4月定期公演聴きどころ

音楽をよく知らない人にとって「指揮者っていったい何をしているのだろう?」と考える人がいるかもしれない。ただ楽譜を見ながら拍子をとっているだけじゃないかとか、長髪(結構多いのです)を振り乱して、外面的に音楽を盛り上げているとか…。後者はなきにしもあらずだが、指揮者は拍子を取るメトロノーム替わりでは決してない。たとえば『のだめカンタービレ』でも取り上げられたベートーヴェンの名曲《交響曲第3番「英雄」》、この曲をいろいろな演奏で聴き比べてみるなら、指揮者によってまったく違った音楽になっていることがわかる。昔、フルトヴェングラーという大指揮者がいた。彼は即興的に楽譜にないテンポ設定をしたり、ある特定の音を思いのほか長く延ばしてみたりと、指揮者によって音楽の表情は大きく変わる。もちろん楽譜を大切にする指揮者もいる。
今回4月定期で登場するブロムシュテットこそ、楽譜に書かれたものを大切にする指揮者だ。髪は短く整い、振り乱すこともない。これまでのN響とのベートーヴェンやブルックナーでもご存知の通り、彼は作曲家が音楽(楽譜)で伝えようとしているものを誠実に読み解き、丹念に音楽を構築していく。大げさな身振りや人を驚かせるようなセンセーショナルなショックもいらない。そこに心から感情が溢れ出てくる音楽があればいい。ブロムシュテットとはそういう音楽家だ。だからこそ彼の棒に共振できる積極的な感情を表すことのできるオーケストラを好む。「どんな曲でもまじめで、非常に優れたオーケストラ」と彼が評価するN響は、ブロムシュテットにとって共に音楽を創り、喜びを分かち合える世界のオーケストラの1つだ。
4月の定期では、マーラーの《交響曲第9番》(Aプロ)、ブルックナーの《交響曲第5番》(Bプロ)、ベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第5番「皇帝」》と《交響曲第3番「英雄」》(Cプロ)というプログラムが組まれている。ブロムシュテットは「ベートーヴェンの音楽にはすべての感情が表現されている」と言う。オーソドックスだが、感情の振幅の幅の大きく、オーケストラが試されるベートーヴェン。そして「ベートーヴェンがいなければ、ブルックナーもいない。ブルックナーがいなければマーラーもいない」と続ける。特にブルックナーでは、通常、楽譜に書かれていない指揮者の工夫や効果が求められる。しかしブロムシュテットはそのようなやり方をしない。ボーイングを含め、楽譜を、音楽を尊重する。もちろん楽譜にある記号を機械的に再現するのではない。それは楽譜の可能性に秘められた真実の音楽へのまなざしとでもいうべきものだ。
敬虔なクリスチャンであるブロムシュテットは、「聖書は私にとって生きていく指針、楽譜も同じようなものです」と語る。その楽譜への真摯なまなざしから、今度はどのような音の神秘を生み出してくれるだろう。ベートーヴェンの感情の音の振り子を軸に、ブルックナー、そしてマーラーに大きな震動を与えてくれるに違いない。今から演奏会が楽しみだ。
[三橋圭介/音楽評論家]
(本稿は、2009年11月東京でのブロムシュテットへのインタヴューに基づいて書かれた。尚、詳しい記事は、フィルハーモニー1月号・2月号「マエストロたちの声」に掲載される。)
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