R.シュトラウス (1864 - 1949)

歌劇「ばらの騎士」組曲 (約22分)

 20世紀に入って作られたオペラのなかでも、おそらく最高の人気と上演回数を誇っているであろうリヒャルト・シュトラウスの《ばらの騎士》。物語の舞台はマリア・テレジア女帝の治める18世紀のウィーン。陸軍元帥・侯爵夫人マリー・テレーズ・ウェルデンベルクは夫の留守中に、愛人であるロフラーノ伯爵家の跡継ぎオクタヴィアンと情熱的な愛の一夜を明かす。そこへ、田舎ケルンテンからやってきたオックス・フォン・レルヒェナウ男爵が登場。武器の売買で財産を成し、貴族の爵位を手に入れた商人ファーニナル家の娘ゾフィーと婚約するために(そしてその財産を手に入れるために)、ウィーンへとやってきたと告げる。オクタヴィアンは婚約の誓いである「銀のばら」を持ってファーニナル家を訪れるが、当のゾフィーに一目惚(ひとめぼ)れ。ゾフィーも、不作法で女にだらしのないオックスに愛想を尽かす。オクタヴィアンは罠(わな)を仕掛け、オックスとゾフィーの結婚をご破算にすることに成功。元帥夫人は、若い2人の前途を祝して2人を結びつけ、自らの恋にも幕を引く。第1幕の最後に置かれた元帥夫人の別れの決断、そして第3幕最後の女声による三重唱によって、これまでどれだけ多くの観客の紅涙が絞られたことだろう。
 1911年の初演直後から、オペラの聴き所を集めたオーケストラ組曲がさまざまな編曲で登場し、シュトラウス自身も曲中のワルツを集めた2種類のメドレーを編曲した。現在オーケストラ・ピースとしてもっぱら演奏されるのは、1945年にブージー&ホークス社から出版された「組曲」である。ところが、どのような資料をみても、それがシュトラウス自身の編曲なのか、あるいは第三者によるものなのかが、はっきり明示されていない。研究者の間では、この作品の編曲はポーランドの指揮者アルトゥール・ロジンスキによって、1933年から1945年の間に、亡命先のロンドンでなされたもの「らしい」とされている。今となっては、その真偽はもはや確かめようがない。
 ただ、本当にシュトラウスが手がけたのかどうかは、作品自体がその答えを語っている。シュトラウス自身がこの種の編曲ものを手がける際は、声楽の含まれない間奏曲や前奏曲を細切れに並べ、つなぎ目の補筆は最小限にとどめた。この組曲は、シュトラウスならば用いないだろう第2幕の二重唱や第3幕の三重唱などがそのまま登場し、曲間もどこかぎこちない。とりわけ、ハ長調のファンファーレが鳴り響くシンプルな終結部(オペラには含まれない)は、モティーフや対位法的技法から見ても創意に欠け、およそシュトラウスの個性が反映された音楽とは考えがたい。この編曲がシュトラウス以外の人物によって行われたことは、ほぼ疑いない。
 曲は以下のような順序で推移する。最後の〈オックスのワルツ〉を除けば、ほとんどオペラの筋書き通りに曲が並べられているが、第3幕の三重唱の音楽に入る前に、第2幕冒頭の音楽がつなぎとして挿入されている。実際の筋書きにほぼ沿った音楽展開のおかげで、曲全体の見通しもはっきりし、現代における人気曲としての地位を勝ち得たのだろう。
 第1幕:前奏曲→第2幕:銀のばらの献呈場面とそれに続くオクタヴィアンとゾフィーの二重唱→その2人がこっそり逢引(あいびき)をしているところをヴァルツァッキとアンニーナに捕まる場面→オックスのワルツ《わしと一緒ならば》→第3幕:元帥夫人とオクタヴィアン、ゾフィーの三重唱→オクタヴィアンとゾフィーの二重唱→オックスが退場する際のワルツ→フィナーレ(オクタヴィアンのモティーフを援用したオリジナルの旋律)

作曲年代:オペラ作曲1910年。オペラ初演1911年。編曲1933~1945年?
初演:ウィーン(コンツェルトハウス)、1946年9月28日。指揮はハンス・スワロフスキー

(広瀬大介)