コープランド (1900 - 1990)

オルガンと管弦楽のための交響曲(約25分)

 アーロン・コープランドもまた、きわめてアメリカ的な作曲家である。
 ただし、それは彼が《サロン・メキシコ》や《ロデオ》などの底抜けに明るく親しみやすい作品を書いたからではない。ロシア系移民の子としてブルックリンに生まれ、パリに留学して作曲を学び、ジャズや民俗芸術に惹(ひ)かれたかと思えば、密(ひそ)かに無調や十二音音楽も試し、最後は極度の寡作の中で人生を終える……。こんなふうに複雑な背景が交錯する具合が、まさにアメリカ的なのだ。また、研究者のエリザベス・クリストは、一時期の彼がソ連や共産党に強いシンパシーを覚え、さまざまな労働歌を書いていたことを明らかにしている。決して一筋縄ではいかない人物なのである。
 この《オルガン交響曲》は1921年から1924年にかけてパリで作曲された作品。第1次世界大戦を期にして、アメリカではドイツ音楽離れが急速に進むが、代わりのモデルとして浮上したのがフランス音楽だった。コープランドも早速パリに渡り、名教師ナディア・ブーランジェに師事。ちょうど3年間の修業を終える頃に作品は完成し、翌年に初演された。ほとんど間を置かずしてクーセヴィツキー指揮のボストン交響楽団でも再演されているから、出世作といってよいだろう。全体は3つの楽章からなる。
 第1楽章〈プレリュード〉は、フルートの独奏で幕をあける。8音音階(全音と半音が交互に配される)を軸にした不安定な響きと、完全な調性が入れ子を成す様子が面白い。
 第2楽章は、細かい反復が支配する音楽。オルガンの用法やポリリズム的な処理は、のちのミニマル音楽を思わせよう。オルガンの導入部はおそらく、フランス民謡《月の光に》の引用(ドレミレ・ドミレレ・ド)。
 もっとも長い第3楽章は、ソナタ形式的なフォルムを持つが(もとは第1楽章として構想されたらしい)、弦楽器による序奏部から一貫して、低音部の歩みがパッサカリアのように打ち込まれる。やがて同時代のショスタコーヴィチを思わせる歪(ゆが)んだ音程の連鎖を経ると、オーケストラとオルガンによる壮大なクライマックスへと到達。
 ちなみに、この曲はのちに《交響曲第1番》として改作された(1931年)。2つのスコアを並べてみるとよくわかるのだが、曲の基本的な構造はそのままで、オルガンのパートが時に弦楽器に、時には金管楽器に移されている。結果として、常に背景で架空のオルガンが鳴り響いているような、不思議な響きの交響曲が誕生したのだった。

作曲年代:1921~1924年
初演:1925年1月11日、ウォルター・ダムロッシュ指揮、ナディア・ブーランジェの独奏による

(沼野雄司)