ベルリオーズ (1803 - 1869)

交響曲「イタリアのハロルド」作品16 (約43分)

 ベルリオーズは作曲家であり指揮者であると同時に、批評家、文筆家でもあった。彼の『回想録』には多彩な文章がしたためられており、《イタリアのハロルド》成立の過程についても詳細に綴(つづ)られている。いわく、《幻想交響曲》を聴いて感銘を受けたパガニーニにより、彼のヴィオラの名器を生かすべく、ヴィオラ独奏のための新作が依頼された。だが、書き上げた第1楽章の楽譜を見て、ヴィオラ独奏の演奏場面の少なさにパガニーニが失望したため、ヴィオラ協奏曲ではなく、自由な構想によるヴィオラ独奏つき交響曲として完成させたというのだ。作曲家の自伝や回想録を鵜呑(うの)みにすべきでないことはベルリオーズに限ったことではないが、この回想に関しては、ベルリオーズ自身の願望によって脚色された逸話だとみなされている。
 作曲にあたり、バイロンの長編詩『チャイルド・ハロルドの巡礼』に着想を得て、ベルリオーズ自身がローマ大賞受賞者としてイタリアに滞在していたときの印象をもとに「情景の連続」を構成した。そこには、ハロルドに自らを重ねた私小説的な性質がみられる。ただし、これはベルリオーズの自我の強さのみに起因するものではなく、彼の愛読していたゲーテやフランス文学の諸作品を原型にしたとみるべきだろう。ヴィオラ独奏はハロルド役を演じるが、本作品においてハロルドはあくまでも傍観者であり疎外された存在である。こうしたハロルドの抱える憂鬱(ゆううつ)と孤独は、ヴィオラの音色、この楽器が奏でる主題の扱われ方、ヴィオラ独奏とオーケストラの関係性などによって、実に効果的に表現されている。
 第1楽章〈山の中のハロルド。憂うつと幸福と歓喜の情景〉 イデー・フィクス(固定楽想)であるハロルドの主題が提示される長い序奏と、ソナタ形式の主部からなる。序奏は低弦の半音階的な動きで始まり、木管楽器によってハロルドの主題が短調で先取りされたのち、長調に転じ、ハープの伴奏を携えたヴィオラ独奏がハロルドの主題を提示する。歓喜に満ちた主部に登場する2つの主題は、いずれもヴィオラによって導かれる。
 第2楽章〈夜の祈りを歌う巡礼の行進〉 緩徐楽章に相当する。オーケストラが演じる巡礼者の一行が、巡礼歌を繰り返し歌いながら近づいてくる。途中からハロルドの主題がこれに交わる。中間部の「宗教的な歌」では、ヴィオラ独奏が弱音のアルペッジォで呼応する。再び巡礼歌を歌いながら去っていく巡礼者たちを傍目(はため)に、ヴィオラ独奏は遠慮がちにアルペッジォを奏でる。
 第3楽章〈アブルッチの山人(やまびと)が愛人に寄せるセレナード〉 スケルツォ楽章に相当する。主部で奏でられるのは降誕祭の折にアブルッツォの山中からローマを訪れる山人の吹く軽快な音楽である。中間部では、弦楽器の伴奏に乗って、恋心を歌うセレナードの調べをイングリッシュ・ホルンをはじめ管楽器が担い、途中ヴィオラ独奏がハロルドの主題を奏でて交わる。主部が再現し、山人たちが去ったあと、ヴィオラ独奏はセレナードの調べをひっそりと歌う。
 第4楽章〈山賊の酒盛り。前の情景の思い出〉 山賊の鮮烈な音楽が主題として提示され、ベートーヴェンの《第9》を想起させる手法で、ヴィオラ独奏によって先行する3楽章の主題の回想が挿入される。続いて挿入されるハロルドの主題は、次第に狂乱し勢いを増す山賊の音楽に圧倒され、大音量の中に飲み込まれる。

作曲年代:1834年
初演:1834年11月23日、パリ、ナルシス・ジラール指揮、クレティアン・ユランのヴィオラ独奏

(成田麗奈)