ベートーヴェン (1770 - 1827)

ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15

 ボンに生まれたベートーヴェンは、1792年、ハイドンのもとで本格的に作曲を学ぶためにウィーンに居を移す。ベートーヴェンはピアノの名手として高く評価されていたものの、ウィーンで作曲家として認められるには、交響曲やオペラで成功しなくてはならなかった。《ピアノ協奏曲第1番》が作曲されたのは、ウィーンに来てから1800年に最初の交響曲を発表するまでの時期である。
 ボン時代からウィーン初期にかけて、ベートーヴェンはピアノ協奏曲を3曲、完成させている。ボン時代の変ホ長調の協奏曲(WoO4)、ボン時代からウィーン時代にかけて作曲された《第2番》、そして《第1番》である。つまり、《第1番》は3番目のピアノ協奏曲であった。変ホ長調の協奏曲(WoO4)はベートーヴェンの生前には出版されず、またピアノ・ソロのパートしか現存せず、オーケストラの部分はヴィリー・ヘスによって補筆完成され、1943年に出版された。《第2番》の成立過程は複雑であるが、《第1番》の初演以前にしばしばベートーヴェン自身によって演奏されていたと考えられている《第2番》が《第1番》よりも遅れて出版されたために、「作品19」となり、番号も成立順とは逆になっている。《第1番》には2つの稿がある。第1稿は初演の際のもの。その後改訂された最終稿は1800年4月2日に《交響曲第1番》が初演されたコンサートで演奏され、さらに手が加えられ翌年出版された。ピアノ協奏曲というジャンルでベートーヴェンが自らの作風を模索している時期の作品であるが、調設定など新たな試みが見られる。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ハ長調 4/4 拍子。オーケストラによる提示部に続いて、ピアノ独奏が導入のパッセージを奏で、再び主要主題が提示される。
第2楽章 ラルゴ 変イ長調 2/2拍子。調号がない主調のハ長調に対して、長3度下の♭4つの変イ長調で作曲されている。その斬新な調設定によって、変イ長調の柔らかな響きがより際立つ。クラリネットとピアノとのかけ合いが印象深い。
第3楽章 ロンド:アレグロ ハ長調 2/4拍子。ピアノ独奏が軽やかな主題を勢いよく提示する。

作曲年代:1793~1800年。初稿1795年3月。最終稿1800年4月から12月
初演:1795年3月29日、ウィーンのブルク劇場にて作曲者自身の独奏

(西村 理)