ブリテン (1913 - 1976)

夜想曲 作品60

 今年生誕100年を迎える英国の作曲家ベンジャミン・ブリテンは、独唱と室内編成のオーケストラのための連作歌曲を好んで作曲した。主要なものとして、《イリュミナシオン》(1939)、《セレナード》(1943)、そして本日演奏される《夜想曲》(1957~1958)が挙げられる。
 《イリュミナシオン》はソプラノ独唱と弦楽オーケストラのために書かれ、《セレナード》ではテノール独唱と弦楽オーケストラにオブリガート(助奏)楽器としてホルンが加えられた。《夜想曲》ではさらにこの手法を推し進め、テノール独唱と弦楽オーケストラに加え、曲ごとに異なるオブリガート楽器を用いた。
 《夜想曲》というタイトルのとおり、ブリテンはこの歌曲集を構想する上で「夜」や「夢」にまつわる英語の詩を8編選んだ。取り上げた詩人はシェリー、テニソン、コールリッジ、ワーズワース、キーツというロマン派の詩人たちを中心に、16、17世紀のシェイクスピアとミドルトン、そして20世紀の戦争詩人オーウェンである。
 ブリテンの多くのオペラや声楽曲と同様に、《夜想曲》もテノール歌手、ピーター・ピアーズ(1910~1986)のために作曲された。ブリテンとピアーズは1936年に出会って以来、演奏上のパートナーとしてのみならず、同性愛が非合法な時代に私生活でもパートナーであった。ピアーズの声はけっして大きくなく、またいわゆる美声でもなかったが、表現力豊かで言葉のニュアンスを伝える力に秀で、ブリテンにインスピレーションを与え続けた。
 《夜想曲》の作曲は1957年末から1958年にかけて、ブリテンのオールドバラの新居で進められた。初演は1958年秋のリーズ音楽祭。作品はマーラーの未亡人、アルマ・マーラーに献呈された(ブリテンとアルマは1942年にニューヨークで知り合っている)。オーケストラ付きの連作歌曲のジャンルで名作を残したマーラーへのオマージュであろうか。
 作品は8曲の歌曲から成るが、これらは切れ目なく演奏され、まるで夢と現実の境界をさまようような幻想的な世界が繰り広げられる。そこには甘美な夢もあれば悪夢もあり、眠れぬ夜もあれば永遠の眠りもある。ここでは詩ごとに説明しよう。

第1曲 序奏はなく、弱音器付きの弦楽器による12/16拍子の子守歌ふうの音型の上で、シェリーの劇詩『鎖を解かれたプロメテウス』からの一節〈私は眠る、詩人の唇の上で〉が歌われる。このたゆたうように揺れる音型は、それぞれの曲をつなぐリンクとして繰り返し現れる。
第2曲 ファゴット・ソロに導かれ、テニソンのソネット『クラーケン』が続く。クラーケンとは北欧神話にでてくる海の底に眠る怪物で、ファゴットの特徴的なオスティナート音型がそれを鮮やかに描き出す。
第3曲 ロマン派詩人コールリッジの散文詩『カインの放浪』の序文に含まれる〈ツタの葉を身にまとって〉は、美しい少年をテーマにした幻想的な詩で、少年愛の傾向があったブリテンの創作力をかき立てたことは想像に難くない。少年がまとうツタの葉のように、独奏ハープがテノール独唱に優美にからんでいく。
第4曲 〈真夜中のベルは鳴る、リンリンリンと〉は、8曲の中でもっとも軽妙な曲想をもつ。トマス・ミドルトン(1580~1627)はシェイクスピアとほぼ同世代の英国の劇作家、詩人。ブリテンはこの詩のオノマトペ(擬音語)に惹かれたようで、柱時計の音や、ふくろうやねずみ、猫の鳴き声を独唱とホルンがユーモラスに模倣する。
第5曲 〈そして、あの晩〉は、ワーズワースの自伝的叙事詩『プレリュード』より、詩人自身が体験したフランス革命中の眠れぬ一夜を描いた一節である。曲は行進曲で、オブリガート楽器のティンパニが革命の悲劇的な足音を刻む。
第6曲 詩人ウィルフレッド・オーウェンは第一次世界大戦に従事し、その悲惨さを詩に詠んだ(ブリテンはのちに《戦争レクイエム》でも彼の詩を用いている)。ここでは、戦線にいる若者たちを顧みることなく眠る女性を非難した異色の詩が選ばれている。イングリッシュ・ホルンによるラメントが虚しく響く。
第7曲 キーツの『睡眠と詩』の第一節に基づく。詩の前半では昼の魅力が、後半では眠りが賛美される。風のように軽やかに舞うフルートとクラリネットは昼を、弦楽器が夜を象徴し、昼と夜が対置される。
第8曲 締めくくりは、シェイクスピアが一人の青年へのひそかな愛を歌った『ソネット第43番』。ここでは7つのオブリガート楽器が初めて一堂に会し、大詩人の言葉を厳粛に伴奏する。最後の〈君を見られないなら昼も夜と同じだ……〉は、ささやくように歌われる。

作曲年代:1957~1958年
初演:1958年10月16日、リーズ、リーズ・タウン・ホール、ルドルフ・シュワルツ指揮BBC交響楽団、独唱ピーター・ピアーズ

(後藤菜穂子)