バルトーク (1881~1945)

舞踊組曲 (約17分)

 この作品は、1923年、ブダ、ペスト、オーブダの合併50周年(この合併によって今日のブダペストが成立した)を記念して催された式典のために、政府からの委嘱に応えて書かれた。当初バルトークはこの作品について次のようなぶっきらぼうな文章を発表したに過ぎなかった。

 ここで演奏される《舞踊組曲》は、私の最も新しい作品で、この夏に書かれたものである。これは休みなくアタッカで連続して演奏される5つの部分から成る。5つの舞曲はどれももともと民俗的なものだが、ただし実際の民俗音楽の旋律を使っているわけではない。休みの代わりに、各舞曲の間には小さなリトルネルロ、管弦楽による間奏が置かれる。このようなリトルネルロは、第1楽章と第2楽章の間、第2と第3の間、第4と第5の間にある。5番目の楽章ないし舞曲のあと、アタッカでフィナーレ風の部分が続き、ここで以前に使われた主題がすべて再帰するのである。

 しかし、この形式的な素描の背景に、実はかなり明確なコンセプトがあったことが判っている。そのコンセプトの要点のひとつは、各々の部分、そしてそれをつなぐリトルネルロが、それぞれ特定の地域の民俗音楽をモデルとしたものである、ということだ。つまり、第1曲はアラブ的な荒々しい旋律、第2曲はハンガリー的な動機、第3曲はハンガリーのバグパイプ風の音楽とルーマニアの農民によるヴァイオリンを思わせる旋律との交代、第4曲は再び「アラブ的」な音楽、第5曲は「原始的な音楽」、という具合に。さらに重要なのは、これらさまざまな民俗の舞曲が、第6曲で再帰し、共存する、ということである。もともとの草稿には「スロヴァキア的」な舞曲も含まれており、それも含めればバルトークが調査したさまざまな地域の音楽がすべて現れたあと、最後にそれらの共存が描かれる、ということになる。第一次大戦後、急速に閉鎖的になっていたハンガリーの政情に対するバルトークなりのメッセージが、この音楽の背景にあった。

作曲年代:1923年夏
初演:1923年11月19日、エルンスト・フォン・ドホナーニ指揮、ブダペスト・フィルハーモニー協会

(伊東信宏)