シベリウス (1865 - 1957)

「クレルヴォ」作品7(約78分)

 フィンランドの民族叙事詩『カレワラ』の「クレルヴォ神話」(第31~36章)を題材とした《クレルヴォ》(作品7)は、初期シベリウスを代表する大規模な管弦楽曲である。全5楽章、演奏に1時間を超える大作であり、管弦楽と男声合唱のほか、クレルヴォ役のバリトンと妹役のソプラノを要する。
 巨大な交響曲の創作を目指していた若きシベリウスが《クレルヴォ》の着想を得たのは、ウィーン留学時の1891年のことである。ウィーン滞在中、シベリウスは婚約者のアイノ・ヤルネフェルトと頻繁に手紙のやり取りを行っているが、熱烈な「フェンノマン」(フィンランド語および文化の地位向上を目指した人々)だった彼女の存在が、《クレルヴォ》の構想に大きな影響を与えたことは間違いない。その創作に着手した頃、シベリウスは『カレワラ』の世界に完全に魂を奪われてしまったような状況で、ウィーン近郊の森を散策しながら作品のイメージを少しずつふくらませていった。
 フィンランドに帰国後、シベリウスはアイノとの関係を深めながら、《クレルヴォ》の創作に本腰を入れる。困難をきたした作曲にはおよそ1年の歳月を要したが、その間、イングリア(フィンランド湾とラドガ湖の狭間のペテルブルクを中心とした地域)出身の有名な歌い手、ラリン・パラスケの吟唱に触れている点が注目されよう。民謡の真正な歌声を耳にしたシベリウスは大きな感銘を受け、その体験が《クレルヴォ》の創作にも計り知れない刺激を与えたと考えられている。
 さまざまな試行錯誤を繰り返したため《クレルヴォ》の完成は予定より遅れてしまい、1892年4月28日に初演を迎えることになる。ただし、その日ヘルシンキ大学講堂に集まった満員の聴衆が手にしたプログラムには、「クレルヴォ、管弦楽、独唱、合唱のための交響詩」と記されていた。もともと交響曲として構想、創作されたものの、初演時に交響詩として発表された背景には、交響的ジャンルに対するシベリウスの複雑なジレンマ(あるいはコンプレックス)と、従来の図式に囚(とら)われない柔軟な発想の2つが認められよう。
 いずれにせよ《クレルヴォ》の初演は歴史的な大成功を収め、シベリウスは一躍フィンランド音楽界のスターダムにのし上がるのだった。この作品はシベリウスの管弦楽曲のなかでもっとも長大であり、しかも重厚で記念碑的な趣さえたたえている。とりわけ注目されるのは、この作品でシベリウスが初めて「自らの響き」を見出したことであろう。その響きは、もはや駆け出しの若者とは思えない素晴らしい奥行きを示している。わずか1年の期間で、《クレルヴォ》という作品にこれほどまでの充実がもたらされた理由は何だろうか。これまで取り組んできた地道な作曲訓練や留学の成果はその一因だろうし、パラスケの突き抜けた歌声、あるいはクレルヴォ神話の普遍的な悲劇性がシベリウスに強烈なインスピレーションを与えたと考えられる。だがもっとも重要な要因として指摘すべきは、婚約者アイノの存在であった。《クレルヴォ》創作時におけるシベリウスとアイノの関係はまさに特別であり、いわば両者の共同作業といってよいほど親密なものだったからである。
 したがって作品はアイノに献呈されたとしてもまったく不思議ではないのだが、シベリウスはそうしなかった。それどころか、彼は《クレルヴォ》に対して驚くべき行動を起こす。コンサートで数回取り上げられた後、作曲者の存命中は作品の出版だけでなく、再演さえ原則的に禁じてしまうのである(その理由については、いまだに不明)。ちなみに《クレルヴォ》全曲の蘇演(そえん)は、シベリウス没後の1958年6月12日、作曲者の女婿ユッシ・ヤラス(シベリウスの五女マルガレータの夫で指揮者)の指揮で行われている。それ以降、《クレルヴォ》は初期シベリウスの重要な管弦楽曲として再認識され始め、フィンランド国内のみならず世界中で広く取り上げられるようになった。
 『カレワラ』のクレルヴォ神話は、超人的な力を持つ青年クレルヴォの成長と恋愛(妹との近親相姦)、自分を不遇に陥れた者たちへの復讐(ふくしゅう)、悔恨の念による自決までを描いた壮大な悲劇である。
 導入 大規模なソナタ形式で、曲全体の荘厳な雰囲気を創出している。冒頭の長大な旋律が印象的だが、再現部における副次主題の力強い「成長」も構成上のポイントといえよう。シベリウスの優れた構成感覚を存分に堪能(たんのう)できる。
 クレルヴォの青春 2つの対照的な領域が交互に現れる構成。作曲技法的には短小フレーズに微細な変化を加えつつ何度も繰り返す方法が取られているが、それは民謡の素朴な変奏手法を思わせる。
 クレルヴォとその妹 作品全体の中軸を成す長大な楽章。男声合唱と2人のソリストを伴いながら、物語が緻密(ちみつ)に展開していく。生き別れになった兄妹の「近親相姦」にスポットが当てられるが、従来はタブー視されてきた近親相姦という限界状況にあえて着目している点がシベリウスの《クレルヴォ》の最たる芸術的特徴といえよう。曲は大きく2つの部分に分けられ、前半はクレルヴォと妹の運命的な出会い、後半は男女の関係を持ってしまった兄妹の内的葛藤(かっとう)が描かれる。
 戦闘に赴くクレルヴォ ロンド・ソナタ形式風の構成。クレルヴォの残忍な復讐劇が取り上げられるが、曲調は不気味なほど平明である。なお、2005年にブライトコプフより出版された批判校訂版《クレルヴォ》の本楽章の楽譜冒頭には、シベリウスが『カレワラ』第36章から抜粋した詩文(題辞)が、校訂者の方針により記されている。クレルヴォが笛を吹きながら喜び勇んで出陣する様子を描いたこの詩文は、同楽章のスケルツォ的曲調と雰囲気や気分が一致しており、《クレルヴォ》の初演時、聴衆に配られたプログラムにも付されていた。
 クレルヴォの死 再び〈導入〉の楽想が回想され、苦悩の末に自害を選択するクレルヴォの悲劇が男声合唱とともに荘厳に奏でられる。

作曲年代:1891〜1892年
初演:1892年4月28日、ヘルシンキ、シベリウス指揮、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

(神部智)