グラズノフ (1865 - 1936)

交響曲 第7番 ヘ長調 作品77「田園」(約35分)

 アレクサンドル・グラズノフは19世紀末から20世紀にかけて交響曲やバレエなど多くのジャンルで活躍した作曲家である。幼い頃からリムスキー・コルサコフに作曲を師事し、「ロシア五人組」の後継者的な立場から出発したため、当初は民族色の強い明朗快活な音楽が特徴的だった。全9曲の交響曲(《第9番》は未完)のうち、《第6番》まではそのような傾向が強い。しかし、6曲の交響曲を完成させて国際的な名声を築いた頃、グラズノフは自分の創作を顧み、新しい技法を模索するようになった。グラズノフはモダニズム音楽には基本的には否定的な態度をとり、従来の音楽観を大きく変えることはなかったものの、それまで試してこなかった新しい技法を用いることで自分の音楽をより豊かにしようとしたのであった。
 その際に大きな影響を与えたのは、1890年代から親交を深めていたセルゲイ・タニェエフだった。対位法の権威として知られるこの作曲家の影響を強く受けたグラズノフは、対位法を駆使し、音楽を理性的にポリフォニックに構築する傾向を強めるようになっていった。この《交響曲第7番》は、民族色は残しつつも、その方向性が強く現れた楽曲となっている。
 第1楽章 アレグロ・モデラート、ヘ長調。調性やリズム、いくつかの楽想がベートーヴェンの《田園交響曲》を思い起こさせる。形式面の密度が高く、複雑なテクスチュアを持ちながらも、牧童の笛の優しい音や楽しげな踊り歌が聞こえてくるなど、全体的に穏やかな楽想が支配的である。
 第2楽章 アンダンテ、ニ短調。サラバンドあるいはシャコンヌ風の金管で始まり、厳粛な雰囲気が生まれる。途中、半音階的な旋律が対位法的に処理されたり、フーガ風のモチーフが挟まれたりする。
 第3楽章 スケルツォ:アレグロ・ジョコーソ、変ロ長調。再び民衆の音楽の要素が戻ってくる。楽しげに踊りに興じるロシアの田舎の人々の様子が描かれているようである。
 第4楽章 終曲:アレグロ・マエストーソ、ニ短調。堂々たるフィナーレは、いわば総括的な楽章である。これまでの3つの楽章のモチーフを総動員し、複数のテーマと対位法的に関わらせるなど、さまざまな処理を施している。最後は金管によりクライマックスが築かれ、全体的に壮大で祝祭的な雰囲気となる。

作曲年代:1901~1902年7月
初演:1903年1月3日(旧ロシア暦1902年12月21日)、作曲家自身の指揮、サンクトペテルブルクの貴族会館で行われた第2回ロシア交響楽演奏会

(高橋健一郎)