ショスタコーヴィチ (1906 - 1975)

ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77 (約38分)

 近年、戦後の冷戦時代を文化の視点からとらえ直す研究が盛んである。音楽コンクールの優勝者やオリンピックでのメダル数を競い合う「文化の冷戦」は、ソ連の音楽家にも影響を与えた。オイストラフやギレリス等、傑出した演奏家たちの外国旅行では、ソ連が(軍備のみならず)世界一流の文化教養国家であることを誇示すべく、ベートーヴェンやブラームス等の古典作品で圧倒的な技量を発揮しただけでなく、ショスタコーヴィチやプロコフィエフらのソ連作品を必ず取り上げた。エリート向けの前衛音楽と大衆向けの商業音楽とに分裂した欧米文化に対して、大衆を啓蒙(けいもう)する社会主義リアリズムの優越性を示すためである。
 1948年に完成しつつも7年間お蔵入りとなっていたショスタコーヴィチの《ヴァイオリン協奏曲第1番》が、オイストラフのアメリカ演奏旅行の直前になって、あわててソ連で初演された背景にも、このような冷戦の力学が作用していたようである。
 全体は、協奏曲よりも交響曲にふさわしい4楽章構成であり、各楽章は、〈ノクターン〉〈スケルツォ〉〈パッサカリア〉〈ブルレスカ〉というサブタイトルによりその性格が暗示されている。第4楽章直前に配置されたカデンツァは先立つ楽章の動機をダイナミックに展開しつつ、その頂点では、ショスタコーヴィチの「音名象徴」(DーS〔Es〕ーCーH)が暗示される。

作曲年代:1947~1948年
初演:1955年10月29日、レニングラード(現サンクトペテルブルク)、エフゲーニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー交響楽団、ダヴィッド・オイストラフのヴァイオリン独奏

(千葉 潤)