レスピーギ (1879 - 1936)

交響詩「ローマの松」(約21分)

 ベルリオーズやドビュッシーなど、アカデミーの作曲コンクール(ローマ賞)に優勝したフランスのエリート作曲家たちが勉学のために派遣されたのが、ローマだった。そこにはもちろん、音楽の歴史と伝統を学ぶという目的があった。一方で、フランスの最先端の音楽家を迎え続けたローマは、伝統と前衛を融合させたオットリーノ・レスピーギのような優れた作曲家を生みだす。
 ボローニャ生まれのレスピーギは、「ローマ三部作」と呼ばれる交響詩群、《ローマの噴水》(1916年)、《ローマの松》(1924年)、《ローマの祭り》(1928年)を、1913年にローマへ移り住んだ後に作曲した。《ローマの松》は、ローマの4つの歴史的名所に立つ松を主題とする4部分からなり、一続きに演奏される。何世紀も生き続ける松の木を前に、古代ローマへと想像の羽は広がり、とりわけ第2曲、第4曲では、あたかも眼前に蘇(よみがえ)るかのように荘厳あるいは壮大な古代世界が音楽によって表現される。
 第1曲〈ボルゲーゼ荘の松〉では、子供たちがヴィラ・ボルゲーゼ(ボルゲーゼ荘)の庭園で遊んでいる様子が、チェレスタ、ハープ、ピアノを加えた輝かしい響きで表現される。17世紀初頭にボルゲーゼ枢機卿の構想で建造されたこのヴィラには、ヴィラ・メディチが隣接し、19世紀になるとここにフランスのローマ賞受賞者が留学するようになった。子供たちの姿が消えて突然場面が変わり、第2曲〈カタコンブ付近の松〉へと移る。古代ローマで迫害された初期キリスト教徒の地下墓所であるカタコンブから聞こえてくる祈りの歌が、レスピーギの得意とするグレゴリオ聖歌に由来する旋律で表現される。第3曲〈ジャニコロの松〉は、ピアノのアルぺッジョ(分散和音)に続くクラリネットの旋律で幕を開ける。ローマの街を一望できるジャニコロの丘に立つ松が、月明かりに浮かび上がる。幻想的な響きの中から、最後に聞こえてくる(録音された)ナイチンゲールのさえずりが、現実と幻想の境界線を曖昧(あいまい)にする。第4曲〈アッピア街道の松〉は夜明けのアッピア街道に立つ松である。超弱音から始まり、イングリッシュ・ホルンの異国的旋律によっていつしか古代ローマの世界に入り込む。街道を行進する古代ローマ軍が次第に近づき、オルガンや、バンダとして指定された金管楽器のフリコルノの堂々とした響きとともに、美しき威厳として高らかに描かれる。

作曲年代:1923~1924年
初演:1924年12月14日、ベルナルディーノ・モリナーリの指揮、ローマ、アウグステオ・コンサート・ホール

(安川智子)