R.シュトラウス (1864 - 1949)

ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品8 (約30分)

 学生時代、リヒャルト・シュトラウスは、2曲の交響曲(ともに4楽章形式)に加え、《クラリネットと管弦楽のためのロマンツェ》(単一楽章)を手がけた。伝統的様式に則った3楽章形式の協奏曲に取り組んだのは、この《ヴァイオリン協奏曲》が初めてということになる。作曲を終えた1882年3月当時は、僅(わず)か17歳。ヴァイオリンの師であったバイエルン王立管弦楽団のコンサートマスター、ベンノ・ワルターに捧げられた。晩年のシュトラウスは回想録で、同年12月のピアノ伴奏版初演を次のように書き遺している。「私の初めての演奏旅行は、ワルターが演奏する(ギムナジウム7年生のときに学習ノートに作曲した)《ヴァイオリン協奏曲》の伴奏で赴いたウィーンであった。ハンスリックからは初めて、そして一度だけお褒めの言葉を授かった」。ただ、オーケストラを伴う初演は1890年まで機会を得られず、オーケストラ総譜の出版は1897年(アイブル社)までずれ込んだ。すでに実質的な協奏曲とも言うべき《ドン・キホーテ》までを手がけていたシュトラウスにとって、若き日の協奏曲を出版することに多少の躊躇(ちゅうちょ)があったのだろうか。
 第1楽章では、27小節の序奏の後、ヴァイオリン独奏が重音やオクターヴ奏法などで華麗に始まるが、その後の第1主題・第2主題は旋律楽器としての特性を活(い)かすように作られており、超絶技巧を見せるタイプの協奏曲とは一線を画している。カデンツァは403小節あるこの楽章の中間・展開部に置かれており、メンデルスゾーンの協奏曲に範を取ったか。切々と歌う第2楽章は初演直後から特に評価が高く、この楽章だけの楽譜が販売されるほどだった。第1楽章はニ短調からニ長調へと華やかに終わるが、第3楽章はニ長調の朗らかなロンド主題が全曲を華やかに彩る。ブラームスの重厚さ、メンデルスゾーンの軽やかさが融合した世界を、17歳の少年は堂々と披瀝(ひれき)した。

作曲年代:不明~1882年3月22日
初演:[ピアノ伴奏]1882年12月5日、ベンノ・ワルターのヴァイオリン独奏、リヒャルト・シュトラウスのピアノ [オーケストラ伴奏]1890年3月4日、ベンノ・ワルターのヴァイオリン独奏、フランツ・ヴュルナーの指揮、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

(広瀬大介)