ブルックナー (1824 - 1896)

交響曲 第9番 ニ短調(コールス校訂版)(約64分)

 ブルックナーが《交響曲第9番》の作曲に着手したのは1887年8月12日のことだった。大作となった《第8番》の第1稿を完成させ、意気揚々と《第9番》の作曲に取りかかったものの、指揮者のレヴィに《第8番》の改作を進言され、すっかり自信を失った彼は、まず《第8番》を同年10月中旬から1890年3月10日まで大幅に改訂し、ようやく《第9番》に本格的に着手したのは、1891年4月のことだった。そして第3楽章までが完成したのは1894年11月30日だった。第4楽章に着手したのは1895年5月24日だったが、1896年10月11日、最終楽章未完のまま巨匠は世を去り、遺言に従って、遺骸(いがい)はザンクトフローリアン修道院教会の地下納骨堂の、しかも大オルガンの真下に安置された。
 第1楽章は「おごそかに、神秘的に」と表示された大規模なソナタ形式の楽章で、3つの主題が用いられている。弦のトレモロによる「ブルックナー開始」で始まる序奏は、ホルンによる憂愁に満ちた3度の動機から、突然、力強いファンファーレへと発展する。寄せては返す高潮の末に、全オーケストラがfffで奏する巨大な第1主題が登場する。ふたたび静まりかえったあと、イ長調4/4拍子の叙情的な第2主題が登場するが、対位法的に絡み合う弦の魅力が美しい。モデラートと書かれた第3主題は、ニ短調2/2拍子の悲しい旋律だが、そこから発展する幅広いエピローグによってやや救われる。展開部では、この世ならぬ響きの中で序奏主題が現れ、ファンファーレは2回も示され、長い間奏ののち、第1主題が闘争的に反復される。ブルックナーは、展開部と再現部を一体化して圧倒的な高揚をもたらしている。驚くべき緊迫感が去り、静寂が訪れるとコーダが始まり、長いクレシェンドの果てに、弦のトレモロと金管の咆哮(ほうこう)で楽章を終える。
 第2楽章はスケルツォである。3/4拍子のスケルツォ主部は、異常な高まりを見せ、中間部のトリオも、通例と異なり、嬰ヘ長調、3/8拍子の速い楽想で疾走するように始まるが、その帰結としての副主題の詠嘆が、それゆえにこそ心を打つ。スケルツォが再現され、楽章にシンメトリーが与えられる。
 「ゆっくりと、おごそかに」と表示された第3楽章のアダージョは、展開部と再現部が一体となったきわめて自由なソナタ形式として構成され、主題は3つ用いられている。第1ヴァイオリンのみの強奏によって開始される第1主題は、いきなり短9度の跳躍で始まる旋律だが、主調のホ長調を求めて浮遊する半音階的な上昇が印象的だ。冒頭動機に基づいた高揚が続き、トランペットとティンパニの炸裂(さくれつ)が、最初の頂点を形作る。推移部ではホルンとワーグナー・テューバによるコラール的な動機が吹かれるが、ブルックナー自身はこの動機を「生からの別れ」と呼んでいたという。変イ長調の第2主題(歌謡主題)は、弦による感動的な旋律で、寂寥(せきりょう)と愛着が遙(はる)かな過去への想いを語るかのようだ。一転して変ト長調の動きのある第3主題は、ヴァイオリンによる装飾的な音型を重ねながら、高く飛翔を始める。総休止を経て第1主題が登場すると、そこからが展開再現部といえる。第1主題は対位法的な処理が施され、一層神秘的な高揚を遂げる。ふたたび総休止を経て、こんどは第3主題がゆっくりと演奏される。第2主題が満を持してゆっくりと再現されると、フルートで《ミサ曲ニ短調》の「ミゼレーレ(憐〔あわ〕れみたまえ)」の動機が回想される。コーダでは、ふたたび「ミゼレーレ」の回想もあり、《交響曲第8番》のアダージョや、《第7番》の主要主題を回想しながら、ホ長調の澄みきった3和音が長く延ばされて、ブルックナーの「白鳥の歌」は消えてゆく。

作曲年代:1887年8月12日~1894年11月30日(第1~第3楽章)、1895年5月24日、第4楽章に着手したが、作曲者の死により未完に終わった
初演:1903年2月11日、ウィーンにてフェルディナント・レーヴェ指揮ウィーン・コンツェルトフェライン管弦楽団によって

(樋口隆一)