ヴァインベルク (1919 - 1996)

交響曲 第12番 作品114「ショスタコーヴィチの思い出に」(1976)(約58分)

 ヴァインベルクは、ワルシャワのユダヤ人が出演する劇場で働く音楽一家に生まれ、早くからピアノの傑出した才能を発揮した。1939年にナチスの侵略が始まり、本人はベラルーシのミンスクに逃れたが、両親と妹は収容所で命を落としている。1941年には独ソ戦が始まり、中央アジアのウズベク共和国の首都タシケントへ疎開するも、彼の《交響曲第1番》に感銘を受けたショスタコーヴィチの招きでモスクワに移住。それ以来、ヴァインベルクは、教育機関にも公的役職にも属することなく、映画や演劇、サーカスの実用音楽を書きながら、ソ連崩壊後まで孤高の道を歩み続けた。1960年代以降の円熟期の作品では、戦争の犠牲者を悼む作品群が創作の中心をしめ、《歌劇「パサジェルカ」》や《レクイエム》等の代表作が書かれたが、いずれも初演は没後10年を経た2006年以降である。
 やや折衷的な作風ながら、東欧各地の民族音楽やユダヤ人の音楽「クレズマー」に由来する土臭い民謡や舞踊から、マーラーやショスタコーヴィチを思わせる悲劇性やアイロニー、そして無機的な無調の対位法まで多彩な音響を駆使して生み出される音楽は、まさに現代の叙事詩と呼ぶにふさわしい。《交響曲第12番》は、事実上の師だったショスタコーヴィチへの巨大なオマージュであり、随所にその音楽的面影が残響している。
 第1楽章アレグロ・モデラートは、ショスタコーヴィチの《交響曲第4番》を彷彿(ほうふつ)させる長大なソナタ楽章。展開部では意表を突く楽想の連続でオーケストラが徹底的に活用され、短い再現部の後は、幅広い叙情的なコーダへと導かれる。
 第2楽章はアレグレットのスケルツォ楽章。弦楽器による上行音階状の主題Aと、金管による跳躍音型状の主題Bが交替しつつ、各々が多彩に変容していく。最後は両主題が多層的に重なる無調の音響を形成するが、強引にホ長調に回帰して結ばれる。
 第3楽章アダージョは、冒頭のヴァイオリン旋律を主題とする変奏形式。さまざまな声部が切々と悲しみを訴えるクライマックスの後、途切れずに第4楽章に続く。
 前楽章とは対照的に、第4楽章アレグロは、あどけなさとノスタルジーを醸し出すマリンバのソロで開始される。突然、民族音楽風の第2主題となり、展開部では両主題がグロテスクに変容を遂げるが、音楽は次第に落ち着きを取り戻し、最後は、ショスタコーヴィチの象徴ともいうべきハープとチェレスタのつぶやきによって締めくくられる。

作曲年代:1975~1976年
初演:1979年10月13日、モスクワ、マキシム・ショスタコーヴィチ指揮モスクワ放送交響楽団によって

(千葉 潤)