラインで開催されたヴェルビエ音楽祭で、そのリサイタルが世界中に配信された。
2020/21シーズンには、ミュンヘン・フィルとの共演、ロンドン、パリ、ミュンヘンでのリサイタル、ヴェルビエ音楽祭および国内での「モーツァルト:ピアノ・ソナタ全曲演奏会」などが計画されている。
これまでに、ワレリー・ゲルギエフ、カーチュン・ウォン、アレクサンドル・スラドコフスキー、ワシーリ・ペトレンコ、オレグ・カエターニ、マリインスキー歌劇場管弦楽団、ユタ交響楽団、ローザンヌ室内管弦楽団、マカオ管弦楽団等と共演。N響との共演は今回が初めて。

 

 


[公演情報]

NHK交響楽団 11⽉公演 NHKホール
11月14日(土)6:00pm 
11月15日(日)3:00pm

指揮:熊倉 優
ピアノ:藤田真央
メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」作品26
シューマン/ピアノ協奏曲 イ短調 作品54
バッハ(レーガー編)/コラール前奏曲「おお人よ、おまえの罪に泣け」BWV622
メンデルスゾーン/交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」