平尾貴四男 (1907 - 1953)

交響詩曲「砧」(1942)(約15分)

 平尾貴四男はパリのスコラ・カントルム、およびエコール・セザール・フランクでダンディの高弟だったギー・ド・リオンクールや、アルベール・ベルトラン等に学び1936年に帰国すると、NHK交響楽団の前身である新交響楽団による邦人作曲コンクール第1回および第2回に、《古代旋法による緩徐調》(後に《古代賛歌》へ改名)、《楽劇「隅田川」》が連続して入選。またこの《交響詩曲「砧(きぬた)」》が初演される1942年には、新交響楽団が改組され誕生した日本交響楽団によって、《古代賛歌》の再演や、ソプラノとバリトンを伴う《おんたまを故山に迎う》(詩:三好達治)が初演されている。
 《砧》は世阿弥(ぜあみ)の同名の能楽作品によるもので、日本的な情緒を洗練された音使いや、フランスで学んだ平尾ならではの色彩豊かな管弦楽法でまとめた印象的な作品である。砧(洗濯した布を叩いて柔らかくしたり皺〔しわ〕を伸ばす道具)を打ちながら、留守宅で夫の帰りを長年待っている女性の情念や悲しい感情が、この作品に独特な雰囲気を与えている。交響詩のようにさまざまなテンポや特徴をもった部分を1楽章の流れにまとめていて、それは能の『砧』のストーリーを忠実に追ったものというよりは、『砧』から受けた印象を抽象的に音楽に昇華させたものといえよう。
 大まかに3つの部分に分けると、まずレント・ミステリオーソの序奏に続くアレグロの主要部分、短いヴィーヴォを挟んで、レントで3/4拍子の叙情的な第2部分、いきなり金管楽器が炸裂(さくれつ)しアニマートとなる第3部分は、フィナーレの性格を持ったリズミックな音楽。さらにピウ・モッソ、プレスト、プレスティッシモとテンポを段階的に上げながら作品のクライマックスを築き、最後はトランペットによるコーダで幕を閉じる。

作曲年代:1942年
初演:1942年10月21、22日、尾高尚忠による指揮、日比谷公会堂、日本交響楽団第239回定期公演

(野平一郎)