ハイドン (1732 - 1809)

チェロ協奏曲 第1番 ハ長調 Hob.VIIb‒1(約24分)

 1961年にプラハの国立博物館で筆写譜が発見されたことで世に知られることになったハイドンの《チェロ協奏曲第1番》は、ハイドンがハンガリーのエステルハージ侯爵家に宮廷副楽長として赴任してまもなく、1760年代前半に作曲されたと考えられている。当時の宮廷楽団は小規模編成で、ヴァイオリン以外の弦楽器は1名ずつ、そしてオーボエとホルンが各2名、ファゴットが1名であった。本作品はこの編成に準じている。楽団には名チェリスト、ヨーゼフ・ワイグル(1740~1820)がいたため、独奏パートは彼のために書かれたとされている。ワイグルは同時にオーケストラのチェロ・パートも受け持ったと考えられる。1760年にイタリアのルイージ・ボッケリーニは、通奏低音を排した新しい《弦楽三重奏曲》を発表し、同時期にハイドンも《弦楽四重奏曲》(作品1)にとりかかり始めている。《チェロ協奏曲第1番》が書かれた時期は、通奏低音としての鍵盤楽器の廃止やチェロの独立など、ちょうどバロック時代から古典派への過渡期であった。
 ハイドンの弦楽四重奏曲とともにひとつの様式的完成をみたとも言われるソナタ形式が、全楽章に見出される。第1楽章モデラート(4/4拍子、ハ長調)では、バロック時代の協奏曲に特徴的なリトルネルロ形式(独奏部分を間に挟んで同じ主題部がくり返し戻ってくる)の形も残している。オーケストラによるハ長調の主題部ののち、独奏チェロが同じ主題を奏でるが、美しい7度の下行音程を含むチェロの新たな楽想からト長調へと転調し、オーケストラとともに展開部に入る。ハ長調による再現部は、独奏チェロによる主題で始まる。第2楽章アダージョ(2/4拍子、ヘ長調)は弦楽のみの室内楽的緩徐楽章である。第3楽章アレグロ・モルト(4/4拍子、ハ長調)は快速なテンポで、チェロの細かい刻みや跳躍、叙情的な旋律など、名技が散りばめられている。

作曲年代:1761~1765年頃
初演:不明

(安川智子)