ハンス・ロット (1858 - 1884)

交響曲 第1番 ホ長調 (約56分)

 権謀術数渦巻くウィーンの音楽界にあって、1874年からブルックナーにオルガンを師事したハンス・ロットは、もっとも悲劇的な犠牲者のひとりとなってしまった。1878年、ウィーン音楽院の卒業制作で《交響曲第1番》第1楽章を提出するが、審査員はその未熟さを嘲(あざ)笑い、ひとりブルックナーだけが「嗤(わら)わないでください、皆さん。この人からはさらに偉大な作品を聴くことになるはず」と擁護したという。1880年までに全4楽章の作曲を終えたロットは、指揮者ハンス・リヒターに、そしてブラームスにも交響曲の評価と演奏を願い出るが、大作曲家はこれを酷評。同年、ミュールハウゼン(現フランス・ミュルーズ)の合唱指揮者となるも、移動中に「ブラームスがこの列車に爆薬を仕掛けた」と正気を失う。25年の短い生涯を終えるまで、ロットが精神の闇から抜け出すことはついになかった。過去の傑作に倣い、現在の響きを反映し、そして未来までも詰め込まれたこの交響曲を聴けば、「さらに偉大な作品」の数々が遺されなかったのは残念極まりない。
 保守的な審査員が第1楽章を評価しなかったのは、ホ長調の冒頭部の旋律が伝統的な主題労作に則っておらず、ソナタ形式も厳格でないためだろう。数多くの動機を組み合わせた第1主題は30小節近くの長さを有し、歌謡的ですらある。その曲想は、スイスの作曲家ヨアヒム・ラフの《交響曲第3番「森にて」》や《ピアノ協奏曲 ハ短調》にも多くを負っている。第2楽章の主要主題は、第1楽章の動機を変形して作られている。ブルックナーのみならず、シューマン《交響曲第4番》、ベルリオーズ《幻想交響曲》、リスト《ファウスト交響曲》など、作品全体をひとつの主題でまとめる手法に影響を受けたとも指摘される。第3楽章は明らかに後世の作曲家、それもマーラーに影響を与えた。大規模なスケルツォ(そして全曲)のあちこちからはマーラー作品のあらゆる着想が聞こえてくる。ベートーヴェン《第9》に倣ったのか、第3楽章のモチーフを回想しつつ前進する第4楽章には、ブラームス《交響曲第1番》第4楽章の第1主題にも似た主題が登場する。

作曲年代:1878~1880年
初演:1989年3月4日、ゲルハルト・ザムエルの指揮、シンシナティ・フィルハーモニー管弦楽団

(広瀬大介)