NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

ニュース

 

2018年8月6日

★SPOTLIGHT★
2018年9月Cプログラム

シベリウス《クレルボ》を探る

今回からスタートする「SPOTLIGHT」コーナー。

定期公演で採り上げる作曲家や楽曲に、さまざまな角度からスポットライトを当てて、その姿を浮き彫りにします。

今回のテーマは、シベリウス《クレルヴォ》。

若きシベリウスの、歌手と男声合唱を要する壮大な作品の魅力やその背景を探ります。

 

 

 

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パーヴォ・ヤルヴィ、
シベリウス《クレルヴォ》への想いを語る

 

 《クレルヴォ》はシベリウスの作品の中で、最も独創的な楽曲の1つと言えるでしょう。彼が交響曲に着手する前に書いた初期の管弦楽曲です。男声合唱と大編成のオーケストラのために書かれ、演奏に70分以上を要する壮大な作品です。

 

 まだ20代だったシベリウスがいかに自分の才能に自信を持っていたかがうかがえる音楽内容です。しかし、作曲家自身の指揮による初演は悲惨な結果に終わりました。当時のフィンランド、ヘルシンキは音楽面では辺境の地で、急ごしらえのオーケストラがリハーサルもろくにせずに臨んだようです。落胆したためか、シベリウスはこの作品の演奏を封印してしまいました。没後にようやく陽の目を見ることになるのです。
 この作品を再び演奏することがかなって本当によかった。入念に準備して演奏に臨めば、若きシベリウスの類い稀な独創性を実感できます。指揮者としてとても取り組みがいのある作品です。

 

 今年(2018年)5月に演奏した《交響詩「4つの伝説」》と同じく、フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』を題材としています。クレルヴォは登場人物のひとり。悲劇的な人生を歩んだのですが、善人だったのか、悪人だったのかが曖昧で論議を呼ぶところですが、それも人間的とも言えます。
 男声合唱によって、他のシベリウス作品よりも暗いのですが大変に美しい音色がもたらされます。歌詞は興味深いことにフィンランドの古語で書かれています。現代のフィンランド人はほとんど理解できない言葉なのです。使われなくなった言葉や言い回しがありますが、これが実は現代のエストニア語と酷似しているのです。
 エストニア語はフィンランドの古語に、フィンランド語はエストニアの古語に似ているのです。面白いことに今のフィンランド語には曽祖母時代に使われていたエストニア語の言葉が残っています。言語的なルーツは一緒で、後に分岐したのではないかと思います。 
 私の名前、パーヴォは、フィンランドの指揮者、パーヴォ・ベルグルトにちなんで名付けられたのですが、彼はこの《クレルヴォ》を初めて録音しました。その彼が言うには、エストニアの言語とアクセントはフィンランドの古語と似た響きがあるので、フィンランドの古語で書かれたこの作品を歌うにはエストニアの合唱団はぴったりだと。
 エストニア国立男声合唱団とは私は録音も行っていますが、彼らは《クレルヴォ》のすべてを知り尽くしている合唱団です。彼らの声と、そしてN響とともに、この作品の独創性をぜひお伝えしたいと思います。

 

アクセリ・ガレン・カレラ/戦いに赴くクレルヴォ(1901年)

アクセリ・ガレン・カレラ/戦いに赴くクレルヴォ(1901年) 

 

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2

パーヴォ・ヤルヴィが指揮する
シベリウス《クレルヴォ》に期待!

満津岡 信育

 

パーヴォ指揮の手腕に期待が高まる

 シベリウスが若き日に書いた幻の大作として、その名が知られていた《クレルヴォ》の世界初録音が行われたのは、1970年11月のこと。その記念すべき録音が、日本において2枚組のLPレコードで発売されたのは、1971年10月であった。指揮をしたのは、パーヴォ・ベルグルンド(パーヴォの名前は彼からもらったという)である(オーケストラは、ボーンマス交響楽団)。こうして、ようやく、その音楽を、実際に耳で確認できるようになった《クレルヴォ》は、シベリウスの「秘曲」的な存在であった時期を経て、近年はレコーディングの数も増えつつある。

 

パーヴォ・ベルグルンド(1962年頃)

パーヴォ・ベルグルンド(1962年頃) 

 

 パーヴォ・ヤルヴィは、この《クレルヴォ》を1997年にロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団とレコーディングするなど、早い時期からレパートリーに入れていた。すでに20年以上も前の録音を引き合いに出して、「こんな感じの演奏になるのではないか」と予想するつもりはないが、NHK交響楽団の2018年5月定期公演Aプログラムで、パーヴォ・ヤルヴィが指揮をしたシベリウスの交響詩《4つの伝説》が、独特なオーケストレーションの綾(あや)をしなやかに描き分けながら、高揚感に満ちた快演であっただけに、その期待の大きさは半端ではない。

 

 《クレルヴォ》は、初期の作ということもあり、オーケストレーションに関しては、経験値不足から来る「それは無理でしょ」という書法も刻み込まれている楽曲であるが、パーヴォ・ヤルヴィは、音楽の核心に鋭く切り込んで、オーケストラから、すばらしいサウンドを引き出し、しなやかなリズム感と的確なテンポ設定を通じて、聴き手に新たな発見を届けてくれることだろう。首席指揮者のタクトに鮮やかに反応するNHK交響楽団の存在も、じつに心強い。ちなみに、パーヴォ・ヤルヴィの1997年録音の演奏時間は、78分半であった。筆者の知っているかぎり、商業録音盤でもっとも演奏時間が短いのは、パーヴォの父ネーメ・ヤルヴィがエーテボリ交響楽団を指揮したディスクである(驚くべきことに67分台である!)。

 

 今回、《クレルヴォ》で男声合唱を担当するのは、エストニア国立男声合唱団である。そして、今回のプログラムは、彼らを起用しての《レンミンケイネンの歌》《サンデルス》といった男声合唱とオーケストラの作品に加え、シベリウスの人気作である《フィンランディア》の男声合唱付き版など、実演ではなかなか接することができない演目が並んでいるのも楽しみである。

 

シベリウス作品の聴きどころ

 シベリウスの音楽は、母国フィンランドや北欧圏に加え、イギリスで非常に人気がある。サイモン・ラトルは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との交響曲全集に、付録として収録されていた特典映像の中で、「イギリスは、西フィンランドですから」と冗談交じりに語っていた。日本も、コアなシベリウス・ファンが多い国である。とはいえ、《交響曲第1番》や《第2番》、そして、《フィンランディア》や《トゥオネラの白鳥》に比べれば、《クレルヴォ》の知名度や人気は、微々たるものである。

 

 パーヴォ・ヤルヴィとNHK交響楽団によるシベリウスは、《ヴァイオリン協奏曲》を除けば、これまでに《交響曲第2番》と《交響詩「4つの伝説」》をNHKホールで聴いた。前者は、引き締まったサウンドと鮮やかなテンポ設定が圧巻であった。それは、ビーチャムやバルビローリに代表される、往年の西フィンランド(!)の指揮者たちによる演奏のように、ほの暗いロマンティシズムがみなぎるタイプのアプローチではなく、速めのテンポ設定としなやかなダイナミクスの設定を通じて、峻烈(しゅんれつ)にたたみ込んでいくタイプの快演であった。

 

 この5月に接したばかりの《4つの伝説》も、第1曲と第4曲のテンポ設定は、かなり速めであった。しかし、ばたついたり、上滑りになることはいっさいなく、NHK交響楽団の弦楽セクションが、身体を大きく揺らしながら、明晰(めいせき)に各音符を奏で上げ、管楽器および打楽器セクションとともに、シベリウスの総譜に込められたエネルギーを、鮮烈に放射していたことを、よく憶えている。

 

パーヴォ・ヤルヴィの指揮で《4つの伝説》を演奏するNHK交響楽団(2018年5月12、13日 NHKホール)

パーヴォ・ヤルヴィの指揮で《4つの伝説》を演奏するNHK交響楽団(2018年5月12、13日 NHKホール) 

 

 コアなシベリウス・ファンはもちろんのこと、《フィンランディア》は好きだが、《クレルヴォ》はよくわからないという方も、《クレルヴォ》という曲を聞いたことがないという人も、そして、シベリウスの作品がそれほど好きではないという音楽ファンも、この9月には、ぜひとも、NHKホールに足を運んでいただき、パーヴォ・ヤルヴィとNHK交響楽団による演奏に接していただきたいものである。忘れがたい体験が、あなたを待っていることだろう。

 

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エストニア国立男声合唱団、
そして「合唱の国」エストニアについて

駐日エストニア共和国大使館特命全権大使
ヤーク・レンスメント

エストニア国立男声合唱団

エストニア国立男声合唱団 

 

 エストニア国立男声合唱団(別称RAM)は、我が国エストニアの合唱界を率いた伝説的な指揮者・作曲家グスタフ・エルネサクスによって、1944年に設立されました。

 以来その歴史を通じて、エストニア国立男声合唱団は、世界各地に歌声を届けてまいりました。とりわけエルネサクス先生は、同団を日本に連れて行きたいと強く望んでおりましたが、諸事情により、その夢が先生の存命中に叶うことはありませんでした。このたび同団初の来日が実現し、先生の悲願が、没後25年の節目についに達成されます。同団の日本公演の実現にご尽力くださいました皆様に、心から御礼を申し上げます。

 人口約130万人の国エストニアには、総数およそ1,360の合唱団体に所属する、4万人を超えるアマチュア合唱歌手がおります。我が国において、合唱は人気の高い演奏形態であるのみならず、その社会的側面に、よりいっそう重きが置かれています。

 エストニアの「合唱運動」の伝統と結びついた極めてユニークな現象として、1869年に始まった「歌の祭典(Laulupidu)」が挙げられます。この5年に一度の恒例行事では、エストニア中のほぼ全ての合唱団が首都タリンの「歌の祭典の場」に一堂に会します。彼らは3万人規模の混声合唱団として共に歌い、連帯感を表明します。

2014年に首都タリンで開催された「歌の祭典(Laulupidu)」の様子

2014年に首都タリンで開催された「歌の祭典(Laulupidu)」の様子 

 2019年7月4日~7日に予定されている次回の「歌と踊りの祭典」の折に、この全国規模の祭典は150周年を迎えることになります。エストニア国立男声合唱団は、まさに150年にわたる我が国の長い合唱の伝統を体現しています。同団は、エストニアのひとびとが親しみを覚える「国民的な」合唱団であると同時に、一国内の現象にとどまらない存在でもあります。

 今回のNHK交響楽団との共演では、エストニアとバルト海を隔てての隣国、フィンランドのシベリウスの作品が披露されます。聴衆の皆様にとっては、エストニア国立男声合唱団がパーヴォ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団との共演でグラミー賞に輝いたアルバム『シベリウス:カンタータ集』(2003)の収録曲を、実演でお楽しみいただく機会ともなります。

 

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©フィンランド写真美術館/ Santeri Levas  

カレイドスコープ
「フィンランド絵画にみる愛国心」

テルヒ・ジェネヴリエ・タウスティ

 

パリ在住のアート・ジャーナリストG.タウスティさんが、シベリウスの母国フィンランドの画家たちによる自然を描いた絵画を紹介。

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5

曲目解説

神部 智

 

シベリウス (1865~1957)

「クレルヴォ」作品7(約78分)

 フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』の「クレルヴォ神話」(第31~36章)を題材とした《クレルヴォ》(作品7)は、初期シベリウスを代表する大規模な管弦楽曲である。全5楽章、演奏に1時間を超える大作であり、管弦楽と男声合唱のほか、クレルヴォ役のバリトンと妹役のソプラノを要する。

 巨大な交響曲の創作を目指していた若きシベリウスが《クレルヴォ》の着想を得たのは、ウィーン留学時の1891年のことである。ウィーン滞在中、シベリウスは婚約者のアイノ・ヤルネフェルトと頻繁に手紙のやり取りを行っているが、熱烈な「フェンノマン」(フィンランド語および文化の地位向上を目指した人々)だった彼女の存在が、《クレルヴォ》の構想に大きな影響を与えたことは間違いない。その創作に着手した頃、シベリウスは『カレワラ』の世界に完全に魂を奪われてしまったような状況で、ウィーン近郊の森を散策しながら作品のイメージを少しずつふくらませていった。

 

《クレルヴォ》の着想を得た頃の若きシベリウス(1891年)

《クレルヴォ》の着想を得た頃の若きシベリウス(1891年) 

 

 フィンランドに帰国後、シベリウスはアイノとの関係を深めながら、《クレルヴォ》の創作に本腰を入れる。困難をきたした作曲にはおよそ1年の歳月を要したが、その間、イングリア(フィンランド湾とラドガ湖の狭間のペテルブルクを中心とした地域)出身の有名な歌い手、ラリン・パラスケの吟唱に触れている点が注目されよう。民謡の真正な歌声を耳にしたシベリウスは大きな感銘を受け、その体験が《クレルヴォ》の創作にも計り知れない刺激を与えたと考えられている。

 さまざまな試行錯誤を繰り返したため《クレルヴォ》の完成は予定より遅れてしまい、1892年4月28日に初演を迎えることになる。ただし、その日ヘルシンキ大学講堂に集まった満員の聴衆が手にしたプログラムには、「クレルヴォ、管弦楽、独唱、合唱のための交響詩」と記されていた。もともと交響曲として構想、創作されたものの、初演時に交響詩として発表された背景には、交響的ジャンルに対するシベリウスの複雑なジレンマ(あるいはコンプレックス)と、従来の図式に囚(とら)われない柔軟な発想の2つが認められよう。

 いずれにせよ《クレルヴォ》の初演は歴史的な大成功を収め、シベリウスは一躍フィンランド音楽界のスターダムにのし上がるのだった。この作品はシベリウスの管弦楽曲のなかでもっとも長大であり、しかも重厚で記念碑的な趣さえたたえている。とりわけ注目されるのは、この作品でシベリウスが初めて「自らの響き」を見出したことであろう。その響きは、もはや駆け出しの若者とは思えない素晴らしい奥行きを示している。わずか1年の期間で、《クレルヴォ》という作品にこれほどまでの充実がもたらされた理由は何だろうか。これまで取り組んできた地道な作曲訓練や留学の成果はその一因だろうし、パラスケの突き抜けた歌声、あるいはクレルヴォ神話の普遍的な悲劇性がシベリウスに強烈なインスピレーションを与えたと考えられる。だがもっとも重要な要因として指摘すべきは、婚約者アイノの存在であった。《クレルヴォ》創作時におけるシベリウスとアイノの関係はまさに特別であり、いわば両者の共同作業といってよいほど親密なものだったからである。

 したがって作品はアイノに献呈されたとしてもまったく不思議ではないのだが、シベリウスはそうしなかった。それどころか、彼は《クレルヴォ》に対して驚くべき行動を起こす。コンサートで数回取り上げられた後、作曲者の存命中は作品の出版だけでなく、再演さえ原則的に禁じてしまうのである(その理由については、いまだに不明)。ちなみに《クレルヴォ》全曲の蘇演(そえん)は、シベリウス没後の1958年6月12日、作曲者の女婿ユッシ・ヤラス(シベリウスの五女マルガレータの夫で指揮者)の指揮で行われている。それ以降、《クレルヴォ》は初期シベリウスの重要な管弦楽曲として再認識され始め、フィンランド国内のみならず世界中で広く取り上げられるようになった。

 『カレワラ』のクレルヴォ神話は、超人的な力を持つ青年クレルヴォの成長と恋愛(妹との近親相姦)、自分を不遇に陥れた者たちへの復讐(ふくしゅう)、悔恨の念による自決までを描いた壮大な悲劇である。

 導入 大規模なソナタ形式で、曲全体の荘厳な雰囲気を創出している。冒頭の長大な旋律が印象的だが、再現部における副次主題の力強い「成長」も構成上のポイントといえよう。シベリウスの優れた構成感覚を存分に堪能(たんのう)できる。

 クレルヴォの青春 2つの対照的な領域が交互に現れる構成。作曲技法的には短小フレーズに微細な変化を加えつつ何度も繰り返す方法が取られているが、それは民謡の素朴な変奏手法を思わせる。

 クレルヴォとその妹 作品全体の中軸を成す長大な楽章。男声合唱と2人のソリストを伴いながら、物語が緻密(ちみつ)に展開していく。生き別れになった兄妹の「近親相姦」にスポットが当てられるが、従来はタブー視されてきた近親相姦という限界状況にあえて着目している点がシベリウスの《クレルヴォ》の最たる芸術的特徴といえよう。曲は大きく2つの部分に分けられ、前半はクレルヴォと妹の運命的な出会い、後半は男女の関係を持ってしまった兄妹の内的葛藤(かっとう)が描かれる。

 戦闘に赴くクレルヴォ ロンド・ソナタ形式風の構成。クレルヴォの残忍な復讐劇が取り上げられるが、曲調は不気味なほど平明である。なお、2005年にブライトコプフより出版された批判校訂版《クレルヴォ》の本楽章の楽譜冒頭には、シベリウスが『カレワラ』第36章から抜粋した詩文(題辞)が、校訂者の方針により記されている。クレルヴォが笛を吹きながら喜び勇んで出陣する様子を描いたこの詩文は、同楽章のスケルツォ的曲調と雰囲気や気分が一致しており、《クレルヴォ》の初演時、聴衆に配られたプログラムにも付されていた。

 クレルヴォの死 再び〈導入〉の楽想が回想され、苦悩の末に自害を選択するクレルヴォの悲劇が男声合唱とともに荘厳に奏でられる。

 

作曲年代:1891~1892年

初演:1892年4月28日、ヘルシンキ、シベリウス指揮、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

 

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出演者プロフィール

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
Paavo-Jarvi

 今年9月にNHK交響楽団首席指揮者として4シーズン目に入るパーヴォ・ヤルヴィは、これまで重点的に採り上げてきたドイツ・ロマン派や北欧の作品に加えて、新たに古典派やストラヴィンスキーに取り組む。その挑戦する姿勢は、発信力の強さと相まって、N響のみならず、日本のオーケストラ界全体にとって大きな刺激となっている。N響とは、録音の分野での成果も目覚ましく、2016年度には「レコード・アカデミー賞」を受賞した。今年8月には最新作『ムソルグスキー:展覧会の絵&はげ山の一夜』がリリースされた。一方、海外活動では、2017年にヨーロッパ6か国7都市を回るツアーを大成功に導き、N響の国際的な評価を高めた。

 エストニアのタリン生まれ。現地で打楽器と指揮を学んだ後、アメリカのカーティス音楽院で研鑽(けんさん)を積み、バーンスタインにも師事。シンシナティ交響楽団音楽監督、hr交響楽団首席指揮者、パリ管弦楽団音楽監督などを歴任。現在は、ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団芸術監督、エストニア祝祭管弦楽団芸術監督兼創設者などを務める。2019/20年シーズンからはチューリヒ・トーンハレ管弦楽団の音楽監督兼首席指揮者に就任予定。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団などの名門オーケストラにも客演し、現代を代表する指揮者のひとりとして、世界で活躍している。

 

ソプラノ:ヨハンナ・ルサネン

 フィンランドのクオピオ生まれのソプラノ。ヘルシンキのシベリウス・アカデミーで学ぶ。1996年、ラッペーンランタ国際声楽コンクールの女声部門で優勝。1998年から2年間、ベルリン・ドイツ・オペラの育成プログラムでさらに研鑽(けんさん)を積む。力強く温かみのある歌声で近年はドラマチックなソプラノ役を手掛け、2013年11月、フィンランド国立歌劇場でプッチーニ《トゥーランドット》のタイトルロールを、2016年5月には同歌劇場でワーグナー《トリスタンとイゾルデ》のイゾルデをそれぞれ初めて歌っている。フィンランドの作曲家のオペラにもたびたび出演している。演奏会や歌曲でも活躍、またフィンランドではポピュラー曲も好んで歌い、テレビなどでも親しまれて国民的人気を博している。シベリウスの《クレルヴォ》は20年以上各地で歌っている彼女の得意曲。弟のヴィッレ・ルサネンとの姉弟コンビでシカゴのグラントパーク音楽祭(2011年7月)やフィンランドのサヴォンリンナ音楽祭(2017年8月)で歌ってもいる。NHK交響楽団とは今回が初共演。

(吉田光司)

 

バリトン:ヴィッレ・ルサネン

 フィンランドのバリトン。ヘルシンキのシベリウス・アカデミーで学んだ後、2004年、ラッペーンランタ国際声楽コンクールの男声部門で優勝。2005年9月、ロッシーニ《セビリアの理髪師》のフィガロでフィンランド国立歌劇場に初出演。以来同歌劇場には200回以上出演する主力歌手であり、モーツァルト《魔笛》のパパゲーノは39回も歌っている。2009年、英国スコティッシュ・オペラでのモーツァルト《コシ・ファン・トゥッテ》のグリエルモで国際的な活動を本格化させる。2010年6月、オランダ、アムステルダムでのラスカトフ《犬の心臓》の世界初演にボルメンタルで出演、同オペラで2013年3月にミラノのスカラ座に、2014年1月にリヨン歌劇場に出演。シベリウスの《クレルヴォ》は2013年2月にシドニー交響楽団(アシュケナージ指揮)と、2013年5月にRTE国立交響楽団と歌っており、さらに姉のソプラノ、ヨハンナ・ルサネンとの姉弟コンビでシカゴのグラントパーク音楽祭やフィンランドのサヴォンリンナ音楽祭で歌っている。NHK交響楽団とは今回が初共演。

(吉田光司)

 

男声合唱:エストニア国立男声合唱団

 1944年、エストニアの作曲家グスタフ・エルネサクスによって創立。その後、オレヴ・オヤ、クノ・アレング、アンツ・ウレオヤ、アンツ・ソーツ、カスパルス・プトニンシュといった指揮者たちに鍛(きた)えられる。2011年からミック・ウレオヤが首席指揮者、芸術監督を務めている。教会音楽、クラシック作品、近現代の曲、エストニアの作曲家の曲、民謡や民俗音楽など、レパートリーはきわめて広い。また彼らの委嘱作も含め多数の初演を担ってきた。2006年にはエストニアのフォーク・メタルバンド、メッツァトルとの共演も話題となった。エストニア国立男声合唱団は長年にわたり世界中を楽旅で回っており、旧ソ連や欧米の諸都市はもちろん、アジアにも頻繁に訪れている。エストニア生まれの指揮者パーヴォ・ヤルヴィとは何度も共演している。1997年にパーヴォが指揮した《クレルヴォ》のレコーディングでは彼らが合唱を務め、また2002年に共演したシベリウスのカンタータ集のレコーディングは2003年のグラミー賞の最優秀合唱演奏に選ばれた。NHK交響楽団とは今回が初共演。

(吉田光司)

 

 

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公演情報

第1892回定期公演Cプログラム NHKホール

2018年9月21日(金)7:00pm  2018年9月22日(土)3:00pm

 

シベリウス/「レンミンケイネンの歌」作品31-1

シベリウス/「サンデルス」作品28

シベリウス/交響詩「フィンランディア」作品26(男声合唱付き)

シベリウス/「クレルヴォ」作品7*

指揮:パーヴォ・ヤルヴィ

ソプラノ:ヨハンナ・ルサネン*

バリトン:ヴィッレ・ルサネン*

男声合唱:エストニア国立男声合唱団

 

後援:駐日エストニア共和国大使館

 

 

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