NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

ニュース

 

2018年10月9日

★SPOTLIGHT★
2018年11月Aプログラム

アメリカ音楽特集を楽しむ

定期公演で採り上げる作曲家や楽曲にさまざまな側面から迫るこのコーナー。

今回のテーマは、バーバー、コープランド、アイヴズという3人のアメリカの作曲家の作品を演奏する「アメリカ特集」プログラム(11月A)の楽しみ方。広上淳一さん(指揮)、鈴木優人さん(オルガン)へのインタビューもまじえ、アメリカ音楽の魅力を探ります。

 

 

 

 

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広上淳一(指揮)が語る
N響で聴くアメリカ・プログラムの聴きどころ

 

 N響ファンの皆さまにとっては、このアメリカの作曲家3人のプログラムは馴染みがなく、ちょっと躊躇(ちゅうちょ)されているかもしれませんね。でも、「食わず嫌い」はもったいないです。演奏会にいらしていただければ必ず「こんなに楽しい音楽があったのか。ああ、聴いてよかった」と満足してお帰りいただけることを約束いたします。

 

 実は私自身にとって、今回の3曲はすべて初めて取り組む作品です。それでもN響からご提案をいただいて即座にお引き受けしたのは、第一にどれも素晴らしい充実した作品であること。そして、もうひとつの理由は、私の恩師であるレナード・バーンスタインと関わりがある楽曲や作曲家だというご縁です。

 バーバーといえばバーンスタインは使命感を持って数多く演奏しましたし、コープランドは恩師であり親交が深かった。アイヴズの《交響曲第2番》は彼が初演を行っています。バーンスタインつながりという、今年1月の定期公演の続編という意味合いもありますが、そんな理屈はともかく、とにかく楽しんでいただけるプログラムなのでやってみたいとお受けした次第です。

  3曲とも彼らが若い時に書いた作品で、作風が素直で、みずみずしく、とても分かりやすい音楽です。聴衆を楽しませることを考えて書かれた美しい曲ばかりですから、これらの音楽に出会えるせっかくの機会を逃してしまったら、むしろ後悔するかもしれませんよ。

 

 私は以前にアメリカのオーケストラ(コロンバス交響楽団)の音楽監督をしていましたので、アメリカ音楽に対する理解は深いと自負しています。そして、N響はどんな音楽も自在に奏でる世界トップクラスのオーケストラですから、彼らから極上のアメリカ・サウンドを引き出したいですね。

 コープランド《オルガンと管弦楽のための交響曲》では鈴木優人さんが、オルガンの超絶技巧を聴かせてくれることでしょう。NHKホールいっぱいにすごいオルガンとオーケストラが響く、これを楽しまずしてどうしますか。

 アイヴズの《交響曲第2番》はさまざまなメロディを引用するという音楽のジョークも含んでいるチャーミングな楽曲です。冗談好きの私にはぴったりかもしれませんね。この曲を演奏する機会を与えてくださったことに感謝します。私も還暦を迎え、N響との30年近くのお付き合いの中、初めての曲に取り組むのはしんどいことですが、とても得がたい機会です。「死ぬまで勉強しろ」というN響の愛情を感じていますから、一所懸命に指揮します(笑)。

 

 

 先入観を捨てて、気軽な気持ちで演奏会にいらしてください。「今まで食べたことのないおいしい料理」に舌鼓を打っていただけるように、しっかりご用意してみせます。

 

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[寄稿]
個性の宝庫、アメリカ音楽特集を聴く

高橋智子

 

N響とアメリカの音楽

 2018年は20世紀アメリカを代表する作曲家・指揮者レナード・バーンスタイン生誕100年を迎え、昨年から今年にかけて世界各地でこの巨匠のアニバーサリーを祝う演奏会が目白押しだ。N響が2018年1月の定期公演Cプログラムでバーンスタインの《スラヴァ!(政治的序曲)》、《セレナード(プラトンの『饗宴』による)》を演奏したことは記憶に新しい。

 N響とアメリカ音楽とのかかわりを振り返ってみると、その歴史は古く、早くも新交響楽団時代の1928年に近衛秀麿の指揮のもと、フォスター《故郷の人々》が演奏されている。現在も演奏される機会の多いガーシュウィン《ラプソディー・イン・ブルー》のN響(当時は日本交響楽団)初登場は1947年4月の定期公演。その後もN響はアメリカのクラシック音楽のほか、映画音楽、ミュージカル音楽などのポピュラー系の楽曲にも積極的に取り組んでいる。1992年の「Music in Future」公演(1993年からは「Music Tomorrow」の名称で実施)ではモートン・フェルドマン《コプトの光》日本初演を行うなど、N響は現代音楽シーンの中でアメリカの作曲家たちの存在感を強めるきっかけとなった1950年代以降の楽曲も何度か手がけている。

 

バーバーのメロディの魅力

 アメリカ音楽、特に19世紀後半から現在までのアメリカのクラシック音楽において、ヨーロッパの音楽が目指すべき規範として、そして乗り越えるべき伝統として、アメリカの音楽家と音楽シーンを鼓舞してきた。しかし、個々の音楽家の足跡を辿(たど)ってみると、そう単純ではなく、ヨーロッパ音楽との距離や関わり方は多種多様だ。11月定期Aプログラムでとりあげるバーバー、コープランド、アイヴズは、その多様な背景から、一言では括(くく)ることのできない「アメリカ音楽」のいくつかの側面を象徴する先駆的な存在といえるだろう。

 ペンシルヴェニア生まれのサミュエル・バーバー(1910-1981)はカーティス音楽院在学中にヨーロッパに滞在し、とりわけイタリアの音楽に深く傾倒した。同時代のアメリカ音楽の状況を見てみると、調性という西洋音楽の規範に挑んでいたヘンリー・カウエル、レオ・オーンスタインら「ウルトラ・モダン」の作曲家たちが、無調や不協和音による新たな音響を探求していた。しかし、彼ら「ウルトラ・モダン」とは距離を置いていたバーバーは後期ロマン派の叙情性を尊重した。ヨーロッパの伝統を踏襲したバーバーの初期の作風は20世紀アメリカ音楽の保守的な側面を象徴している。1940年代からはストラヴィンスキーの影響からか、半音階を多用した実験的な語法も徐々に彼の音楽に現れてきたが、それでも彼は生涯に渡って叙情的な音楽表現にこだわり続けた。彼が作曲家としての名声を築くきっかけとなった《弦楽のためのアダージョ》や《管弦楽のためのエッセー》シリーズにバーバーの旋律の才を見ることができる。

 

Samuel Barber

サミュエル・バーバー(1944年) 

 

コープランドのエンターテインメント性

 ニューヨークのブルックリンに生まれたアーロン・コープランド(1900-1990)は不協和音やジャズの語法など、当時のアメリカのモダニズムを反映する要素を自身の音楽にうまく取り入れた。彼のキャリアは実験的なクラシック音楽と、映画音楽に代表されるポピュラー系の音楽とをまたいでいる。1930年代後半から1949年まで、コープランドはハリウッド映画の音楽を何作か手がけた。映像に効果音や楽曲を逐語的に付けるミッキー・マウシング(その名の通り、ディズニー・アニメに由来する技法)に異を唱え、安直な音楽表現を避けた彼は映画音楽に革新をもたらした。《サロン・メキシコ》などに代表される聴衆に届く音楽を目指しつつ、自身の実験精神に対して妥協を許さなかったコープランドもまた、エンターテインメントとシリアスな音楽の両輪からなる20世紀アメリカ音楽を象徴する存在だ。

 

Aaron Copland

アーロン・コープランド(1970年) 

 

「最もアメリカ的な」アイヴズの魅力

 《ニューイングランドの3つの場所》では故郷ニューイングランドの風景を、《セントラル・パークの夕暮れ》では後の活動拠点となったニューヨークの風景を音楽の中で描いたチャールズ・アイヴズ(1874-1954)は、最も「アメリカ的な」作曲家といわれている。しかし、異なる拍子のリズムが同時進行するポリリズム、多調による複雑な響きの層、隣り合った音を同時に鳴らして衝撃の強い不協和な音響を生み出すトーン・クラスターなど、彼の先進的な試みの一部を挙げてみると、果たしてこれらを「アメリカ的」の一言で済ませてよいのかと逡巡(しゅんじゅん)してしまう。彼の音楽はアメリカの風土や文化を映し出す一方で、時代や地域を超越した、とてつもない先駆性に充ちている。このようなアイヴズの「とてつもなさ」こそ、混沌(こんとん)を呈するアメリカ音楽を象徴しているのではないだろうか。保険代理店社長と作曲家との二足のわらじを履いていたアイヴズは音楽的な貢献に加えて、1930年代前後のニューヨークの音楽コミュニティにおける重要人物だった。彼は、当時の先鋭的なアメリカ音楽の啓蒙に力を注いだカウエルらを中心とするThe League of Composers(作曲家連盟)の演奏会や出版などの活動を物心共に支えたといわれている。

 

Charles Ives

チャールズ・アイヴズ(1913年) 

 

 ここで紹介した3人の作曲家は奇しくも東海岸出身だが、3人それぞれを概観してみると、共通点よりも違いが目立つ。後期ロマン派を踏襲したバーバー、自身の実験精神と大衆性とを見事に両立させたコープランド、先見性が目を引くアイヴズと、三者三様の個性が際立っていて興味が尽きない。この3人の音楽に耳を傾けることは、混沌と多様性からなるアメリカ音楽の歩みをたどる絶好の機会となるだろう。

 

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鈴木優人(オルガン)に聞く
コープランド《オルガンと管弦楽のための交響曲》の面白さとは

鈴木優人――今回がN響と初共演です。20世紀のアメリカ音楽のオルガン独奏での初登場となり、とても鮮烈ですね。

 

 実は東京藝術大学作曲科の出身なんです。バロックや古楽の印象をお持ちの方も多いかもしれませんが、現代作品も皆さんが思うよりたくさん演奏しています。ただ、アメリカの現代作品を演奏する機会には恵まれませんでした。そして今回、このコープランドの《オルガンと管弦楽のための交響曲》のオルガン・ソロというオーダーをいただいて、まず思わず発したのは「これはヤバい」 と。N響との初共演がまさかこの曲とは、という驚きもありましたが、難しいからという意味ではありません。僕の人生の中でコープランドのこの曲を演奏できるのは今後ないかもしれないので、またとないチャンスを逃したくない、と思いました。実際、演奏は困難な曲ですが、まだ若いうちに取り組んでおきたい作品だとも思っていましたから。コープランド自身も若い時に作曲した曲なので。N響との忘れられない出逢いになるよう、精一杯の準備をして臨もうと、武者震いしています。

 

――もしかしたら日本初演かもしれないそうです。どこが演奏者泣かせなんですか?

 

 若かりしコープランドが本気で書いた曲で、一分の隙も許さないというか。緻密なリズムの連携が求められていて、演奏するのは一筋縄ではいかない曲です。普通のコンチェルトのようにソロ楽器とオーケストラの関係ではなく、オルガンも壮大で綿密に構成された音楽の一部となって丁々発止のやり取りをするんです。

 

――指揮もされますが、この曲のスコアをどのように読まれていますか?

 

 指揮者の視点で譜面を見ても、びっしりと音符が埋め尽くされていて、オーケストラも単なる伴奏というわけではまったくなく、大変に演奏しがいがあると思います。

 

 第1楽章はゆったりとしたプレリュードで、まだ前哨(ぜんしょう)戦。ゆっくりと、音を確かめ合うように進んでいく聴きやすい音楽です。まるで美しい室内楽のようです。楽譜もせいぜい 5、6段で弦楽器や木管楽器とオルガンが、キャッチボールをするような感じです。

 しかし、第2楽章のスケルツォになると、ポリリズム(パートによって異なるリズムが同時に演奏されること)が多用されています。インドネシアのケチャのような感じでリズムの掛け合いが非常に速いペースで行われます。「タタッ・タタッ」と弾く人と「ンパパ・ンパパ」という人がかち合って。まず冒頭に金管楽器、フルートと弦楽器が、その掛け合いをものすごく素早く展開するんです。これだけでも気を抜けない。そして同じことをオルガンもやり始めるんですが、リズムを倍にしたりいろいろな形で絡むんです。さらにそこに第1ヴァイオリンが長いメロディを弾いたりもして、それがまた複雑で、速いだけではないところが難しい。アンサンブルの楽しさというよりも、野性的なリズムのノリを楽しんでいただく楽章です。終盤には、オーケストラ全体とオルガンが細かいリズムを掛け合っている中に、オルガンの足鍵盤でものすごく大きな音が「ザーン! ザーン! ザーン!」と入ってくるところは、圧倒的な音量がたまらないのではないでしょうか。

 

鈴木優人さん

 

 そしてフィナーレの第3楽章はフーガのような音楽で、ヴィオラ・パートのソロから始まって最初は分厚い弦楽器の響きが聴けます。続いてトランペット、トロンボーンとオルガンのが掛け合いがあって、金管対オルガンのバトルのようになってきます。しかもオルガンの手鍵盤、足鍵盤がすべてバラバラに動いてフーガ的に進んでいきます。また、ここでティンパニのソロがあるんですね。これがかっこいい。ティンパニが大きな音で4分音符を叩くのに呼応して、オルガンのペダルが同じことをやって、まるでサバンナで象が吠え合っているよう。

 そして久しくなかったオルガン・ソロがありまして、そこにコンサートマスターのソロが入ってきます。ここは楽しいところだと思います。またトランペットのソロも複雑なリズムで入ってくるんです。もう楽譜が真っ黒ですね。

 曲の終わりもめちゃくちゃかっこいい。オルガンが「ジャーン!」と鳴って、弦楽器がトゥッティ(全奏)で「ターン!ターン!ターン!」とユニゾンで弾いて、金管楽器と管楽器が「パーン!パーン!パーン!」って終わるので。スカッと聴き終えていただけると思います。

 

――日本最大級のNHKホールのオルガンはアメリカ音楽には向いているのでしょうか?

 

 オルガンの歴史という点で言いますと、ヨーロッパがもちろん一番古いわけです。バッハの時代のような楽器が今でもヨーロッパにはたくさん残されているのに対して、アメリカではそんなに古い楽器がない代わりにシンフォニックなオルガンが、ちょうどこのコープランドの頃に非常に栄えました。大きなコンサートホールには必ずオルガンもありますし、世界最大のオルガンは実はアメリカ、ユタ州にあります。7段鍵盤という大変な規模の楽器です。NHKホールのオルガンも相当大きく、コープランドの作品に相応しい楽器で弾けるのは嬉しいですね。

 

――今回の指揮者、広上淳一さんとの顔合わせも楽しみです。

 

 初めての共演となりますので、とても楽しみです。このアメリカ・プログラムも広上さんらしく、バーバー、アイヴズの作品と並んだプログラムは楽しいですね。アメリカのエンターテインメントのスケールの大きさを味わえるでしょうね。僕もニューヨークに行ったら、ミュージカルを観に行ったりもします。ああいうアメリカのアメリカンドリームを体現したかのような、ショービジネスのレベルの高さは本当にすごいなと思います。コープランドもそうです。この第2楽章、第3楽章のフーガやオーケストレーション、リズムの絡み合いが、緻密に書かれていると同時に、聴いたら生理的に楽しいようにできているところなど、ある種のエンターテインメント性があるんですよね。スコアを見ていると、もう楽しくてたまりません。広上さんもきっと楽しんで振ってくださるだろうと想像できますね。広上さんとのアンサンブルという意味でも楽しみです。

 

――《オルガンと管弦楽のための交響曲》の魅力をひとことで言うと?

 

 コープランドはスコアを音符で埋め尽くしてくれましたから、これをちゃんと実現すれば素晴らしい演奏体験となるでしょうし、聴く方にとっても楽しく、充実した音楽的な時間が味わえることは間違いありません。リズミカルでノリがよくて盛り上がって、大音量から小さい音までくまなくある。弦楽器の歌うような感じもありますし。スリリングなところも楽しめる。いや、本当によくできている曲だなと思いますね。

 

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曲目解説
2018年11月Aプログラム

沼野雄司

 

 「明るく開放的」というあたりがアメリカ音楽をめぐる一般的なイメージだろうか。もちろんそういう側面もあるだろう。しかし、アメリカという国を知れば知るほど、そしてその音楽を知れば知るほど、そこには暗く深い潮の流れのようなものが横たわっていることが分かる。本公演の3人の作曲家は皆、確実にその深みに手を触れ、その暗さに慄(おのの)きながら五線紙に向かった人々である。そして面白いことに、彼らがいずれも20代で書いたこれら3曲は、それぞれまったく異なった意味で、なんともアメリカ的な音楽なのだ。

 

バーバー (1910 – 1981)

シェリーによる一場面のための音楽 作品7(約10分)

 サミュエル・バーバーは、実にアメリカ的な作曲家である。

 単に分かりやすく美しい旋律を書いたからではない。第1次世界大戦参戦を契機にしてアメリカ中に浸透した「反ドイツ」の流れの中で、新しい形のロマン派を模索せざるを得なくなったという創作の経緯が、20世紀初頭のアメリカ音楽界を象徴しているのだ。実際、青年期の彼はドイツ・ロマン派に薫陶を受けながらも、しかし意識的にそこから距離を置かざるを得なかった。そしてオペラというジャンルに惹(ひ)かれたこと、作曲家カルロ・メノッティと深い親交(ほとんど恋愛に近いものだった)を結んだことを契機にして、イタリアの音楽に強く傾斜してゆくことになる。

 まぎれもなくロマン派を基盤にしながらも、より大ぶりな旋律をふんだんに取り入れた彼の作風は、まさに「新ロマン主義」というにふさわしい。やがてその音楽は、映画音楽をはじめとするアメリカの大衆音楽に、大きな影響を与えることになるだろう。

 本作も、イタリアと少なからぬ関係を持つ作品だ。1933年、23歳のバーバーはメノッティとともにイタリアのカデリアーノでひと夏を過ごした。この時、ルガーノ湖やアルプスの山並みに至る神話的な風景から、彼はロマン派詩人シェリーの『鎖を解かれたプロメテウス』第2幕5場を想起したという。プロメテウスの恋人にして美の象徴であるエイシヤ(Asia)が、彼女を讃(たた)える天の声を耳にする、静かな喜びに満ちた個所だ。

 かくしてバーバーのスコアは、神話の前兆を、まずはさざ波のような弦楽器で示す。少しずつ感情を高ぶらせてゆく旋律は、やがて金管楽器の揺らぎを伴いながら、喜びを爆発させるようなフォルティッシモに成長。頂点に達したのちにも、その輝かしい響きは思わぬほど長く、どこまでも延長される。この息の長さこそが、バーバーの真骨頂であり、彼がイタリア音楽から学んだ術に他ならない。運命のようにティンパニが鳴った後は、うっすらと響きの余韻が棚引いて、夢のような10分間が終わる。

 

作曲年代:1933年夏

初演:1935年3月24日、ヴェルナー・ヤンセン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによる

 

コープランド (1900 – 1990)

オルガンと管弦楽のための交響曲(約25分)

 アーロン・コープランドもまた、きわめてアメリカ的な作曲家である。

 ただし、それは彼が《サロン・メキシコ》や《ロデオ》などの底抜けに明るく親しみやすい作品を書いたからではない。ロシア系移民の子としてブルックリンに生まれ、パリに留学して作曲を学び、ジャズや民俗芸術に惹(ひ)かれたかと思えば、密(ひそ)かに無調や十二音音楽も試し、最後は極度の寡作の中で人生を終える……。こんなふうに複雑な背景が交錯する具合が、まさにアメリカ的なのだ。また、研究者のエリザベス・クリストは、一時期の彼がソ連や共産党に強いシンパシーを覚え、さまざまな労働歌を書いていたことを明らかにしている。決して一筋縄ではいかない人物なのである。

 この《オルガン交響曲》は1921年から1924年にかけてパリで作曲された作品。第1次世界大戦を期にして、アメリカではドイツ音楽離れが急速に進むが、代わりのモデルとして浮上したのがフランス音楽だった。コープランドも早速パリに渡り、名教師ナディア・ブーランジェに師事。ちょうど3年間の修業を終える頃に作品は完成し、翌年に初演された。ほとんど間を置かずしてクーセヴィツキー指揮のボストン交響楽団でも再演されているから、出世作といってよいだろう。全体は3つの楽章からなる。

 第1楽章〈プレリュード〉は、フルートの独奏で幕をあける。8音音階(全音と半音が交互に配される)を軸にした不安定な響きと、完全な調性が入れ子を成す様子が面白い。

 第2楽章は、細かい反復が支配する音楽。オルガンの用法やポリリズム的な処理は、のちのミニマル音楽を思わせよう。オルガンの導入部はおそらく、フランス民謡《月の光に》の引用(ドレミレ・ドミレレ・ド)。

 もっとも長い第3楽章は、ソナタ形式的なフォルムを持つが(もとは第1楽章として構想されたらしい)、弦楽器による序奏部から一貫して、低音部の歩みがパッサカリアのように打ち込まれる。やがて同時代のショスタコーヴィチを思わせる歪(ゆが)んだ音程の連鎖を経ると、オーケストラとオルガンによる壮大なクライマックスへと到達。

 ちなみに、この曲はのちに《交響曲第1番》として改作された(1931年)。2つのスコアを並べてみるとよくわかるのだが、曲の基本的な構造はそのままで、オルガンのパートが時に弦楽器に、時には金管楽器に移されている。結果として、常に背景で架空のオルガンが鳴り響いているような、不思議な響きの交響曲が誕生したのだった。

 

作曲年代:1921~1924年

初演:1925年1月11日、ウォルター・ダムロッシュ指揮、ナディア・ブーランジェの独奏による

 

アイヴズ (1874 – 1954)

交響曲 第2番(約35分)

 チャールズ・アイヴズはアメリカ的な作曲家だろうか?

 確かに、アメリカ民謡の引用は彼のトレードマークだし、保険代理店社長と作曲家の二足の草鞋(わらじ)を履いていたあたりも、なんだかアメリカ的だ(ついでにいえば、彼はこの国の富豪がよくそうするように、保険業で得た財産を、恵まれない多くの現代作曲家のために投じている)。また、微分音の使用や多調性をはじめとする破天荒なアイディアの数々は、伝統を持たない新世界にいたからこそ発想されたのだともいえよう。しかし、ひとつだけ、アイヴズが20世紀前半の他のアメリカ人作曲家と大きく異なっているところがある。それは、ヨーロッパ音楽にコンプレックスを持っていなかった点だ。

 これは少々うがった見方なのかもしれない。しかし、当時、多くのアメリカの作曲家は、ヨーロッパへの劣等感をバネにして活動を展開していた。つまりドイツやフランスの音楽を学びながらも、それを乗り越えた先にあるはずの「アメリカ国民音楽」を必死に希求していたわけである。ところが、アイヴズという人には不思議とこうした姿勢が見られない。それは彼の冷静で淡白な性格のせいなのかもしれないし、ユニークな音楽の手ほどきを授けた父親の影響なのかもしれない。いずれにしても彼は、ヨーロッパ人と張り合ったり、「乗り越えたり」しようとは考えていなかったはずだ。おそらく彼独特の奔放(ほんぽう)さ、自由さは、そんな肩肘張らない姿勢に由来しており、逆説的にも、だからこそアイヴズ作品には、他に類例のない「アメリカ性」が刻印されているように思われるのである。

 イェール大学在学中の1897年に着手され(ただし、ごく一部のスケッチは1889年にまでさかのぼるという)、1902年に完成した本作は、その格好の例だろう。この時期の作品であるから、もちろん無調で書かれているわけではないし、奇抜な不協和音もほとんどあらわれない。全体はまさに19世紀音楽の範疇(はんちゅう)で進行してゆくといってよいのだが、そのバランスを随所で崩すのが既成楽曲の引用。なにしろ、油断しているといたるところで民謡や大衆歌の旋律が導入されて、重層的な音響空間を形成するのだ。この引用によって、交響曲という枠組みは、ぐにゃりと変形して、いくぶん奇怪な音風景が展開することになる。

 アメリカの音楽学者バークホルダーによれば、作曲者はここで、アメリカの旋律素材と「交響曲」というヨーロッパの伝統を1曲の中に共存させようと試みたのだという。しかしアイヴズ自身はあっけらかんと、「故郷コネチカット州の田舎で歌われていた民衆の音楽を、一種のジョークのようにして対位法的に扱ってみた」と述懐している。本当に冗談なのかはともかくとしても、「伝統」とか「共存」とかいうフォーマルな思考とは少しばかり距離を置いた地点に、アイヴズ作品ならではの魅力があろう。

 もっとも、あまりにもユニークな作品だけあって、当初、全く発表のあてはなし。結局、曲が完成してから50年近くを経た1951年、当時の新鋭指揮者レナード・バーンスタインによって、ようやくこの大作は初演されたのだった。70代の半ばになっていたアイヴズは会場にはでかけず、自宅キッチンのラジオで初演を聴いたという。

 全体は5つの楽章からなるが、1~2楽章、4~5楽章は休みなしで続けて演奏される。

 第1楽章(アンダンテ・モデラート)は序奏的な役割。弦楽器の分厚いポリフォニーが、まずは若き作曲者の堅実な筆力を示しているが、ホルンによる《コロンビア 大洋の宝》の旋律がふわりと浮かび上がってくると、音楽は一気にアイヴズ独特の世界へ。やがて、付点リズムの旋律が木管のアンサンブルで導入されると、第2楽章(アレグロ・モルト)の始まり。ヘブライの賛歌をはじめ、さまざまな旋律が湧(わ)き出してくる様子は、オペラ序曲のようでとてもカラフルだ(他の舞台音楽の序曲として構想されたという説もある)。

 第3楽章(アダージョ・カンタービレ)は中央に置かれた緩徐楽章。3部形式によるが、意外に手の込んだ対位法的動きが隠された主部に、同音反復リズムによる中間部が対置されている。そして後半では冒頭部の反復に続いて、アメリカ賛歌《美しきアメリカ》が登場。

 第4楽章(レント・マエストーソ)は、冒頭楽章と同じ素材による短い音楽であり、終楽章への序奏の役割を果たす。ただし構成が縮小されているのに加えて、オーケストレーションも管楽器主体へと変更されている。続く第5楽章(アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ)は、もっとも手の込んだ、そしてもっとも多様な引用をちりばめた音楽。冒頭の軽快な主題が、ほどなくするとフォスターの《草競馬》と融合し、さらには鼓笛隊の響きや《久しき昔》の旋律などが入れ代わり立ち代わり出現。そして冒頭楽章で使われた《コロンビア 大洋の宝》が再び顔を出すと、ここにいたって作品の時空はメビウスの輪のような歪(ゆが)みを呈し、回想とも散策ともつかない形で楽想が乱舞する。

 そして、驚いてしまうのは最後の瞬間。モーツァルトの《音楽の戯れ》を思わせる壮絶な仕掛けが何かの厄災のように聴衆にふりかかって、茫然(ぼうぜん)自失の内に全曲を閉じる。

 

作曲年代:1897~1902年

初演:1951年2月22日、レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによる

 

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出演者プロフィール

指揮:広上淳一

 東京都生まれ。1984年第1回キリル・コンドラシン国際青年指揮者コンクールに優勝し、国際的な活動を開始。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団などの世界的オーケストラへ客演した。1991年から1995年にスウェーデンのノールショピング交響楽団首席指揮者、1998年から2000年にリンブルク交響楽団首席指揮者、1997年から2001年にロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者、2006年から2008年にコロンバス交響楽団音楽監督を歴任した。日本国内では1991年から2000年に日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者を務めた。オペラの指揮でもシドニー歌劇場でのヴェルディ《仮面舞踏会》などが高く評価され、新国立劇場でも《椿姫》などを指揮。2015年、京都市交響楽団とサントリー音楽賞を受賞。2016年には第36回有馬賞を受賞。現在は京都市交響楽団常任指揮者兼ミュージック・アドヴァイザー、札幌交響楽団友情客演指揮者、東京音楽大学指揮科教授を務める。N響とは定期的に共演し、情熱あふれる指揮が高い評価を得ている。

(片桐卓也)

 

オルガン:鈴木優人

 鈴木優人は、チェンバロやオルガン、ピアノの演奏、指揮、作曲、プロデュースなど幅広い領域で才気を放っている。1981年オランダのデン・ハーグに生まれ、東京藝術大学作曲科を卒業後、同大学院古楽科を修了。ハーグ王立音楽院修士課程オルガン科を首席、即興演奏科を栄誉賞つきで修了し、アムステルダム音楽院のチェンバロ科でも学んだ。バッハ・コレギウム・ジャパンでの演奏や指揮をはじめ、ソロや室内楽でも精力的に活動。ルネサンスやバロック音楽を得意とするだけでなく、自作を含む同時代までの音楽に柔軟な感性を示す。2017年11月に指揮したモンテヴェルディの歌劇《ポッペアの戴冠》の上演でも好評を博した。音楽監督を務めるアンサンブル・ジェネシスでバロックから現代にいたるプログラムをオリジナル楽器で演奏するほか、ダンスや映像などのコラボレーションも意欲的に行う。調布国際音楽祭ではエグゼクティブ・プロデューサーとして活躍。日本とオランダで教会オルガニストも務める。2018年9月、バッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者に就任。

(青澤隆明)

 

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公演情報

第1899回 定期公演 Aプログラム NHKホール

2018年11月24日(土)6:00pm  2018年11月25日(日)3:00pm

 

バーバー/シェリーによる一場面のための音楽 作品7

コープランド/オルガンと管弦楽のための交響曲

アイヴズ/交響曲 第2番

指揮:広上淳一

オルガン:鈴木優人

 

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N響について

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