NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

楽員インタビュー

堀 正文

堀 正文

ソロ・コンサートマスター

ほり・まさふみ

富山県出身。ドイツ・フライブルク音楽大学で、ウールリヒ・グレーリング、ウォルフガング・マルシュナー各氏に師事。首席で卒業と同時に同大講師。翌年にはダルムシュタット国立歌劇場管弦楽団の第1コンサートマスターに就任。ヨーロッパ各都市でソリスト、室内楽奏者としても活発な演奏活動を展開した。1979年9月、コンサートマスターとして入団。1993年にはデュトワ指揮/N響ヨーロッパ公演のソリストを務めるなど、重責を果たすとともに、内外の著名なオーケストラ等ともたびたび共演。日本音楽コンクールをはじめ、ジュネーヴ国際コンクールなど国際コンクールの審査員も数多く務める。後進の指導にも尽力している。

 

完璧な演奏だと自分で思えたことなど一度もないです

華恵

プロのオーケストラの仕組みをいろいろ教えてください。まずは、コンサートマスターってどんな立場なんですか?

 

学級委員みたいなものですよ。指揮者を先生と考えたならばね。オーケストラの規模が大きくなる過程で、オーケストラと指揮者の意思の疎通を図る進行係として必要になった役割です。

 

華恵

指揮者との練習が始まる前に準備をするというふうにうかがいました。

 

指揮者がつくろうとしている音楽をスムーズに演奏できるようにと、あらかじめ考えておきます。たとえば弦楽器でいえばボウイング、つまり弓のダウンとアップの箇所を決めておく。練習は限られた時間内でやるわけですから、事前に準備できることはすませておきます。

 

華恵

指揮者と音楽観がぶつかることもありますか?

 

それはあります。しょっちゅうです(笑)。指揮者が出してもらいたい音があるのになかなか伝わらない、オーケストラ全体の流れがつくれないようなときなど、もどかしくてぶつかることだってありますよ。N響の独特のスタイルもありますから、譲れない場合もあるんですよ。それを守る作業も、場合によってはコンサートマスターの仕事だと思います。

 

華恵

N響の音の特徴はどういうものなんですか?

 

ドイツ系の指揮者が多かった歴史があるので、音の出だしが遅くて、溜めに溜めて重々しく出るようなところかな。今はフランス系やアメリカ系の指揮者の方々との音楽づくりの経験から、かなり出だしも軽やかに早くなりましたけれど。そういう特徴もあえて残していかなきゃいけないかなとも思いますね。

 

華恵

ドイツに長く住んでいらしたのですね。考える時は何語ですか?

 

留学から帰国してからしばらくはドイツ語でした。ドイツ語的な発想が日本語に置き換えられなくて困ったこともありますね。「ゲダッハト・ハーベン(gedacht haben)」という概念は、「音を出す前にそれを頭の中で鳴らして、自分の中で音が出てくるまで待ちなさい」という考え方なんです。こういう概念は日本語には置き換えられない。しばらくは日本語がうまく出てきませんでした。

 

華恵

でも、コンサートマスターは言葉で伝える役目ですよね?

 

日本風の遠回しにそれとなく伝えることがしづらく、直接的な言い方になってしまって困ったりもしました。

 

 

 

華恵

幼い頃からずっとクラシックが周りにある環境だったんですか。

 

母が生田流の箏の師匠をやっていて、僕自身、3歳頃からお箏を弾いていました。

 

華恵

ヴァイオリンはいつから習い始めたのですか?

 

5歳頃からですね。3歳頃にお箏を正座で演奏していたら、脚がしびれて立てなくなり、笑われたことがショックで嫌になってお箏はやめました。兄のそろばんにヴァイオリンの弓で対決してチャンバラごっこばかりして、毎週のように弓を折って怒られていましたよ。やんちゃだったので。

 

華恵

ヴァイオリンは嫌にならなかったんですか。

 

いや、小学の高学年から中学生のころ、しばらく離れていました。復活したのは、高校受験のころ。勉強に飽きたときにふと弾いてみようという気持ちになって。それで昔通っていたヴァイオリン教室のコンサートに出たら、堀川高校という京都の音楽高校の主任の先生に「面白い」と褒められて、その気になったんです。

 

華恵

面白い演奏というと?

 

さあ。技術的には全然でしたが。高校に入った時なんて、他の生徒は上手なお嬢さんばっかりで、よく入れたなって自分でも思うぐらいのレベルでしたけど。

 

華恵

でもきっと既に何かが、堀さんの音にあったということですよね?

 

ヴァイオリンの演奏は、一人ずつ違いますからね。それは何かあったんでしょう。

 

華恵

ところで、毎日、どういう生活なんですか。とても興味があります。

 

毎日、信じられないくらい同じことを繰り返す日々です。もうずっと何年も、いや何十年以上も。年間のN響のスケジュールに沿って、毎日同じ時間に起きて、練習に行って、帰ってレッスンをしてという決まったスケジュールです。

 

華恵

朝は早いんですか。

 

毎朝、5時か6時に起きます。まず朝は練習をして、ニューヨークの経済状況をチェックして、朝ご飯食べて、N響の練習に出かけ、夕方にレッスンや学校で教える。コンサートのある日はコンサートのスケジュールで動く。毎日、毎週ほとんど同じことを毎年、繰り返しています。

 

華恵

朝まで飲むとか、そういう羽目をはずすようなことはないんですね。

 

たまにありますよ。一晩全然寝ないとか。でも40代のころまでですね。

 

華恵

その頃の音楽と今の音楽とは変わりましたか。

 

音楽に対する考え方が変わりましたね。自分の音楽に対する要求度がもっと深くなってきた。

 

華恵

深く、ですか? 高くではなく?

 

高い、というより深い、でしょうね。年を取ったことによる良し悪しはありますが。音楽の表現を実現するために、肉体的には時間がかかるようになってしまいました。筋肉が固くなったり、運動神経が衰えてきたせいで、メカニカルな部分では実現に時間がかかるようになったのは確かですね。けれどももっと時間がかかるのは、音楽に求める完成度というか、こうあるべきだという追究が深くなってきたのでそこに時間を取られてしまうんです。

 

華恵

逆なのかと思っていました。若い時のほうが時間がすごくかかって、経験を積んだ今なら楽に目指す境地に行けるのかと。

 

若い時も時間はかかりましたよ。でも時間をかければいいというわけでもないんです。時間をかければ完成されるというものではない。だって今までで一度たりとも、ああ今日は完璧にできた、なんて満足できた日はないですよ。

 

華恵

一度たりとも、ですか?

 

どうしても自分の中では不満なところが残るんです。どんなに聴いてくださった方から素晴らしかったというお褒めの言葉をいただいても。自分の中では完璧な演奏なんてことはあり得ない。年を重ねるほど、自分に対する要求度というのか、欲かもしれませんが、もっとこうしたい、っていうのが出てくる。若いころは時間のかけ方がわからなくてやみくもに練習していたかもしれないけれども、今は具体的な理想のために時間がかかる。

 

華恵

自分が悩んだり満足できないのは、まだ若いからなのかと思ってました。

 

それの繰り返しでいいんですよ。僕は今でもそうです。もう一生このままだと思いますよ。

 

華恵

音楽家は一生満足が得られないのですか。なんだか切ないですね。

 

音楽ってのは淡雪みたいなものですから。消えてなくなるもの。形に残らないものを求めているんですから、それでいいんですよ。好きなことですし。

 

華恵

私の世代には、好きなことを仕事にしたいと考える人と、好きなことを仕事にしてしまったら苦しくなる、と考える人がいます。堀さんはどう思われますか?

 

あなたの世代では、趣味を仕事にすべきかと迷う気持ちもわかります。でも、趣味だと思っていたことをどんどん勉強していって、それが職業になればこんなに素晴らしいことないですよね。好きなことを極めるために苦しくなるのは、むしろ恵まれているんですよ。僕自身も恵まれていると思う。だからこそ集中して自信を持って一生やっていければいいんです。

 

華恵

貴重なお話を、ありがとうございました。

 

 

写真撮影|新井 卓

2012年5月取材 ※記事の内容およびプロフィールは取材当時のものです。

 

N響ライブラリー

華恵

聞き手

華恵

はなえ

1991年アメリカ生まれ。6歳から日本に住む。2003年、12歳で『小学生日記』を刊行し、エッセイストとしてデビュー。NHK BSプレミアム「世界遺産~一万年の叙事詩~」でのナビゲーター、連載エッセイなど、幅広く活躍中。現在、東京藝術大学音楽学部楽理科に在学中。