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2020年9月7日

[寄稿]鈴木雅明「NHK交響楽団との初共演に寄せて」

鈴木雅明(指揮)「NHK交響楽団10月公演」(3プログラム、6公演)で指揮を務めるのは、自ら結成した「バッハ・コレギウム・ジャパン」を率いて、世界の古楽界をリードし続けてきた鈴木雅明です。近年はニューヨーク・フィルハーモニック、ボストン交響楽団、バイエルン放送交響楽団などの名門を筆頭に、モダン・オーケストラの指揮台にも数多く立っています。

今回のN響への初登場にあたり、N響との共演が実現した経緯、休止となった「10月定期公演」を指揮予定だったブロムシュテットについて、そして演奏曲の聴きどころなど、鈴木自身がこの共演にかける思いをしたため、N響に寄せてくれました。ぜひお読みください。

 


一転して実現したN響との共演

 今年は、ベートーヴェンの生誕250年という重要な年であり、同時に私にとっては、バッハ・コレギウム・ジャパンの30周年という大きな記念年のはずでした。実は6月には、そのバッハ・コレギウム・ジャパンの合唱がNHK交響楽団と初共演して、私自身の指揮でベートーヴェンの《ミサ・ソレムニス》を演奏する予定でした。それがやむなく中止となり、今年は多くの演奏家がこの落胆を味わってきたのですから、ただ忍耐するしかない、と思っていたのです。

 ところがこの度、未だ海外からの入国が大きく制限されている現状にあって、桂冠名誉指揮者ブロムシュテットさんの出演を断念せざるをえないので、私に代役を、というとても光栄なお話をいただきました。ブロムシュテットさんはさぞ残念に思っていらっしゃるに違いありませんし、私などに代役が務まる方ではないことは言うまでもありませんが、この機会にNHK交響楽団の方々との初共演にベストを尽くしたいと思います。

ブロムシュテットさんの情熱を思いつつ・・・

 ブロムシュテットさんの演奏は何度か拝聴していますが、あるコンサートの後で初めてお目にかかった時、私の顔が見えるやいなや「おお、ミスター・スズキ!」と満面の笑みを浮かべ、長い腕を差し出して握手してくださいました。短い出会いではありましたが、誠実なお人柄が一瞬にして伝わり、素晴らしい思い出となりました。ブロムシュテットさんのメリハリのきいた演奏が、時に言葉を語るかのように説得力を持っていることはご存じの通りです。今回の3種類のプログラムは、すべてブロムシュテットさんが選ばれたもので、いずれも中心的なレパートリーであるだけに、もしご自身が演奏されるならどんな風に演奏されるかが彷彿とされます。もちろん同じように演奏できませんが、その音楽的エネルギーを能う限りお伝えしたいと思います。

ハイドン、モーツァルト
―古典期のもっとも有名な交響曲2曲を組み合わせる

 今回の3つのプログラムは、とてもバランスのよいコントラストをもって選ばれています。まず初め(NHKホール)は、ハイドンのシンフォニー第101番「時計」とモーツァルトのシンフォニー第39番変ホ長調という、古典期の最も有名な交響曲を2曲。「時計」は、もちろん第2楽章の「時の刻み」が有名ですが、この名前はハイドンには関係ありません。むしろこの作品は、深刻な始まりにもかかわらず、ロンドンの聴衆を驚かせ続けた12曲のいわゆる「ロンドン・シンフォニー」の中でも、もっとも快活な作品として印象づけられていたようです。

 次にモーツァルトのシンフォニー第39番変ホ長調。フラット3つの調性は、18世紀においてしばしば信仰告白の表現に用いられ、心の確信を象徴していました。その故か、トゥッティが変ホ長調の主和音を鳴り響かせる壮麗な前奏をもって始まりますが、オーボエを欠く珍しい編成がフラットの多い調性とあいまって、全体としてはまろやかな響きを醸成します。特に第2楽章の変イ長調の響きは、モーツァルトの中でも特別なものと言ってよいでしょう。

念願がかなってとり上げる武満作品

 続いてのプログラム(東京芸術劇場)は、一風変わったものです。まず冒頭に、武満徹のブラス・アンサンブルのための作品を演奏しますが、これは、オーケストラの要望に応えて私が付け加えたものです。〈デイ・シグナル〉と〈ナイト・シグナル〉から成る「シグナル・フロム・ヘヴン」は、別々に作曲された短い2つのファンファーレのような作品ですが、実は、武満さんの生前、これをオルガン用に編曲して頂けないかなぁ、と私は密かに願っていたのです。残念ながらその夢は叶いませんでしたが、今回これを演奏できるのは、とてもうれしいことです。

 この2曲の合間に、全く語法の異なる「ガーデン・レイン」を演奏したいと思います。この曲は、雅楽のための「秋庭歌」の直後、笙の響きを念頭に書かれたもので、武満さんは石庭のイメージを持っておられたのではないか、と想像しています。できる限り静かに動かず、深く瞑想することを旨としていますが、時にトランペットのざわめきが現れると、その影に、「水」にまつわる他の作品にも見られるA♭−A♮−D♮という半音と完全4度を組み合わせたテーマが聞かれるのが大きな特徴です。

ラーション、ベルワルド
—個性が光る2人のスウェーデン人作曲家を聞く

 ラーシュ・エーリク・ラーションとフランツ・ベルワルドは、片や20世紀、片や19世紀ではありますが、共にスウェーデンの作曲家です。ラーションのサクソフォーン協奏曲は、調性と無調の間を浮遊する、何とも不思議な雰囲気を湛えた作品です。須川さんとは、もう20年以上前のことになりますが、私のオルガンの師匠であるピート・ケーが作曲した「ネットワーク」という作品を共演したことがあり、それ以来の共演なので、とても楽しみにしています。

 ベルワルドにはブロムシュテットさんがとても力を入れていらっしゃるので、N響の聴衆には既におなじみかもしれません。19世紀の前半、整形外科医や実業家を兼ねていた非常にユニークなキャリアを持つ作曲家ですが、その響きはとてもロマンティックであるばかりではなく、ユーモアとリズムの変化に富み、一瞬たりとも飽きることがありません。

モーツァルトに寄り添うシューベルト初期の交響曲

 さて最後のサントリーホールの公演では、シューベルトの交響曲第2番と4番をお聞き頂きます。シューベルトが歌曲において、最初期から如何に革新的であったかを知る私たちは、彼の初期の交響曲を聞くと、まるで別人ではないか、と感じるほどです。ここに見られるシューベルト像は、驚くほど見事にハイドンとモーツァルトの伝統を継ぎ、ベートーヴェンより遙かに忠実に古典派様式を完成している、と言っても過言ではないでしょう。第2番が1814年、第4番が1816年に作曲されたそうですが、既にベートーヴェンの交響曲が第8番まで完成していたことを思うと、ここでシューベルトは、まるでベートーヴェンなど存在していないかのように、モーツァルトに寄り添っている、と言ってもよいでしょう。もちろんシューベルトがあのサリエリに師事していた事実を思うと、これには何も不思議はありません。その生き生きとしたリズムや緩徐楽章の魅力は歌曲や室内楽とも共通であり、全体の堅固な構成と溢れるような活力が、私たちに、揺るぎないヨーロッパ古典派音楽の神髄を伝えてくれるのです。

 ブロムシュテットさんの来日が果たされないことは残念でなりませんが、ご自身で選ばれたプログラムの楽譜を見るうちに、私自身も、すっかりその魅力の虜になっております。N響との演奏で、これら珠玉の作品群を心ゆくまで味わっていただければ幸いです。

 


鈴木雅明 指揮
NHK交響楽団 10月公演

[NHKホール]
10月17日(土)6:00pm 18日(日)3:00pm

ハイドン/交響曲 第101番 ニ長調 Hob. I-101「時計」
モーツァルト/交響曲 第39番 変ホ長調 K. 543

 

[東京芸術劇場]
10月22日(木)7:00pm 23日(金)7:00pm

サクソフォーン:須川展也
武満徹/デイ・シグナル
武満徹/ガーデン・レイン
武満徹/ナイト・シグナル
ラーション/サクソフォーン協奏曲 作品14
ベルワルド/交響曲 第4番 変ホ長調「ナイーヴ」

 

[サントリーホール]
10月28日(水)7:00pm 29日(木)7:00pm

シューベルト/交響曲 第2番 変ロ長調 D. 125
シューベルト/交響曲 第4番 ハ短調 D. 417「悲劇的」