プロコフィエフ (1891 - 1953)

バレエ組曲「ロメオとジュリエット」(抜粋)(約56分)

 シェークスピアの悲劇に基づく《ロメオとジュリエット》はプロコフィエフの作品の中でもっとも愛されている作品のひとつで、彼の作風の転換期に位置する大作である。アメリカとフランスでの長い亡命生活を経て、プロコフィエフは祖国ソ連への帰還を決意し、約10年間の移行期間の後、1936年に完全帰国を果たした。プロコフィエフは祖国での創作活動を本格化するにあたり、映画や舞台のための作品を精力的に手がける。こうした模索の中、キーロフ劇場の委嘱に応じて1934年12月末に本作品の作曲を思い立ち、振付師ラヴロフスキー、演出家ラドロフの協力により台本を作成、1935年9月8日にピアノ・スコア版が書き上げられた。だが、初演の契約を結んでいたボリショイ劇場の関係者は、試演を聴いて踊りに適さないと判断しただけでなく、結末を悲劇からハッピーエンドに改変したことなども不評を買い、初演の話は立ち消えた。その後、結末を原作通りに戻し、主要な曲を演奏会用組曲にまとめ、1936年に《組曲第1番》、翌年に《第2番》が初演された。これらの演奏で好評を得たうえで、幾度かの修正を施し、1938年にチェコでバレエ版の世界初演、キーロフ劇場ではようやく1940年に初演が叶(かな)った。その後1946年に、あらたに《組曲第3番》が発表された。
 作品中には登場人物を特徴づける旋律が数多く登場し、とりわけジュリエットには複数の旋律が与えられている。もうひとりの主人公ロメオ以外にも、修道士ロレンスほか主要人物の性格が活き活きと描かれ、本作の主題であるキャピュレット家とモンタギュー家の対立も、印象的な旋律で表現される。オーケストレーションにも工夫が凝らされ、場面に応じて編成が多彩に変化したり、独奏楽器が活躍するのも魅力のひとつだ。
 バレエ音楽版は4幕9場のために全52曲書かれているが、組曲版は物語の進行とは異なる順番で配置されている。今回は指揮者自身の抜粋で、物語上重要な場面を描いた曲に、舞曲を効果的に挿入した構成となっている。
 〈モンタギュー家とキャピュレット家〉(組曲2-1)は、両家が牽制(けんせい)しあう不穏な不協和音で幕を開け、荘重な伴奏のもと弦楽器が奏でる付点リズムの旋律と、金管楽器が奏する重々しい旋律は、いずれも本作品を象徴する両家の対立を表わす。〈少女ジュリエット〉(組曲2-2)では、お茶目さ、憧(あこが)れといった、ロメオと出会う前のジュリエットの無邪気な性格が描かれる。華麗な〈メヌエット〉(組曲1-4)、軽快で陽気な〈仮面〉(組曲1-5)、スラヴ風の〈踊り〉(組曲2-4)と舞曲が3つ続き、活気に満ちた喧騒(けんそう)を描く〈朝の歌〉(組曲3-5)までは軽やかな雰囲気に包まれる。〈修道士ロレンス〉(組曲2-3)では、恋人たちの結婚の約束を叶えようとする修道士ロレンスの温厚な人柄が叙情的に描かれる。〈ロメオとジュリエットの別れ〉(組曲2-5)は中盤のクライマックスで、ロメオとジュリエットの心情が切々と訴えかけられ、想いの強さに反して離れ離れになることへの悲壮感があふれる。がらりと雰囲気は変わり、活気に満ちたカーニバルでタランテラが踊られる〈群衆の踊り〉(組曲1-1)、おどけた調子の〈朝の踊り〉(組曲3-2)、メランコリックな〈アンティル諸島から来た娘たちの踊り〉(組曲2-6)と、舞曲が3つ続く。〈タイボルトの死〉(組曲1-7)では、親友マキューシオを殺されたロメオがタイボルトと剣を戦わせる様子が疾走感をもって描かれたのち、ロメオの剣に倒れたタイボルトの葬送が続く。終盤のクライマックスとなる〈ジュリエットの墓の前のロメオ〉(組曲2-7、最後の6小節は省略)と〈ジュリエットの死〉(組曲3-6)は続けて演奏される。冒頭から登場するジュリエットの死を象徴する旋律は楽器の組み合わせを変えて繰り返され、悲痛さを増していく。仮死から目覚めたのち、自死したロメオを追うジュリエットの死の場面では、〈少女ジュリエット〉で登場した旋律が切々と歌われ、最後は穏やかにしめくくられる。

作曲年代:1935年夏~1936年春
初演:[バレエ版]1938年12月30日、チェコスロバキア、ブルノ劇場、プソタ振付、アルノルディ指揮 [組曲第1番]1936年11月24日、モスクワ、セバスティアン指揮 [組曲第2番]1937年4月15日、レニングラード、作曲者自身の指揮 [組曲第3番]1946年3月8日、モスクワ、ジェクチャレンコ指揮

(成田麗奈)