R.シュトラウス (1864 - 1949)

交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」作品30 (約33分)

 《交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」》の着想源となったニーチェの同名の書は、全4部からなる壮大な哲学の書で、序説と、主人公ツァラトゥストラによる教説という形態をとる。リヒャルト・シュトラウスはこの複雑な書から8つの教説を選び、一続きの交響詩(音詩)として音楽化した。「ニーチェに自由に依拠した」と副題にあるとおり、原作における順序とは異なり、音楽の要請に従って再構成されている。
 フランスの作家でシュトラウスの友人であるロマン・ロランは、1898年の日記にこう書き記している。「《ツァラトゥストラ》には、あらゆる哲学的感情が含まれている─自然、宗教、科学(学問)、嫌悪、喜び、皮肉、笑う獅子(しし)[自由な意志]」。この哲学的感情をすべて含めつつ、ニーチェの書で提示され、シュトラウスが音楽で描いたテーマとは、神が死んだ後の時代における人間の没落と人間自身による超克、そこから生じた「超人」の概念と、この世は同じ人生の無限の繰り返しであるという「永劫回帰」の考え方である。序説でツァラトゥストラは曙(あけぼの)の光を浴び、超人を「大地の意義」であると説き、大地に忠誠を誓って山を降りていく。〈序奏〉はこの自然を象徴する。オルガン、コントラファゴット、コントラバス、大太鼓が鳴らす地響きのようなC音(もっとも基本的なハ長調の「ハ」音)から始まり、トランペットが、そのまま倍音を鳴らすように「ド─ソ─ド─(ミ)」と昇りゆく音型を重ねる。このトランペットによる「自然」のモチーフは、曲全体を貫く統一モチーフである。
 〈背後の世界の住人について〉では、大地の象徴であったオルガンの響きが、今度は否定されるべき宗教的世界(彼岸)の象徴として、逆説的にも敬虔(けいけん)な感情を引き起こす。これと、神に代わる救済を待ち望む魂への語りかけを表現した〈大いなるあこがれについて〉を一種の対比として、また情熱的な〈歓喜と情熱について〉の余韻として〈墓場の歌〉をとらえることもできる。〈科学について〉では、科学の象徴としてフーガが奏でられる。〈病が癒えつつある者〉は原作においても永劫回帰の思想が立ち現れる第3部の重要な章であり、音楽的にも、フーガから踊りへの移行を導くことで、病(すなわち生そのもの)から癒えてゆく、山場となる部分である。長大な〈踊りの歌〉ではハープが活躍し、踊りのリズムにのってこれまでを回想する。〈夢遊病者の歌〉は〈踊りの歌〉のコーダのような位置づけであり、ツァラトゥストラはここで、真夜中の鐘が12回鳴るのを聴く。この鐘は、低音楽器によるE音(ホ音)とともに鳴らされる。原作において、ツァラトゥストラはこの時こう悟る。「この世は深い。昼が考えていたよりもずっと深い」。そして彼はふたたび、太陽とともに昼へ出ていくのである。

作曲年代:1896年
初演:1896年11月27日、フランクフルト・アム・マイン、作曲家自身による指揮

(安川智子)