チャイコフスキー (1840 - 1893)

バレエ音楽「くるみ割り人形」作品71 (約90分)[休憩時間を含まず]

 《くるみ割り人形》の原作は、ドイツの幻想小説作家E.T.A.ホフマンによる『くるみ割り人形とねずみの王様』である。しかし、バレエの台本は原作の物語を大幅に省略しており、実際の上演では、削除されたディティールを再び演出に盛り込むことも少なくない。元来、この物語は自分の子供を幼くして失ったホフマンが、知人の子供たちに即興的に語り聞かせた話に由来すると言われ、第1幕で子供たちにクリスマス・プレゼントを贈る「ドロッセルマイヤー叔父さん」の役は、ホフマン自身がモデルと考えられる。
 チャイコフスキーも、このお伽話(とぎばなし)に切実な意味を見出したひとりである。旅行中に読んだ新聞記事で、彼は実妹アレクサンドラの死を知る。彼女は早くに亡くなった母親の代わりにチャイコフスキー家を支えてきた人物であり、嫁ぎ先の家庭はチャイコフスキーにとって第二の故郷であった。妹の死をきっかけに、チャイコフスキーは幸福だった幼年時代の想い出をこの物語に重ね合わせたに違いない。2か月間の欧米旅行から帰国した彼は、1か月足らずでバレエの下書きを終えてしまうのである。
 心に痛みを負ったホフマンやチャイコフスキーが、このお伽話に託したものは何なのだろうか。革命前の帝室舞踊学校でロシア・バレエの薫陶を受けた振付師ジョージ・バランシンの次の言葉は印象的である。「人間はその発達の最高の段階で子供に近づくというドイツ人の考えが、彼(チャイコフスキー)は好きでした。……あらゆる人のなかで最良の、最も重要な部分とは、子ども時代から残っているものです」(『チャイコフスキーわが愛』、新書館)。まさにこの言葉通り、オペラの人間臭さや交響曲の形式的な約束事を逃れた《くるみ割り人形》の世界は、喜びに満ちた純粋な音の戯れであり、永遠の子供時代へのオマージュである。
 作曲にあたり、チャイコフスキーは、舞踊曲の多くにフランスやドイツの民謡を引用している。また2つの幕の間には、旋律や調による詳細な対応関係があり、全体が音楽的にも内容的にも統一されている。以下、あらすじに沿って聴きどころを挙げていこう。
 第1幕はクリスマス・パーティが行われるジルバーハウス家の客間が舞台。前半は、日常世界を表すモーツァルト風の音楽と、クリスマスに胸躍らせる子どもたちの非日常性を表す管楽器中心の音楽(金管による〈行進曲〉等)が鮮やかな対比を見せる。パーティは盛大な〈情景とグロース・ファーター(お爺さん)踊り〉(シューマンのピアノ曲《ちょうちょう》でお馴染〔なじ〕みの古いドイツの舞踊曲)でお開きとなり、子守り歌風の音楽が後につづく。
 時計が真夜中を告げると、息の長いクレシェンドに合わせてクリスマスツリーが巨木に成長し、異界への扉が開く。戦争音楽のミニチュアのようなくるみ割り人形とねずみの王様の戦いが繰り広げられ、人形を救った主人公クララの勇気を讃(たた)える壮大な音楽がクライマックスを形成する。最後は児童合唱の素朴な歌にハープやグロッケンシュピールが加わる幻想的な〈雪のワルツ〉で結ばれる。
 童謡風の旋律で始まる第2幕〈砂糖の山の魔法の城で〉では、意外な楽器の音色によって非日常性が演出される。組曲としても有名な〈ディヴェルティスマン〉では、各民族の様式化された舞曲に特徴的な楽器が配され、やがてホルンの音色が匂い立つような〈花のワルツ〉となる。第2幕の締め括(くく)りはこんぺい糖の精とコクリューシ王子による〈パ・ド・ドゥー〉(4曲)であり、最初の〈序奏〉では、単純な下行音階を何度も繰り返しながら圧倒的な盛り上がりに到達する(第1幕最後に対応)。〈こんぺい糖の精の踊り〉では、煌(きら)びやかなチェレスタとほの暗いバス・クラリネットの音色の対比がユニークだ。いよいよ〈終わりのワルツと大詰め〉で幕が降りようとすると、突然オーケストラがオルゴールのような響きで童謡風の旋律を回想し、美しい夢から醒(さ)めた後の切なく名残惜しい気分と共に結ばれる。

作曲年代:1891年から1892年にかけて
初演:1892年12月18日(旧ロシア歴6日)、ペテルブルクのマリインスキー劇場

(千葉 潤)