アイヴズ (1874 - 1954)

交響曲 第2番(約35分)

 チャールズ・アイヴズはアメリカ的な作曲家だろうか?
 確かに、アメリカ民謡の引用は彼のトレードマークだし、保険代理店社長と作曲家の二足の草鞋(わらじ)を履いていたあたりも、なんだかアメリカ的だ(ついでにいえば、彼はこの国の富豪がよくそうするように、保険業で得た財産を、恵まれない多くの現代作曲家のために投じている)。また、微分音の使用や多調性をはじめとする破天荒なアイディアの数々は、伝統を持たない新世界にいたからこそ発想されたのだともいえよう。しかし、ひとつだけ、アイヴズが20世紀前半の他のアメリカ人作曲家と大きく異なっているところがある。それは、ヨーロッパ音楽にコンプレックスを持っていなかった点だ。
 これは少々うがった見方なのかもしれない。しかし、当時、多くのアメリカの作曲家は、ヨーロッパへの劣等感をバネにして活動を展開していた。つまりドイツやフランスの音楽を学びながらも、それを乗り越えた先にあるはずの「アメリカ国民音楽」を必死に希求していたわけである。ところが、アイヴズという人には不思議とこうした姿勢が見られない。それは彼の冷静で淡白な性格のせいなのかもしれないし、ユニークな音楽の手ほどきを授けた父親の影響なのかもしれない。いずれにしても彼は、ヨーロッパ人と張り合ったり、「乗り越えたり」しようとは考えていなかったはずだ。おそらく彼独特の奔放(ほんぽう)さ、自由さは、そんな肩肘張らない姿勢に由来しており、逆説的にも、だからこそアイヴズ作品には、他に類例のない「アメリカ性」が刻印されているように思われるのである。
 イェール大学在学中の1897年に着手され(ただし、ごく一部のスケッチは1889年にまでさかのぼるという)、1902年に完成した本作は、その格好の例だろう。この時期の作品であるから、もちろん無調で書かれているわけではないし、奇抜な不協和音もほとんどあらわれない。全体はまさに19世紀音楽の範疇(はんちゅう)で進行してゆくといってよいのだが、そのバランスを随所で崩すのが既成楽曲の引用。なにしろ、油断しているといたるところで民謡や大衆歌の旋律が導入されて、重層的な音響空間を形成するのだ。この引用によって、交響曲という枠組みは、ぐにゃりと変形して、いくぶん奇怪な音風景が展開することになる。
 アメリカの音楽学者バークホルダーによれば、作曲者はここで、アメリカの旋律素材と「交響曲」というヨーロッパの伝統を1曲の中に共存させようと試みたのだという。しかしアイヴズ自身はあっけらかんと、「故郷コネチカット州の田舎で歌われていた民衆の音楽を、一種のジョークのようにして対位法的に扱ってみた」と述懐している。本当に冗談なのかはともかくとしても、「伝統」とか「共存」とかいうフォーマルな思考とは少しばかり距離を置いた地点に、アイヴズ作品ならではの魅力があろう。
 もっとも、あまりにもユニークな作品だけあって、当初、全く発表のあてはなし。結局、曲が完成してから50年近くを経た1951年、当時の新鋭指揮者レナード・バーンスタインによって、ようやくこの大作は初演されたのだった。70代の半ばになっていたアイヴズは会場にはでかけず、自宅キッチンのラジオで初演を聴いたという。
 全体は5つの楽章からなるが、1~2楽章、4~5楽章は休みなしで続けて演奏される。
 第1楽章(アンダンテ・モデラート)は序奏的な役割。弦楽器の分厚いポリフォニーが、まずは若き作曲者の堅実な筆力を示しているが、ホルンによる《コロンビア 大洋の宝》の旋律がふわりと浮かび上がってくると、音楽は一気にアイヴズ独特の世界へ。やがて、付点リズムの旋律が木管のアンサンブルで導入されると、第2楽章(アレグロ・モルト)の始まり。ヘブライの賛歌をはじめ、さまざまな旋律が湧(わ)き出してくる様子は、オペラ序曲のようでとてもカラフルだ(他の舞台音楽の序曲として構想されたという説もある)。
 第3楽章(アダージョ・カンタービレ)は中央に置かれた緩徐楽章。3部形式によるが、意外に手の込んだ対位法的動きが隠された主部に、同音反復リズムによる中間部が対置されている。そして後半では冒頭部の反復に続いて、アメリカ賛歌《美しきアメリカ》が登場。
 第4楽章(レント・マエストーソ)は、冒頭楽章と同じ素材による短い音楽であり、終楽章への序奏の役割を果たす。ただし構成が縮小されているのに加えて、オーケストレーションも管楽器主体へと変更されている。続く第5楽章(アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ)は、もっとも手の込んだ、そしてもっとも多様な引用をちりばめた音楽。冒頭の軽快な主題が、ほどなくするとフォスターの《草競馬》と融合し、さらには鼓笛隊の響きや《久しき昔》の旋律などが入れ代わり立ち代わり出現。そして冒頭楽章で使われた《コロンビア 大洋の宝》が再び顔を出すと、ここにいたって作品の時空はメビウスの輪のような歪(ゆが)みを呈し、回想とも散策ともつかない形で楽想が乱舞する。
 そして、驚いてしまうのは最後の瞬間。モーツァルトの《音楽の戯れ》を思わせる壮絶な仕掛けが何かの厄災のように聴衆にふりかかって、茫然(ぼうぜん)自失の内に全曲を閉じる。

作曲年代:1897~1902年
初演:1951年2月22日、レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによる

(沼野雄司)