メシアン (1908 - 1992)

トゥランガリラ交響曲 (約80分)

 オリヴィエ・メシアンは《トゥランガリラ交響曲》のことを「わたしの作品中、もっとも発見が豊かにあるもののひとつで、もっとも旋律的で、もっとも熱烈で、もっともダイナミックで、もっとも色彩的」と考えていた。これを書いた時代のメシアンは、本人いわく、「才気にあふれていた」のである。
 実際、《トゥランガリラ交響曲》の位置する1940年代後半から1950年代前半の時期は、メシアンの創作史のなかでも特別な時代であった。メシアンがもっとも大切にしたインスピレーションの源は神の愛だったが、同時期のメシアンはあえてそこから離れ、人間の愛に心を向けたのである。その理由を憶測しても仕方がないけれども、このときのメシアンが強いエモーション(情動)を経験していたことは本当だし、このエモーションに彼が「トリスタン」というメタファーを与えたことも本当である。
 「トリスタン」とは何か。それはワーグナーが《トリスタンとイゾルデ》を通して問うた愛のことであるが、メシアンにいわせれば、この愛は不倫愛の禁止や罰の観念とは無縁のものであり、彼はただ「肉体を超え、精神の与件さえ越えて、宇宙的な規模に広がっていくがゆえに死をよばざるをえないような愛」の観念だけを取り出そうとしたという。その苦しみのなかからメシアンに降りてきた言葉こそ「トゥランガリラ」に他ならなかった。後のメシアンは「トゥランガ」はリズムであり、「リーラ」は愛であると解説したが、実際にはそれは後付けでしかなかった。「トゥランガリラ」とは、言い表せぬものを言い表す聖なる呪文だったのである。
 《トゥランガリラ交響曲》は、メシアンの創作史において例外的な作品であると同時に、交響曲史においても規格外の作品であった。電子楽器オンド・マルトノとピアノのソロを含む大オーケストラのための10楽章による交響曲。委嘱者のクーセヴィツキーはメシアンに「望むだけの楽器を使って、望むだけの長さの作品を」書くように言ったというが、このような複雑かつ巨大な作品が生まれでることをいったい誰が予想しえたろう。
 確かに軸となるものはある。近年の研究成果を総合すると、全10楽章のうち〈導入部〉〈愛の歌 II〉〈愛の眠りの園〉〈終曲〉がより古典的な交響曲の基本楽章(急─舞─緩─急)に相当するらしい。これらが作品の柱である。またメシアンが繰り返し解説したように、この交響曲には4つの循環主題がある。トロンボーンの提示する重々しい「彫像の主題」、クラリネットの奏でる優しい「花の主題」、弦楽器あるいはオンド・マルトノが歌う恍惚(こうこつ)とした「愛の主題」、そして、さまざまな響きの母体となる和音の連続である「和音の主題」。これらがモチーフの中心である。しかし、こうした構成上の説明は聴覚上の体験をまるで語ってくれない。《トゥランガリラ交響曲》は、あらゆる楽章、あらゆるモチーフの要素を離散させては集合させ、巨大な響きの万華鏡を出現させる。そのとき理解は停止し、ただ魅惑だけが残るだろう。

作曲年代:1946~1948年
初演:1949年12月2日、ボストン・シンフォニー・ホール、レナード・バーンスタイン指揮ボストン交響楽団、イヴォンヌ・ロリオのピアノ独奏、ジネット・マルトノのオンド・マルトノ独奏

(藤田 茂)