シューベルト (1797 - 1828)

交響曲 第3番 ニ長調 D.200(約26分)

 フランツ・シューベルトが、作曲家としてその類いまれな天分を発揮しはじめたのは、1815年頃、18歳の時のこと。この時期に作曲されたもっとも有名な曲は、歌曲《魔王》であろう。強い力を内包した詩の世界を、簡潔かつ内容豊かな旋律の力で描き出すその手腕こそ、シューベルトが持つ絶対的な才能の証明に他ならない。
 この時期のシューベルトは、アントニオ・サリエリに作曲を師事していた。イタリア人であるサリエリはドイツ歌曲の作曲に勤(いそ)しむ弟子を快く思わず、「メロディを節約した」作品を作るよう望んでいたという。シューベルトも、畏敬の対象としていたベートーヴェン作品の複雑さよりは、ハイドンやモーツァルトの作品に見られる明朗さ、わかりやすさを重視していた。
 「1815年7月19日・作曲完了」の日付が付された《交響曲第3番》は、規模の大きな《第2番》に比べると、さまざまな点でスリム化が図られており、実際、シューベルトが作曲した交響曲の中でも、最も短い作品となっている。荘重な序奏に導かれてはじまる第1楽章の主題はさまざまに形を変え、「メロディを節約」するように説いた師の教えと自身の楽想を、いかに調和させるかに苦労している跡が窺(うかが)える。第2楽章に重苦しいアダージョではなく、軽快ですらあるアレグレットを選んだのも、明朗さの表れだろう。第3楽章もメヌエットと題されてはいるが、すでに次代を予感させるスケルツォ的な軽やかさを秘めている。イタリア風の舞曲(タランテラ)を取り入れた第4楽章は、当時ウィーンで大流行したロッシーニの音楽の影響とも、師サリエリの影響とも言われている。

作曲年代:1815年5月~7月19日
初演:1881年2月19日、ロンドン、クリスタル・パレス、オーガスト・マンズ指揮

(広瀬大介)