イベール (1890~1962)

祝典序曲 (約14分)

 1940(昭和15)年が『日本書紀』に書かれた神武天皇即位から2600年に当たるとされ、それを祝うため、日本政府の依頼により、《寄港地》や《フルート協奏曲》で知られるフランスのジャック・イベールが作曲した作品。奉祝行事の一環として日本政府は、当初6か国に祝典曲の作曲を依頼した。しかし第二次世界大戦が激化しようという不穏なこの年に依頼を断わる国もあり、最終的にはイベールのほかに、ドイツのR.シュトラウス、イタリアのピッツェッティ、ハンガリーのヴェレシュの4作品が献上された。結局フランスを除き、日本と三国軍事同盟を結んだ国と同盟参加国からの寄贈となった。敵国となる日本にとって、イベールの作品は実に微妙なタイミングでできあがったのである。
 当時イベールは、ローマ賞受賞者が寄宿するローマのヴィラ・メディチの館長職に就いていたが、海軍の予備役士官でもあった。彼は虚弱体質で、第一次世界大戦時に何度も兵役免除とされながらも、強い意志を貫いて後衛で看護兵として活動した。1919年のローマ賞コンクールも、周囲の反対を押し切って軍服のままで臨んだほどである(そして初挑戦で見事大賞を獲得)。《祝典序曲》が完成したのは1940年4月末であったが、6月10日にはイタリアがイギリスとフランスに宣戦布告をしたため、イベール一家は急遽(きゅうきょ)翌日にローマから退去せざるをえなかったのである。
 パリ音楽院でイベールの級友だったオネゲルが、バッハの大きなトッカータにもたとえられると評したこの曲は、いかなる規則からも自由でありたいと願った作曲家の精神がそのまま反映されたかのように壮大な広がりを感じさせる。序奏(アレグロ・モデラート)では木管の低音とティンパニなどの打撃音を合図に弦がきびきびとした、また喜々とした6連符で前進する。6/8拍子の主部(同じ速さで)では低音弦からフーガ風の動きが立ち上がり、管楽器を含みこんで広がっていく。やがて3/4拍子に変わると、クラリネット、ホルン、トランペットがコラール風の大きな楽句を咆哮(ほうこう)し、ハープが強奏の和音で支えていっそうの広大感を演出する。それが静まると、ヴィオラの3連符の刻みに乗ってバス・クラリネットとサクソフォーンが穏やかな表情の歌を織り上げていく。魅力的な叙情である。歌が最高潮に達したところで最初の主部が再現し、既出の要素が一緒になって華やかなフィナーレとなる。

作曲年:1940年4月末
初演:[日本初演]1940年12月、山田耕筰指揮、紀元二千六百年奉祝交響楽団 [パリ初演]1942年1月、シャルル・ミュンシュ指揮、パリ音楽院管弦楽団

(松橋麻利)