グリンカ (1804 - 1857)

歌劇「ルスランとリュドミーラ」序曲 (約5分)

 1836年11月27日、ミハイル・グリンカのオペラ《皇帝に捧げた命(イワン・スサーニン)》が初演された。後にロシア・オペラの源流のひとつとなった作品である。時は1825年のデカブリストの乱を受け、農奴解放をはじめとする変革に向かう空気を強硬に抑圧していたニコライ1世の治世。作品ではロシア人の愛国心、ツァーリ讃美といった帝政のイデオロギーが高らかに謳(うた)われた。一方、6年後の1842年の記念すべき同じ日に初演されたグリンカ2作目のオペラ《ルスランとリュドミーラ》は、愛国主義とは一線を画す「魔法オペラ」であった。
 原作はアレクサンドル・プーシキン(1799~1837)の長篇物語詩。詩人が夭逝(ようせつ)した後、作曲者ら5人の手によって台本が仕上げられた。初演からしばらくの評価は芳(かんば)しくなく、おそらくその最たる原因はこの作品のドラマトゥルギーにあった。当時の批評家たちは、前作に続いて期待された分かりやすい劇的展開が《ルスラン》に見られないことに面くらったのである。物語の大筋は、勇士ルスランが幽閉されたリュドミーラを悪の小人チェルノモールから救い、2人は無事、婚礼の祝宴をあげるというもの。だが、途中、ルスランの恋敵ラトミールとファルラーフ、ラトミールの昔の恋人ゴリスラーヴァ、善良な魔法使いフィンと邪悪な魔法使いナイーナなどを巡るさまざまなエピソードが、叙事詩的に悠然と展開する。
 1860年代以降このオペラは、音楽的に施された細やかな性格描写などにかんする作品理解が進むにつれ、再評価されていった。この性格描写が後世に与えた影響は特に大きく、たとえば、半音階や全音音階による超自然的な存在の描写は《ペトルーシカ》へと通じ、トルコ、アラビア、コーカサスの舞踊曲で表現したオリエント世界の官能性は《イーゴリ公》や《金鶏》に、魔法の世界とオリエンタリズムの結合もリムスキー・コルサコフの「魔法オペラ」に受け継がれている。再評価後は一貫して国民的オペラとして扱われ、ロシア革命後にはじめて民衆に向けて上演されたのもこの作品であった(1917年11月27日マリインスキー劇場)。

作曲年代:1842年(作品全体の創作は1836~1842年)
初演:1842年12月9日(ロシアの旧暦では11月27日)、カルル・アリブレヒト指揮、石の大劇場(サンクトペテルブルク)にて

(中田朱美)