マーラー (1860 - 1911)

こどもの不思議な角笛 (約37分)

 詩集『こどもの不思議な角笛』(1806/1808年出版)は、アヒム・フォン・アルニム(1781~1831)とクレメンス・ブレンターノ(1778~1842)が、民間に伝承されていた民謡の歌詞の部分のみを採録し、独自に編纂(へんさん)したテキスト集である。当時は、グリム兄弟による童話集のように、口承の民話や民謡を記録して出版することが流行していた。
 マーラーが『角笛』の詩を見つけたのは、ライプツィヒ市立劇場の次席楽長時代(1886~1888)とされる。ウェーバーの未完の《歌劇「3人のピント」》を補筆するため、孫のウェーバー大尉と知り合ったマーラーは、彼の家の本棚に並ぶ詩集を見つけたらしい。ただし、《さすらう若者の歌》が書かれた1883年頃、すでに詩集を知っていたとする説もある。
 マーラーは、715編の『角笛』の詩の中から24編を選んで作曲。それらは2つのピアノ伴奏付き歌曲集に編まれた9曲、ピアノとオーケストラの両方の版がある14曲、《交響曲第3番》第5楽章をピアノ用の独唱歌曲に直した1曲であり、個々に作曲と出版の事情は異なる。今回は、14曲のオーケストラ版のうち、歌手本人の選択により7曲が演奏される。
 『角笛』の詩をマーラーは「思いのままに鑿(のみ)をふるえる岩の塊」と表現し、生と死が紙一重の存在として描かれ、日常と非日常が渾然(こんぜん)一体となった世界にのめり込む。ジャンルの境界をやすやすと超えたマーラーの歌曲から、「角笛交響曲」と称される《第2番》《第3番》《第4番》の響きが聞こえてくるに違いない。
 ラインの伝説 ライン川と支流のネッカー川に投げ込まれた指輪が、最後には恋人のもとにたどり着いて愛が伝わると、軽いワルツに乗って冗談めかしに語る恋の歌。
 トランペットが美しく鳴り響く所 「小さな肖像」と「書き尽きせぬ喜び」の2つの詩からとられたテキストが、パッチワークのように組み合わされている。戦死した恋人の幻影が少女のもとを訪れ、2人は静かに語り合う。しかし、彼が最後に告げるのは、遠い所にある終(つい)の棲家(すみか)のこと。夢とも現(うつつ)ともつかない情景に、ラッパが長調と短調の間をさまようように響く。
 浮世の生活 《交響曲第4番》第4楽章に転用された歌曲《天上の生活》が完成してすぐ、正反対の様子が描かれた。天国での暮らしは食べ物と音楽にあふれているのに対し、この曲が表現したのは貧困と飢餓の現世。腹ぺこの子どもと、それをなだめすかして事態を打開しようとする母親の対話が繰り返される。だが、原詩の題名「手遅れ」が示すように、時間は待ってくれなかった。
 原光 《交響曲第2番「復活」》の第4楽章にそのまま当てはめられた曲。苦悩の中、神は小さな光で至福の生へと連れて行ってくれるはずと歌う。冒頭の3音からなる祈りの動機が散りばめられ、音楽を上へ上へと導く。
 魚に説教するパドヴァの聖アントニオ 聖人が魚に向かってお説教をしても、魚は結局元のままというユーモアを表現。この曲は《交響曲第2番》とほぼ同時進行で作られ、スケルツォ楽章である第3楽章の主要部となる。
 死んだ鼓手 打楽器が活躍するマーラーにおなじみの行進曲。原題の「レヴェルゲ」は起床合図のこと。鼓手の合図で進軍した兵士たちは敵を撃ち破るが、その結末に描かれるのは死。
 少年鼓手 鼓手になったばかりの若い兵士に絞首刑が迫る。死へ向かう足取りは重い。この世に「おやすみ」と別れを告げる鼓手の背後で、太鼓の音が空(むな)しく鳴る。
 なお、〈死んだ鼓手〉と〈少年鼓手〉は、1905年の初版の際に《リュッケルトによる5つの歌》とあわせて『7つの新作歌曲集』(日本では『最後の7つの歌』と訳される)として出版された。

作曲年代:[ラインの伝説]1893年8月 [トランペットが美しく鳴り響く所]1898年7月 [浮世の生活]1892年4月~1893年7月 [原光]1893年7月 [魚に説教するパドヴァの聖アントニオ]1893年8月 [死んだ鼓手]1899年7月 [少年鼓手]1901年8月以前
初演:[ラインの伝説]1893年10月27日、ハンブルク [トランペットが美しく鳴り響く所/浮世の生活]1900年1月14日、ウィーン [原光]不明 [魚に説教するパドヴァの聖アントニオ/死んだ鼓手/少年鼓手]1905年1月29日、ウィーン

(山本まり子)