ホルスト (1874~1934)

組曲「惑星」作品32 (約54分)

指揮:シャルル・デュトワ
管弦楽:NHK交響楽団

 

2008年12月12日収録

© NHK

 「惑星を描写した標題音楽」のように誤解されるグスターヴ・ホルストの《惑星》の当初の原題は単に「大オーケストラのための7つの曲」であった。1912年にシェーンベルク(1874~1951)の《5つの小品》の初演を聴いて感銘を受けたホルストは、それまで書いてきた合唱作品や民謡を下敷きにした小曲とは異なる、本格的な管弦楽曲に取り組みたくなる。またインド思想や神智学など神秘的なものに魅(ひ)かれる傾向があり、1913年頃からは占星学の本を読みふけり、やがて人間の運命を司る星辰(せいしん)を管弦楽で表現しようと考えるに至った。そして作曲にあたり意識したのが、各変奏ごとに特定の人物を表現したエルガー(1857~1934)の《変奏曲「謎」》であった。《惑星》を構成する各曲にはそれぞれの惑星に対応するローマ神話の神名と、星辰の性質の説明が短い文で付された。作曲から初演の年代は第一次世界大戦(1914~1918)とほぼ重なる。
 4管編成の大オーケストラに多彩な打楽器群が加わり、練達の作曲技法が縦横に発揮される。管楽器とりわけ金管楽器が大活躍する点には、王立音楽大学でトロンボーンを専攻し、音楽教師として学生たちの管楽合奏を指導してきたホルストの豊富な経験が反映されている。ちなみに1984年に発見された小惑星第3590番は国際天文学協会によって「ホルスト」と命名された。

 第1曲〈戦争の神、火星〉は弦楽器群のコル・レーニョ(弓の木の部分で弦を叩く)で始まり、金管群が低音で鬱然(うつぜん)とした主題を奏でる。テノール・テューバの呼びかけにトランペットが呼応し、それを弦楽器群が引き受けて繰り返し、オーケストラは高潮していく。執拗(しつよう)に打ち鳴らされる小太鼓とティンパニ、トランペットの雄叫(おたけ)びの間を、軍神マーズ(マルス)に率いられた軍勢がうねるように進んでいく。進軍の頂点で音楽は崩壊し、戦いがもたらす破滅を暗示する。世界大戦勃発(ぼっぱつ)直前に作曲中だったため、ホルストが戦争を予言したと語られることがある。
 第2曲〈平和の神、金星〉は夜のとばりを告げるホルンのソロで始まる。オーボエと弦楽器群の対話、チェロの独奏、ハープのアルペッジョ、チェレスタのつぶやきは、愛の女神ヴィーナス(ウェヌス)の官能的な誘惑ではなく、むしろ大理石の神像のような清冽(せいれつ)な美を感じさせる。
 第3曲〈翼を持った使いの神、水星〉のマーキュリー(メルクリウス)とは神々の間を往き来する伝令である。さまざまな楽器が次々と交代しながら、あわただしく駆け回るスケルツォ風の音楽で、チェレスタの効果的な使用やトリオ部分の独奏ヴァイオリンの旋律には同時期に作曲された《日本組曲》の第3曲〈操り人形の踊り〉との関連がうかがえる。
 第4曲〈快楽の神、木星〉での「快楽」の原語は「Jollity」だが、これは本来官能的なニュアンスではなく、健康で祝祭的な気分をさす。神々の長(おさ)ジュピター(ユピテル)に捧(ささ)げられた、6本のホルンが奏でる雄渾(ゆうこん)な主題で始まる、湧(わ)き立つような祭と堂々たる頌歌(しょうか)である。中間部のおおらかな旋律は、駐米大使も務めた英国の外交官セシル・スプリング・ライス(1859~1918)の書いた詩を歌詞として編曲され、愛国的な合唱曲《我は汝(なんじ)に誓う、我が祖国よ》となった。
 第5曲〈老年の神、土星〉は農耕の神サターン(サトゥルヌス)。大地に根を張った老賢者である。導入部でハープとフルートが刻む和声は時の経過を示す時計の振り子である。続くほの暗いトロンボーンの旋律は埋葬の音楽であるエクアール(元来はオーストリアのカトリック教会で埋葬に際して奏せられたトロンボーン四重奏による短い楽曲。ベートーヴェンやブルックナーも作品を残している)を思わせる。ベルが打ち鳴らされ、近づく死への恐怖が喚起されるが、音楽はやがて静謐(せいひつ)さを取り戻し、諦念(ていねん)の中に消えていく。全曲中でホルスト自身が最も気にいっていた曲である。
 第6曲〈魔術の神、天王星〉は、次々とわざを繰り出す熟練の手品師ユラナス(ウラヌス)のマジック・ショーを見るようである。「ホルストの楽器」トロンボーンがショーの始まりを告げ、ファゴットのおどけたような動きはデュカス(1865~1935)の《魔法使いの弟子》を連想させる。随所に懐かしげな旋律が散りばめられているのは、英国民謡を愛したホルストらしい。
 第7曲〈神秘の神、海王星〉はネプチューン(ネプトゥーヌス)。「Mystic」の訳は「隠者」がふさわしい。瞑想(めいそう)的なフルートで始まる音楽はピアノからピアニッシモに終始し、チェレスタが文字通り星屑(ほしくず)を撒(ま)き散らす。やがて舞台裏の女声合唱がアカペラで加わり、遠ざかって消え入るように終る。

作曲年代:1914~1916年
初演:[非公式初演]1918年9月29日、ロンドン、エードリアン・ボールト指揮ニュー・クィーンズ・ホール管弦楽団 [公式初演]1920年11月15日、ロンドン、アルバート・コーツ指揮ロンドン交響楽団

(等松春夫)