ラヴェル (1875~1937)

道化師の朝の歌 (約8分)

 ラヴェルの管弦楽作品にはピアノ曲からの編曲が多くみられるが、《道化師の朝の歌》の原曲もラヴェルが30歳の頃に作曲した5曲からなるピアノ組曲《鏡》の第4曲にあたる。さまざまな音色のパレットでスペインの心象風景が技巧的に描き出されるこの作品は、原曲のピアノ曲からすでに管弦楽的な響きを内包している。スペイン語で書かれたタイトルの「道化師(gracioso)」は、ラヴェルの友人ロラン・マニュエルによればスペインの舞台に登場する喜劇的な人物と説明されているが、他に伊達男(だておとこ)といった意味も有するようだ。朝帰りの男の目に映るスペインの朝の光と影、歌と踊りのあらゆる要素が、管弦楽編曲版ではいっそう華麗に、万華鏡のように交錯し共鳴しあう。
 編曲が行われた1918年当時のラヴェルは、第一次大戦従軍の経験から心身ともに疲弊し一時的な停滞状態に陥っていた。そうした状況の中、ラヴェルは《道化師の朝の歌》の編曲を通じて、バスク人だった母の想い出や終生抱き続けたスペイン音楽への愛慕を再び創作の情熱へと結びつけたのかもしれない。この《道化師の朝の歌》はラヴェルの管弦楽編曲の中で最も成功した例となった。
 全体は「A─B─A’─コーダ」の形式。ギターやカスタネット、またフラメンコに由来する技巧的な靴音、手拍子などを模倣する楽器法がスペインの音像を躍動的に描き、曲想やダイナミクスの瞬間的な変化とそのコントラストがスペインの情緒を喚起する。冒頭はギターの爪弾きを思わせる弦のピチカートが小気味よく走り出し、続いてスペインのリズムを含む旋法的な主題が奏され、カスタネットに彩られながら、鎮まっては直後にフォルティッシモの全合奏というダイナミックな変化を繰り返す。中間部では哀愁と情念を秘めた「歌」がファゴットで奏され、合間にスペインのリズムが挿入される。再現部を経てコーダに至り、主題の回帰を伴いつつ冒頭のピチカート音形が全合奏によって奏され、強烈なフィナーレを迎える。

作曲年代:ピアノ組曲《鏡》は1904~1905年、管弦楽編曲は1918年
初演:[原曲]1906年1月6日、パリ、リカルド・ビニェスのピアノ、サル・エラール [管弦楽編曲版]1919年5月17日、パリ、ルネ・バトン指揮、パドルー管弦楽団

(関野さとみ)