チャイコフスキー (1840 - 1893)

ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23

 チャイコフスキーは、作曲家としてロシアの音楽界に認められつつあった1874年秋、ピアノ協奏曲というジャンルに初めて関心を見せ、作曲に取り組んだ。当初は師であるニコライ・ルビンシテインに初演のソリストを頼み、曲を彼に献呈するつもりでいた。しかし、その年の末に草稿の段階でルビンシテインに聴かせたところ、「まったく駄目な作品」「他人の作品からの借用がある」「ピアノのパートは演奏不能、不器用」「私の意見に従って書き直せば演奏しても良い」と全否定される。その言葉に傷ついたものの、作品に自信をもつチャイコフスキーは「いや、一音たりとも変えずに出版する」と応酬し、ルビンシテインへの献呈を取り下げた。そしてピアニスト、クリントヴォルトの助言に従い、この作品をドイツ人ピアニスト・指揮者のハンス・フォン・ビューローに献呈することになった。
 ルビンシテインがはじめ酷評したことには頷(うなず)ける点もある。第1楽章の序奏が異様なまでに長く印象的でありながら、曲全体における位置づけが曖昧(あいまい)で、またメインとなるはずの第1楽章第1主題の印象が驚くほど薄かったり、全体を通して調性の扱いが奇異であったり、ピアノ・パートの書法がいささか洗練さに欠けていたりする点が、「欠点」と捉えられなくもないのである。実際、「一音たりとも変えない」と言い放った当のチャイコフスキーも、その後1879年と1888年の2度にわたって改訂を施しており、現在演奏されるのはルビンシテインが酷評した初版とはかなり異なっている。それでも、チャイコフスキーは少なくとも初版ではまさに「一音たりとも変えず」に出版した。
 献呈されたビューローはこの作品をはじめから絶賛し、チャイコフスキーのことを「現代の最も傑出した個性の持ち主」のひとりだと評した。そして1875年の秋、自身のピアノ独奏によりアメリカのボストンにて初演。その見事な演奏のおかげもあって、ボストンの聴衆は熱狂した。草稿の段階でこの曲を否定したルビンシテインも、同年のモスクワでの初演では自らタクトを振り、その後かつての評を撤回したのであった。
 この曲はチャイコフスキーの存命中に人気を博し、チャイコフスキーの名声を一躍高めることとなった。西欧各地でも次々と演奏されたほか、1891年春にはカーネギー・ホールのこけら落としでも演奏されている。雄大な曲想、甘美な旋律にあふれ、華麗な技巧的パッセージに満ちたピアノとオーケストラが丁々発止のかけあいを見せるこの曲は、現在でも古今東西のピアノ協奏曲のうち最も人気の高い曲のひとつとして世界各地で愛されている。

第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ・エ・モルト・マエストーソ、変則的なソナタ形式。冒頭の勇壮なホルンの旋律に続いてピアノが広い音域で和音を繰り返し力強く刻んでいくなか、序奏の主題が様々に形を変えながら奏されていく。序奏は第1楽章のおよそ1/6をも占める長さで、この主題がこの曲の中心かと思わせるが、実際には序奏が終わると二度と出てこない。この長大な序奏の後おどけた感じの第1主題が提示される。これは妹の嫁ぎ先ウクライナのカメンカに滞在しているときにスケッチしたウクライナ民謡がもとになっている。そして、優美で郷愁を誘う第2主題(A)、そしてやや明るい希望をもった第2主題(B)が提示される。展開部では、ピアノとオーケストラが対等な関係で対話を繰り返しながらクライマックスを築く。最後はカデンツを経て、雄大なコーダで楽章を閉じる。
第2楽章 アンダンティーノ・センプリチェ、3部形式あるいはロンド形式。弦のピチカートの上をフルートによって柔らく奏でられる牧歌的なノクターン風のアンダンティーノ(A)と、スケルツォ風でもありワルツ風でもあるプレスティッシモ(B)の2つによる3部形式とされるが、ロンド形式とも見なされる。このBの主題は、チャイコフスキーが若い頃思いを寄せたベルギー出身のメゾ・ソプラノ歌手デジレ・アルトーの愛唱曲フランスのシャンソン《さあ、楽しんで踊って笑わなくては》の引用である。
第3楽章 アレグロ・コン・フオーコ、ロンド形式あるいは変則的なソナタ形式。第1主題はウクライナ民謡の春の賛歌《イヴァンカ、出ておいで》によるもので、軽快に奏される。第2主題は第1楽章の序奏の主題に通じる曲想を持つ優美な旋律である。これらの主題が展開される中、ピアノが細やかに駆け巡るなど、曲想はクライマックスに向かって様々な表情を見せていく。その後、第2主題が堂々と再現され、圧倒的なスケール感をもって生命の賛歌を歌い上げる。そして一気にコーダへと向かい、絢爛豪華(けんらんごうか)に曲が結ばれる。

作曲年代:1874~1875年。1879年、1888年に改訂
初演:1875年10月25日、ハンス・フォン・ビューローのピアノ、ベンジャミン・ジョンソン・ラングの指揮、ボストンにて

(高橋健一郎)