NHK交響楽団
NHK Symphony Orchestra, Tokyo

 

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2018年2月16日

「尾高賞」受賞作をMusic Tomorrow 2018 で再演!
作曲者のコメント・選考評を紹介

2018年2月に「第66回尾高賞」を受賞した坂田直樹《組み合わされた風景(2016)》が、N響特別公演「Music Tomorrow 2018」で再演されます。尾高賞受賞コメントと審査員選考評を紹介します。

 

Music Tomorrow 2018

2018年6月26日(火) 開演 7:00pm

東京オペラシティ コンサートホール

 

鈴木純明/リューベックのためのインヴェンションIII「夏」(2018)[NHK交響楽団委嘱作品・世界初演]

坂田直樹/組み合わされた風景(2016)[第66回尾高賞受賞作品]

ジェームズ・マクミラン/オーボエ協奏曲(2010)[日本初演]

コリン・マシューズ/ターニング・ポイント(2006)[日本初演]

指揮:ステファン・アズベリー

オーボエ:フランソワ・ルルー

 

公演の詳細はこちら

尾高賞について

 

 

『第66回尾高賞 受賞によせて』

坂田直樹

 

 このたびは光栄なことに、自作品の《組み合わされた風景》が第66回尾高賞を頂くこととなりました。「N響 Music Tomorrow 2018」で作品が再演されることと併せて、とても嬉しく思っています。この曲を選んでくださった審査員の方々に深く感謝いたします。

 《組み合わされた風景》はタイトルが暗示するように「属性の異なる様々な要素を混在させてみること」を主眼として作曲されました。多様な素材を扱ったこの曲には、オーケストラの可能性への挑戦が含まれています。演奏にあたっては古典的な意味でのヴィルトゥオーゾから特殊奏法などの現代的な技術、さらには気泡緩衝材やプラスチックの配管などの準備まで、高度かつ非習慣的な指示を実現しなくてはなりませんでした。作品の審査においては初演時の音源が重要な役割を果たしたことと思います。今回の受賞は、書かれた楽譜がユートピアではなく、それが実現可能なものであることを証明してくださった指揮者のカチュン・ウォン氏、東京フィルハーモニー交響楽団の皆様のお陰です。今一度、お礼を述べたいと思います。ありがとうございました。

 近年の自分の創作において、触覚から着想を得ることがあります。岩石のようなゴツゴツした表情、それから布や紙の手触りなど、触覚は思わぬヒントを与えてくれることがあります。こういった発想でテクスチャーを作るときに、たとえば電子音響はとても魅力的です。一方で、テクノロジーを用いた作業の後にはいつも、人間が演奏する音の表現力に驚かされます。オーケストラは群によるテクスチャーの実現において絶大な効果を発揮しますし、その音の粒子一つ一つが人の手で奏でられていることに強く惹かれます。今後、この分野で取り組みたいことが沢山あります。

 

(さかた・なおき/作曲家)

 

プロフィール

 

1981年8月6日、京都市生まれ。2007年、愛知県立芸術大学、2008年、パリ・エコール・ノルマル音楽院をそれぞれ首席で卒業。2013年、パリ国立高等音楽院のステファノ・ジェルヴァゾーニのクラスを修了。2014年、IRCAMにて研修を受ける。フランス著作権協会賞、第36回入野賞、2017年度武満徹作曲賞第1位、など受賞多数。これまでに武生国際音楽祭、フェスティヴァル・ミュジカ、サクソフォン・コングレス、リマ国際音楽祭など著名な音楽祭で作品が取り上げられ、アンサンブル2E2M、ディヴェルティメント・アンサンブル、東京シンフォニエッタ、東京フィルハーモニー交響楽団など、威信のある団体により作品が演奏されている。現在はパリにて活動を行い、フランス・ミュージック、フランス文化省などから委嘱を受けている。2015年度、愛知県立芸術大学非常勤講師、2016年度、京都市立芸術大学招聘講師。2010、2011年度ローム奨学生。

 

 

『第66回尾高賞』選考評

外山雄三

 

 候補作品全19曲を、まず丹念に聴いたのは例年の通りである。それからスコアを読む。

 坂田直樹さんの《組み合わされた風景》の充実度は、演奏時間20分という「長さ」を感じさせない。随所に細やかな心配りがあり、色彩の微妙な変化も散りばめられているのは心憎いばかりである。演奏される機会が増えて、作品が更に育っていくのが楽しみ。しかし、敢えて注文をつけるとすれば、折角オーケストラという多種多彩な表現が可能な演奏体で書くのだから、もっと大胆に、もっと自由に、自分自身の枠を超えて冒険を試みることもできるだろう。その「大暴れ」を期待したい。もう一つ、付け加えるなら分厚い、重々しい音楽も書けるだろう。どんどん作曲して頂きたい。

 この他に、私は二つの作品が記憶に残った。藤倉大さんの《ホルン協奏曲第2番》は、どちらかといえば演奏上の制約が多いホルンという楽器の、一種の不自由さを感じさせない、伸びやかな秀作である。ホルン奏者たちの大切なレパートリーになるだろう。

 北爪道夫さんは決して多作ではないが、じっくり腰を据えて作曲するタイプかと思っている。《パラレル・II ─オーケストラのための─》も、決して派手ではないが、なかなか説得力のある力作である。審査会議の席上ではマイナスの評価は誰からも出なかった。個人的な意見を率直に申せば、発想も表現技術なども、申し分なく、充分に豊かに持っておられるのだから、鋭く、キリキリと刻み付けるような表現も欲しい、と思ってしまうのは、あまりに贅沢だろうか。大家に向かって失礼な言い分かとも思うが、次作に期待してしまう。

 営々と努力しておられるに違いない作曲者諸兄姉、どうか更に積極的にオーケストラの作品を書いてください。そうでないと、日本のオーケストラは寂しい。

 

(とやま・ゆうぞう/NHK交響楽団正指揮者)

 

 

『第66回尾高賞』選考評

尾高忠明

 

 今回は19作品を聞いた。例年より少ないが内容は充実している作品が少なくなかった。ただ、全体数が減っているのは残念だ。私個人も以前は民音、交響楽振興財団の催し以外にNHKのスタジオ録音など年間10曲以上の初演をしていたが、最近、邦人作品を演奏できる機会が減っていて、大いに反省しなければと思った。そのような中、杉山洋一さんが19曲中7曲を発表してくださっていて、頭の下がる思いだ。

 ところで、今回から音楽評論家で、現代音楽に精通していらっしゃる片山さんが審査に加わってくださった。実際に選考の場でも、素晴らしい発言が多く、嬉しかった。

 今回の19曲だが、顕著だったのは、票がバラバラに殆どならなかったことだ。ある作品は多くの票を集め、ある作品は1票も取れなかったこと、正直にご報告させていただく。

 私個人が素晴らしいと感じた作品が、岸野末利加さんの、《オーケストラのための「シェイズ・オブ・オーカー」》、坂田直樹さんの《組み合わされた風景》、藤倉大さんの《ホルン協奏曲 第2番》、坂東祐大さんの《花火──ピアノとオーケストラのための協奏曲──》の4曲だ。

 岸野さんの、地層を彷彿とさせる多彩な音響、作曲技法も緻密で、スコアも詳細にわたって素晴らしい。坂田さんの作品もその手法の多彩さにびっくりした。そして構成感もシッカリしていて、いちばん納得のいく曲だった。藤倉さんはどの作品もいつも高レベルで、さすがと感じ入る。それにしても福川さんという、日本屈指の奏者の委嘱というのが嬉しいし、その演奏の素晴らしさに大きな拍手を送りたい。坂東さんの《花火》はそれぞれの違った花火を想像できるような作品だった。また、永野さんのピアノ・ソロも圧倒的だった。

 このような中、京都市交響楽団が委嘱した岸田繁さんの《交響曲 第1番》は50分の大作だ。これまでの現代音楽のフィールドと全然違うアプローチで、非常に興味深かった。

 クラシック音楽が発展していった時に、日本は鎖国をしていた。開国と同時にクラシック音楽が始まったが、日本にはバッハもモーツァルトも、ベートーヴェンもいないまま、いきなり前衛音楽が入って来た。その影響を受けた武満さんが、徐々に時代を遡りベートーヴェンに近づいて行って、本当に美しい作品を書いてくださった。

 今後の現代音楽のあり方に変化があるかもしれないと感じた次第だ。

 

(おたか・ただあき/NHK交響楽団正指揮者)

 

 

『第66回尾高賞』選考評

片山杜秀

 

 音楽は冒頭の一瞬が大切。息の長い旋律よりも瞬間的な響きの移ろいで聴かせることの多い「現代音楽」ではなおさら。その点、受賞作は見事です。地鳴りのような重低音の強烈なアタックと成層圏の遥か高みでキーンと鳴る風か精霊の息吹のような高音のきらめき。そのコントラストが冒頭の一瞬で提示されます。それが古典派音楽で言うところの主題の提示でしょう。そのあと重低音と超高音の両方から音が流出してくる。低音のアタックはバロック音楽のパッサカリアのような動きに発展し(といってもとても断片的ですが)、高音域の動きは金属打楽器のパルス状の急速な連打音や管弦のクラスター状の音の引き延ばしとなって豊饒化してゆく。もちろん成層圏と地鳴りを生む地面の中間にあるのは対流圏でしょう。音楽にたとえれば中音域。曲は濃やかなひだをたくさん付けながら、高音と低音の両方から触手を伸ばし、中音域を埋めてゆきます。そこから、劇的な推移部というか、濃密な対流というか、展開部的な箇所に発展するわけでしょう。高音域に偏った薄い弱音のテクスチュアによる間奏を挟み、上から下がる運動と下から上がる運動とがぶつかる。まず低音部から音が増殖してゆき、動きも速まって緊張感に富む山場を作りますが、そのあたりをちゃちにせず、微分音的な響きの曇りをかけて、細かに陰翳を付けて濃密に見せる技も堂に入っています。そのあと、はっきりとしたパウゼをとって、フィナーレの高潮部に至りますが、そこには曲の冒頭から紡がれてきながらそこまではまだ未完だった低音から伸びる手と高音から伸びる手とが握手を交わし、マッシヴで有機的な音響の厚い層が形成され、しかしそのまま終わらず、冒頭の雰囲気に回帰していって結びます。要するにこの作品は、いろいろなアナリーゼの仕方があると思いますけれど、現代的な音響の諸要素を、提示と展開とフィナーレとコーダという古典的構図の中に活かし、しかもオーケストラの今日的名人芸(つまりもろもろの特殊奏法ですが)と曲想そのものとが不可分になって精緻な絵巻物と化していると評価できる点で、尾高賞に値すると考えました。

 なお、岸野末利加《オーケストラのための「シェイズ・オヴ・オーカー」》、坂東祐大《花火──ピアノとオーケストラのための協奏曲──》、もうひとつ石島正博《管弦楽のための「空(kû)」》も、それぞれの理由によってとても大切な作品と感じたことを付け加えます。

 

(かたやま・もりひで/音楽評論家)

 

 

 

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