ベートーヴェン (1770 - 1827)

ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 作品37

 一般に本作は、作曲者が「英雄的様式」を築いた記念碑的な作品として位置づけられているが、その要因のひとつに「ハ短調」という調選択が挙げられるだろう。
 18世紀後半以降の作曲家にとって、ハ短調には独特の意味があった。ピアニスト・音楽学者のチャールズ・ローゼンは、ハ短調作品に、主題提示における「ドラマとパトス(情念)」の両立という特徴をみいだしている。この特徴は、例えばハイドンの《交響曲第78番》やモーツァルトの《ピアノ協奏曲第24番》を通して、ベートーヴェンにも受け継がれた。具体的には、ピアノ独奏が最初に提示する主題の、ユニゾンのオクターヴをフォルティッシモで、直後のフレーズをピアノで対比するという手法だ。
 さて、本作の成立史はやや長い。スケッチは1796年にまで遡(さかのぼ)り、そこには「《ハ短調協奏曲》のカデンツァにティンパニを」という書き込みが見つかる。この事実から、ベートーヴェンが着想時は軍楽隊的な性格も念頭に置いていたことが分かる。当初は1800年4月2日の初演を目指していたが、冒頭楽章しか完成しておらず、代わりにハ長調の協奏曲(《第1番》)が演奏されている。ようやく3年後に行われた初演ではベートーヴェン自身がピアノ独奏を務めたが、即興であったという。独奏パートの楽譜が完成したのは、翌年7月の再演で、作曲者の弟子フェルディナント・リースが独奏を務めたときのことだ。その楽譜の終楽章に、従来のピアノでは出せない4点ハ音(c4)が現れるのは、その頃、エラール社が、音域の拡張された最新型ピアノをベートーヴェンに寄贈していたからである。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ハ短調 4/4拍子。ソナタ形式。
第2楽章 ラルゴ ホ長調 3/8拍子。3部形式。このホ長調は、主調であるハ短調と共通音をまったくもたない。この点に、中間楽章において別世界を拓こうとする意図がうかがえる。
第3楽章 ロンド:アレグロ ハ短調 2/4拍子。ロンド形式。

作曲年代:1796~1803年、1804年7月独奏パートを完成
初演:1803年4月5日、アン・デア・ウィーン劇場にて、作曲者自身による独奏

(西田紘子)