バーバー (1910 - 1981)

シェリーによる一場面のための音楽 作品7(約10分)

 サミュエル・バーバーは、実にアメリカ的な作曲家である。
 単に分かりやすく美しい旋律を書いたからではない。第1次世界大戦参戦を契機にしてアメリカ中に浸透した「反ドイツ」の流れの中で、新しい形のロマン派を模索せざるを得なくなったという創作の経緯が、20世紀初頭のアメリカ音楽界を象徴しているのだ。実際、青年期の彼はドイツ・ロマン派に薫陶を受けながらも、しかし意識的にそこから距離を置かざるを得なかった。そしてオペラというジャンルに惹(ひ)かれたこと、作曲家カルロ・メノッティと深い親交(ほとんど恋愛に近いものだった)を結んだことを契機にして、イタリアの音楽に強く傾斜してゆくことになる。
 まぎれもなくロマン派を基盤にしながらも、より大ぶりな旋律をふんだんに取り入れた彼の作風は、まさに「新ロマン主義」というにふさわしい。やがてその音楽は、映画音楽をはじめとするアメリカの大衆音楽に、大きな影響を与えることになるだろう。
 本作も、イタリアと少なからぬ関係を持つ作品だ。1933年、23歳のバーバーはメノッティとともにイタリアのカデリアーノでひと夏を過ごした。この時、ルガーノ湖やアルプスの山並みに至る神話的な風景から、彼はロマン派詩人シェリーの『鎖を解かれたプロメテウス』第2幕5場を想起したという。プロメテウスの恋人にして美の象徴であるエイシヤ(Asia)が、彼女を讃(たた)える天の声を耳にする、静かな喜びに満ちた個所だ。
 かくしてバーバーのスコアは、神話の前兆を、まずはさざ波のような弦楽器で示す。少しずつ感情を高ぶらせてゆく旋律は、やがて金管楽器の揺らぎを伴いながら、喜びを爆発させるようなフォルティッシモに成長。頂点に達したのちにも、その輝かしい響きは思わぬほど長く、どこまでも延長される。この息の長さこそが、バーバーの真骨頂であり、彼がイタリア音楽から学んだ術に他ならない。運命のようにティンパニが鳴った後は、うっすらと響きの余韻が棚引いて、夢のような10分間が終わる。

作曲年代:1933年夏
初演:1935年3月24日、ヴェルナー・ヤンセン指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによる

(沼野雄司)